第二章 心の在り処Ⅵ
セーラを寝かしつけた後、自身の部屋に戻る途中に、セイルは広場で一人空を見上げているモハーナを見つけた。
「さっきは、すまなかったな」
静かに近づき、モハーナに対して声をかけた。モハーナは、突然声をかけられ初めは驚いた表情をしたが、すぐに落ち着きを取り戻し「なぜ謝るの?」と返した。
「みんなの前で恥をかかせた。自尊心の強そうなあんたのことだ。大層傷ついていることだろうと思ってな」
セイルが頭を掻きながらそう言うとモハーナはフッと笑みをこぼした。
「昔の私は凄かったのよ? 高台に立ち、手をかざして唱えるだけで、万という人間を操れたわ。そんな私の力を、国王様は大層気に入ってね。城内では王族と同じような待遇を受けていたの」
モハーナは目を閉じ、当時を思い出すかのように恍惚の表情を浮かべた。
「……でも、そんな私を王妃は疎ましく思っていてね。国王がいない隙を狙って、寝込みを襲われたの。体を縛られ、目隠しをされ、どこかもわからない場所へ捨てられた。……この傷は、その時につけられたものよ」
モハーナが服の布をめくると、その両足には古傷ではあったが生々しく残る斬撃の痕が無数に残っていた。セイルは思わず顔をしかめる。
「そこからは各地を転々としたわ。予言と称した魔法で細々と食い扶持を稼いでね」
「……なぜだ? あんたほどの力があれば、新たな権力者に取り付くことも容易だっただろ?」
セイルの問いにモハーナは首を横に振る。
「私がお仕えするのはあの方だけ。自分の中の決め事に従っただけよ」
そう言ってモハーナは微笑んだ。
「……ここの人達には悪いことをしたわね。……私、怖かったのよ」
「怖かった?」
「そう、怖かったのよ。……あぁ、ここの人達のことじゃないわ。自分の力が、どんどん衰えて行くのが怖かった」
セイルは黙って、モハーナの言葉に耳を傾けた。
「さっきも言ったわよね? 昔の私なら、万の人間を操ることも容易かったと。でも、身体の衰えと共に力もどんどん落ちてくるのを感じたわ。今では指さしたたった一人の人間を操るので精一杯。しかも、日を跨いで効果が発動するような不自由なものよ。……人間は、どうあがいても年を取らされる。それに気づかされた時、人はどうするか分かる?」
セイルは首を振った。
「……過去にすがるのよ」
「……過去に」
セイルは意図せず、セーラのことを思い出していた。楽しかった過去と共に生きている、彼女のことを。
シラズやバンドールもきっとそうに違いない。衰えてゆく肉体に抗うため、身体を動かし、過去の自分と競うのだ。
「私の力はこんなものじゃない。自分で自分を奮い立たせるために。自分自身を誇示するために。手当たり次第に力を振りかざしてしまったの」
いつの間にか、モハーナはその瞳に自身の感情の結晶を湛えていた。
「……そうか」
セイルはかける言葉が見つからずにそう呟くのみだった。
「明日、皆さんには謝罪するわ。謝って済むことじゃないかもしれないけど」
「大丈夫さ。ここの連中はみんな心が広い。……もしくはボケていて朝飯のことすら覚えていない」
セイルの言葉に、モハーナは思わず吹き出してしまう。
「ありがとう。……あなたも親切な人だわ」
モハーナは涙を拭い、車椅子を動かし、施設のほうへ向き直した。
「……そう言えば。あんたほどの力があれば、国王自身を操ることも容易かったはずだろう? そうすれば王妃も追い出せた。……なぜそうしなかったんだ?」
施設へ向かう途中のモハーナの背に問いかける。モハーナは動きを止め、顔だけをセイルに向けてこう言った。
「……あなたさては、本気で人を好きになったことないわね?」
いたずらっぽく笑い、モハーナは施設へ入っていった。
残されたセイルは、彼女の言葉を反芻し、一人苦笑いをした。
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