第一章 魔王の棲家Ⅱ

 目的地へ向かうグリフォンの背に乗りながら、セイルは一人考えていた。【魔王の棲家】のことだ。


十六の時にトライアド所属となってから、はや七年の月日が経とうとしていた。そして、大げさではなく、トライアドの主戦力として活躍してきたという自負があった。


それなのに、今まで一度も【魔王の棲家】なる場所も、その存在も、耳にしたことがなかった。


不可解な点はさらにある。普段、トライアドより使わされるグリフォンに乗る際は、その運転に長けた運転手が必ず目的地まで案内をする。


しかし、今回セイルが乗っているグリフォンには運転手がいない。かわりに、目的地の場所まで独りでに飛ぶよう暗示魔法が掛けられていた。


「それほどまでに重大な機密任務なのか?」


 セイルは、不安を払拭するように誰に言うわけでなく呟いた。


 いくつかの山を通り過ぎ、一際大きな山脈を越えると、眼前に緑の平野が広がった。眼下に、町と町を繋ぐ汽車が蒸気を上げて走っているのが見えた。


大量の物資や人を運ぶ際はこの汽車を使用するのが通常であるため、汽車には必ずトライアドの護衛が数名乗車している。


空はどこまでも青く澄み渡り、緑の平野との対比が美しく、その景色を見るだけでこの世界に生まれたことを神に感謝しそうになるほどだ。――ある一点の違和感さえなければ。


「……やはり、憂いの大口のすぐそばか」


 どこまでも続く青空のど真ん中に、不自然なほど自然に開いた穴が存在していた。穴は巨大で、そして空虚であった。

眩い日差しの中でさえ、その空間だけは一切の光を通さず、ただただ暗闇だけがその存在を主張していた。


 かつて、世界は国家間の多少のいざこざはあったものの、それなりに秩序を保っていた。


しかしある時、邪教徒の集団が世界に混沌をもたらすべく、各地で同時多発的に闇の儀式を行った。


邪教徒によるその儀式は、世界にいくつかの穴を開け、穴の中からは無数の魔物達が出現し、各地で暴れまわるようになった。


これが俗に言う【始まりと終わりの厄災】だ。

そしてその魔物達を生み出す穴のことを、人々は憂いの大口と呼び恐れた。


 突然の事態に対応出来ず、いくつかの国が滅ぼされ、世界の約半分の領地が魔物の物となってしまった。人類の危機的状況に面し、各国は手を取り、国を越えた英雄たちの連合軍を作り上げた。


 そのかいあって、魔物の進行は食い止められ、領土を守るための拠点が各地で形成された。


そして、更なる脅威に対抗するため、当時の三大国であった【ハメリケ共和国】【サンスクール帝国】そして【宗教国家マリアーニュ】が同盟を組み、三国連合対魔戦力部隊、通称【トライアド】が結成された。

 つまりは、憂いの大口とは現在に至る人間と魔物の戦いの根源そのものなのだ。


 セイルは自分の勘が正しかったことを確信した。魔王の棲家とはつまり、憂いの大口に関わる何かなのだと。


 憂いの大口の姿が徐々に鮮明に見え出す頃、セイルの乗ったグリフォンが降下を始めた。


「近いのか?」


 セイルは緊張を高めつつ、目的地と思わしき場所に目を凝らした。山の麓に、小屋らしき建物が見えた。

 目的地に降り立ちセイルをその背から下ろすと、グリフォンは踵を返し大空へと帰って行った。


「ここが、魔王の棲家?」


 見るからにみすぼらしい小屋の前に立ち、セイルは一人首を傾げた。そもそも、作戦の詳細も聞かされていない。ともかく、セイルは小屋の中へ入ることにした。


「お待ちしておりました」


 小屋の扉を開けると、薄暗い部屋の中に給仕服を着た美しい女性が立っていた。肩まで掛かる銀色の髪は、薄暗い部屋の中でその存在を示すかのように、清らかな湖のごとく光を反射させていた。

瞳は碧く、髪の美しさと相反するように、くすんだガラス玉にも似た暗い雰囲気を漂わせていた。年の頃は二十歳程度に思えた。


「セイル様ですね? 私はケイと申します。魔王の棲家までご案内いたします」


 柔らかな物言いとは逆に、その声にはどこか冷たささえ感じられた。


「ちょっと待ってくれ。まずは作戦の詳細を教えてくれないか? 指揮官はどこなんだ?」


 ケイと名乗ったその女性は、セイルの問いかけには答えずに、床の隠し扉を開いた。中には階段が続いている。


「着いて来てください」


 問いかけを無視されたセイルは、憮然とした表情のままケイの後へと続いた。階段を下りると、さらに細長い洞窟が続いていた。出口が見えないことから、かなりの距離があることが分かる。


 等間隔に灯りがあるものの、洞窟の中は薄暗く、二人の歩く音だけが繰り返し響いていた。


 セイルは未だに憮然としていた。作戦の不明瞭さに加え、不快な湿度を持つ洞窟が苛立ちを増幅させていた。


「まだ着かないのか?」


 我慢しきれずにセイルが問いかける。


「あと少しです。セイル様」


 ケイが振り向きもせずに答える。


「まったく。指揮官に会ったら嫌味の一つでも言ってやろう」


 セイルは自分の心を落ち着かせるように、一人呟いた。


 どのくらい歩いただろう。息が少し上がってきた頃、目の前に扉が現れた。その扉を見た途端、セイルの疲れは吹き飛んだ。


「なんて頑丈な扉なんだ」


 一見、どこにでもあるような扉なのだが、そこには何重もの結界魔法が施されていた。それは正に、この先に待つものが平常のものではない事を暗示していた。


「すばらしい!」


 思わずセイルは叫んだ。この強固に封印されている扉の先に、自らの望むものがあると確信したからだ。凶悪で、強大で、それでいて自身の力を存分に活かせる、そんな存在が。


 ケイがいくつもの魔法鍵を駆使し、一つずつ結界を解いていく。


「急いで中に入って下さい。ここの結界はわずかな時間で元に戻るようになっています」


 ケイに促され早足で扉に駆け込んだ。薄暗い洞窟から地上に出たため、その明るさにセイルは思わず目を細めた。


 視界が戻ったセイルの目の前には建物の壁らしきものがあった。純白で、清潔そうな壁だ。恐らくここは、建物の裏側なのだろう。ケイに促され、建物の横に出たセイルは、目の前の光景に驚いた。


 そこには綺麗に整備された広場があった。中央には噴水があり、清らかな水流が絹の衣のように流れていた。その周りには幾人かの老人が、それぞれの趣で休息を取っているようだった。


「おう。来たか、新入り」


 状況を整理しきれないセイルに、横から呼びかける声がした。セイルがそちらに目線を動かすと、一人の女性が手を上げていた。


 褐色の肌に気の強そうな少しつりあがった目、瞳は薄い茶色で希少な宝石にも似た不思議な魅力があった。

太陽にも似た橙色の髪を短めに整えており、見るからに健康で活発そうな女だ。

赤い服の上に髪と同じ色のマントを羽織り、鉄の胸当てと手甲を装備し、腰には鞭を携えていた。年はセイルと同じくらいだろうか。


「君は?」

「私はライカ。ライカ=ルーストン。ここの治安部のリーダーだ」

「治安部? それに、ここは一体なんなんだい?」


 セイルは辺りを見渡しながら問いかける。


「お前、何も聞かされていないのか?」

「俺はただ【魔王の棲家】へ向かえとしか」


 セイルは何故か言い訳をするような身振りでそう答えた。


「あんの髭親父! またやりやがったな」


 ライカは一人悪態を吐いた。髭親父が誰を指すのか、セイルも瞬時に理解出来た。ライカはひときわ大きなため息を吐いた後、セイルを見定めるように眺めた。


「お前、腕に自信はあるのか?」


 ライカがぶっきらぼうに尋ねる。


「腕に自信が、だって? 君は俺を知らないのか? 幾度の戦場で名を馳せた、この天才魔術師セイル=ダミーリアを!」


「天才魔術師だって?」


 その言葉を聞き、ライカは大声を上げ笑い出した。


「とてもおもしろいですね」


 いつの間にか隣にいたケイは、一切表情を崩すことなく、とてもおもしろくなさそうに呟いた。


「な、なにがおかしい!」


 明らかに馬鹿にした態度を目の当たりにして、セイルは顔を赤く染めて叫んだ。


「いやいや、悪い悪い。だけど、ここではそんな陳腐な二つ名はあまり言わないほうがいいぞ」


 笑い過ぎて溢れ出た涙を拭いながら、ライカはセイルに忠告をした。


「なんなんだ、一体」


「ま、とりあえず着いてきな。理由は、すぐに分かるさ」


 ライカは首だけを動かし、着いてくるよう促した。セイルは釈然としないまま、黙って指示に従った。


 冷静になって辺りを見渡すと、改めてその異様な光景に驚かされる。


 そこかしこにいる老人達は、安らかな表情で日差しを浴び、その周りに寄り添うように給仕服や白衣を着た人物が静かに動向を見守っていた。

広大な広場のそばに立つ建造物は、白を基調とした格式高い造りをしており、二階部分には少し張り出したバルコニーが見えた。


その佇まいはさながら学校の校舎のようであった。セイルが入ってきた扉は、この建造物の裏にあるようだ。


「あそこで一人、薪を割り続けている爺さんがいるだろう?」


 ライカが指差す方に目を移すと、年に似つかわしくない筋肉を纏った男が、一心不乱に薪を斧で打ちつけていた。

その血管の浮き出た腕は、まるで太い蔓を巻きつけた巨木のようであった。男の両手首には頑丈そうな手錠がはめられていた。


「彼の名はバンドール。かつて【鉄腕の軍神】と呼ばれた男だ」

「バンドールだって? あ、あの【ウェイカーブリッジ防衛戦】の英雄の? 素手で魔物三百体を挽肉にしたという、あのバンドールか?」


 セイルは驚きのあまり今一度男を見た。老けてはいるがその面構えはたしかに近代史の書に載っていたバンドールの肖像と瓜二つであった。


「手錠をしているようだが?」


 セイルがバンドールの腕を指さした。


「あぁ、あれは彼自身が自分に着けた枷さ。青燐鋼せいりんこうで出来ている」


 青燐鋼とは、武器や鎧にも用いられる非常に頑丈な鉄のことだ。硬度が高いため、加工が非常に難しい。青燐鋼で作られた武器や鎧は魔族の攻撃にも耐えうる強度を持ち、一流の戦士たちは好んでそれを使用した。


「のあっ!」


 突如、ライカが叫び声を上げた。自身の尻を押さえて飛び上がる。


「ほっほっほ。相変わらず締まった良い尻じゃの」


 声の持ち主の老人は、全身灰色の衣装を纏っていた。大きめのローブと、頭にはとんがり帽を被り、昔ながらの魔術師の装いだ。触った感触をかみ締めるよう手のひらを開いたり閉じたりしながら、満足げな表情をしていた。


「こんの、色ボケジジイが!」


 ライカは怒りを顕にし、素早く腰の鞭を振るった。しかし、鞭は老人に当たる寸前で見えない障壁に遮られ、跳ね返された。


「さてさて、ケイちゃんはどうかの?」


 老人はライカの攻撃に全く動じず、続け様にそのしわがれた手をケイの下半身に向けた。


「無意味なことはお止め下さい。アレッシオ様」


 ケイが静かな口調で制する。目の前の光景に唖然としていたセイルが、その言葉に反応する。


「アレッシオ? あんたまさか、アレッシオ=クリシートか! 【千の魔術を持つ男】と呼ばれた、あのアレッシオ?」


 セイルの大声に反応したアレッシオが、伸ばした手を止めこちらを見た。


「見ない顔だね。新人さんか?」


 アレッシオがセイルの顔をさらりと見る。男には興味がないとでも言いたげな表情だ。が、その表情が突如崩れた。苦痛に顔を歪めている。


「次は容赦しないと言ったよなぁ?」


 ライカがアレッシオのこめかみを両の拳で挟み込んでいる。その腕の筋肉の張りから、中々の力を込めていることが見て取れた。


「い、痛い痛い。悪かった! わしが悪かったから!」


 目に涙を浮かべながらアレッシオが叫ぶ。その姿を見ながらセイルは未だに信じられないといった表情をしていた。


「こ、これが本当に魔術界の生きる進化論と呼ばれた男なのか?」


 ライカのお仕置きから開放されたアレッシオは、瞬時に風魔法を纏い、そそくさと飛び去っていった。


「全く。何度やっても懲りねぇんだ。あのジジイは」

 ライカが呆れ顔で呟く。


「ケイの尻だって何度も触ろうとするしよ。泥人形クレイゴーレムの尻なんか触って何が楽しいんだってな、ケイ」


 ライカがため息を吐きながらケイに同意を求める。


「おっしゃる通りです」


 ケイがほんの少し首を縦に動かした。その言葉に驚いた男がただ一人。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。彼女が、泥人形だって?」


 セイルが驚くのも無理はない。通常、泥人形とは人間が作業するには単調なものや、危険な作業をさせるために使用される単純魔法の一つだ。

例えば、瓦礫の撤去や、洞窟の灯りの設置などの土木作業に用いられる。


しかし、単純魔法であるがゆえ、込められる指示・命令は非常に限られており、優秀な魔術師でさえ、それに四歳児程度の知能を持たすのがやっとなのだ。


 それゆえセイルは驚きを隠せなかった。目の前にいるケイは完全な人間のように見え、さらには会話を理解し、自分の意思さえ持っているように感じられた。人知を超えた魔術師が、一生を賭けて取り組んだ上で、やっと一体出来るかどうか。しかし、セイルにはそれが現実に出来ることとは到底思えなかった。


「り、理解が追いつかない……」


 セイルは一人頭を抱えた。


「混乱している暇はないぞ、新入り」


 ライカに促されるまま、歩みを進める。


 建物内の一室に案内されたセイルは、ひどく背の低い男と対峙していた。白衣を着ていたが、全くの無地であるため、トライアド支給のものではないようだ。


「やぁ。よく来たんダネ、セイル君。君のような人材をずっと欲していたんダネ。僕はここの所長のグーニーズなんダネ」


 グーニーズと名乗った男が手を差し出してきた。セイルも反射的に握手を返す。その手は柔らかく、暖かかった。

セイルは見た目から彼の年齢を判断しようとしたが、答えは出なかった。

身長が低いという理由だけではなく、にこやかなその顔にはツヤがあり、反面、細めた目尻のシワだけを見ると、セイルの親ほどの年齢にも思えた。


「ここは、なんなんです?」


 セイルがグーニーズに尋ねる。彼の年齢よりは、まずは自分の置かれた状況を把握するほうが先決だった。


「ここは、力を持つ者達の介護施設なんダネ。各国が資金を出し合い建設された、素晴らしい施設なんダネ」


「介護施設だって? ちょっと待ってくれ。私はトライアドから【魔王の棲家】へ向かえと言われたんだ。これは何かの間違いだろう?」


 セイルは大きな身振りで訴えた。しかし、グーニーズはにこやかな表情を一切崩さずに言う。


「君にはライカと同じく治安部に所属してもらうんダネ。まずは敷地内を見学するといいんダネ。ケイに案内してもらうんダネ」


「いや、だから……」


「ここが。ここが【魔王の棲家】なんダネ。なぜそう呼ばれるかは、きっとすぐに分かるんダネ」


 セイルの言葉を遮って、グーニーズがそう続けた。細めた瞳の奥が、怪しく光る。


 釈然としないまま、セイルはケイの後に着いていく。ここに到着してから起こった出来事の数々は、彼の思考の許容量をとっくに超えて溢れ出ていた。

だがその間も、ケイが抑揚のない声で「こちらが職員宿舎です」「こちらが食堂です」などと説明していた。


 施設は三階建で、上の階に上がるには階段の他に身体の不自由な者のためか魔力で操作する昇降機も備え付けられていた。

 施設の説明が粗方終了し、二人は再度広場へと出た。日差しは強かったが、暑いというほどではなかった。


 少しばかり落ち着きを取り戻したセイルは、敷地の形状を把握することにした。


 施設の目の前には広場があり端々に鮮やかな花が咲いている。広場の地面は石畳が敷き詰められており、所々に腰掛けられるベンチが見受けられ、その中心には美しい彫刻が施された噴水があった。


 広場の先には木々の生い茂った広大な森が見え、その向こうに憂いの大口が不気味に浮かんでいた。


 ふいに、セイルのほほをそよ風が撫でた。場所柄か、さわやかな緑の香りがした。目を閉じて深呼吸をするセイルに、再び風がそよぐ。徐々に、強くなっていく。


違和感を覚えたセイルが目を開けると、風の吹く方向には不気味に笑う老人がいた。

老人が手をかざすと、その度に風が吹いた。


その手から風魔法を放つ度に、老人は本数の少なくなった歯を見せ笑う。その光景を見てセイルは肩を落とした。

無理もない。さわやかにそよいでいると思っていた風は、年老いた魔術師のいたずらだったからだ。

その後も幾度となく当たる風を、無視して歩きだそうとしたその時だった。セイルは歴戦の経験からか、殺気を感じ振り返った。


「おいおい! それは駄目だろう!」


 振り返ったセイルが目にしたものは、先ほどの老人が両の手で魔力を込めている姿だった。徐々に魔力は形を成し、風を集め暴風となり、最終的には竜巻となった。

竜巻と言っても大きなものではない。それは老人の合わせた手の中に納まる大きさで、球体となって暴れていた。――あれが放たれれば、目に見える範囲はすべて瓦礫の山になるはずだ。


 セイルは老人に向かい瞬時に走り出していた。走りながら詠唱する。その手に結界の魔力を込めると、老人の合わせた両手の中、竜巻の玉にその手を突っ込んだ。飛び込んだ勢いでセイルと老人が絡まって倒れこむ。


 激しい振動と、それに由来するひどく高い音が周囲に鳴り響く。が、しばらくすると立方体で出来たセイルの結界魔法が竜巻を押さえ込み、消滅した。


「ニャガモッ! フワ! ニャガモリカ!」


 安堵したのもつかの間、セイルの下敷きとなった老人が暴れ、そこかしこに風魔法を放つ。個々の威力は弱いようだが、周りの草木は切り裂かれ、空に舞う。

口から垂れ流される言葉は意味不明で、まるで魔族と相対しているような錯覚に陥る。


「止めろ! 暴れるな!」


 セイルが必死で老人を押さえ込む。しかし、老人はおかまいなしに力の限り暴れ、魔力を放った。そのうち、真空の刃がセイルの頬に当たり、一筋の切り傷を作った。


「き、貴様!」


 傷つけられた痛みと怒りにより、彼の理性が吹き飛んだ。左手で老人の首根っこを押さえつけ、右手を振り上げた。


 天に掲げた右手を、今まさに振り下ろそうとした時だった。顔面に衝撃が走り、小さな放物線を描きながら、セイルは吹き飛ばされた。


「ケイ! 拘束網だ!」


 セイルを殴り飛ばした人物が指示を出すと、ケイは老人に向かい手を伸ばし、その手の平に空いた孔から網を射出した。老人は網にきつく巻かれ魔力を放つことも出来なくなった。


「貴様! 今いったい何をしようとした! 自分が何をしようとしたか分かっているのか!」


 セイルが薄れゆく意識の中で目にしたのは、自分の胸倉を掴み叫んでいるライカの姿だった。

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