第3話 「大の大人が情けねェ」



 見知らぬ子供部屋で、「クソッ」が情けないほど孤独に響いた。


 こんな陰気臭いところで死ぬのか? あのクソッタレ侵略戦争を生き残ったのに?

 凡ミスだ。外れた車輪の修理に夢中で、グール化け物に囲まれるとは。素人じゃあるまいし、元軍人としてなんてザマァない。

 でも、そうだな、と思う。


 死に時には丁度いいのかもしれない。


 人に会う回数も月日が経つのに比例して減っていき、【商人】として存在意義を見出せなくなった。気に留めないよう心がけてきたが、ひとりでいるのはもうつらい。

 首にぶら下がっているロケットペンダントを手に取った。銀のペンダントを開けると小さな丸写真のが左右に分かれている。右側は若い男女が喜びに頬を浮かべている写真があり、左側には焦げた写真があった。なにが写っていたか、どうしても思い出せない。記憶に濃い靄がかかってあやふやだ。しかし、右の写真は俺とーー


 ーールシールは……

 今どこで何をしているのだろう。きっとどこかのコミュニティで別の男とよろしくやっているに決まってるさ。いや、できればそうして欲しい。

彼女に姿ををみせるワケにはいかない。だって、俺の身体はーー


 ーーとたん、人の声が這うように耳に触れて、現実に戻った。ドア外にいるグール化け物のシャァァと奇声に混じって「せんぱーい! コッチコッチ」と人間の呑気のんきな声が薄く聞こえた。

 こんな田舎に誰かいるのか? 

 なら救助に来てもらうか? 

 しかし、部屋へ閉篭もる前、グールを10体以上は引き連れてしまった。ーーいや、俺の銃声でもっと引き寄せられているかもしれない。

 そんなところに来る奴が? そもそも善人とは限らない。

 それに苦労して集めた商売道具を見返りにされるのはゴメンだ。そんな余裕はない。いや、今頃すでに強奪されて? ならばグール共を死に物狂いで蹴散らして、急いで外に出るか?

「クソッ」

 考えがまとまらない。

 行動しても、しなくても、がんじがらめのリスクが伴う。

 あァ、やはり、「お前は充分頑張った」というお告げなのか。無心論者でもこういうときは、神にすがりたくなるものだ。

 俺はふところから傷だらけの44.マグナムM500を取り出した。傷だらけでくすんだ銀色のシリンダーとバレルが鈍い光を反射して、まるでとても頼りない。よぼよぼのおじいさんみたいだ。


「ハハッ。ドン詰まりだなあ。こりゃ」


 独り言を言うなんて、情けない。

 冷え切った銃口を、こめかみに当てた。



%%% %%% %%% %%% %%%


「せんぱーい! コッチコッチ」

 とアルファルファは不用心に声をあげて、少し離れたアルパカを呼びつけた。

「しッ。もう少し静かにしろッ」と抜き足でやってくる。

「大丈夫ですッテ。あれだけ集まってりャ、でコッチには気づきませんよ。それに、先輩のハルクみたいな盛りっもりの筋肉なら、あれぐらいの大群余裕デスヨ」

「オレを肉壁かなんかだと勘違いしてないか?」

「どっちかっていうと、肉ダルマ?」

「オイ」

 ふたりは廃車の後ろまで移動すると望遠鏡をのぞき、2ブロック先の2階建て一軒家を観察した。その家にだけ30体以上のクリーピー化け物が群がっているからだ。

「どー観ても、犯人はあの中ですネ」

「特に罪は犯してないだろ」

「可憐な乙女を危険にさらすのは重犯罪デス」

「はあ、とりあえずどうするか」

「うーん」とアルファルファは意味ありげに顔を曇らせる。

「どうした? 急に理に落ちて。情報が欲しいんじゃ?」

「わたしたち、別にヒーローじゃありませんし。見知らぬ人に命張るのって、やっぱりリスクがでかいなーと考え直しました」

「うわぁ、日本のナードみたい」

「どこらへんが?」と望遠鏡から目を離して、少し目角を立てる。

「えーっと、主観的かつ保守的なところとか」とアルパカはつけたした。「あっ、おまえ、容貌もコスプレイヤーっぽいもんなァ。ナード受け良さsーー」

 ーー コボォッ!

 瞬間、アルファルファは肘でアルパカの溝うちを打って黙らせる。

「……とりあえず、どうしますか? 現実的にあの量じゃ、わたしたちでもハードワークですし」

「そうだなァ。……オレに良い考えがある。拳銃Glock19持ってるよな?」

「はい」

「よし。アルファルファ、マチェーテ1本かーして」

「いいですけど、どうしてですか?」

「刺さったら危ないから」

「へっ? どういうーー」

 ーーアルパカは仮面の奥で青い瞳を不気味に光らせると、口角を上げた。

「ーーとりあえず……ッ突っ込んでッ! あとの交渉は頼む!!」


%%% %%% %%% %%% %%%


 ッッハア!! 

 人差し指の強張こわばった筋肉を解いてトリガーから離し、44.マグナムを床に落とすと、壁へ身を深く沈めた。

「ダメだッ! できねえ……」すすり泣きしながら空虚に吐く。

 大の大人が情けねェ。

 死にたくない、グールになりたくない。

 俺はまだ息を吸って吐いて、自分の意志で身体を操りたい。

 この【自由】がッ! どうしても手放せないッ!!

 床に転がり落ちた44.マグナムに視線を送った。弾数は5発。これ以外の武器は拳とベルト、運。

「チクショウ!」

 飛び込んだ部屋も悪かった。もし子供部屋なんかじゃなけりゃ拳銃の一丁ぐらいあったかもしれない。絵本や小型ドローンおもちゃ如きじゃあ腹の足しにもなりゃしないってのに。

 しばらく考え、覚悟を決める。道は切りひらくしかない。--文字通り、

 地面にへばりついて重くなった腰を気力で持ち上げて、同時に44.マグナムを拾う。ドア前までのっそり歩くと、ドアノブに手をかけた。

 この先は、実力となけなしの運がモノをいう。クソッタレの侵略戦争にも生きて帰ってこれた。

 俺なら、できる。

 

 ドアノブのカギにゆっくりと手をかけ、ツバを飲みこーー

 --ポォォォォォォォ!! 

 突然、汽笛のような甲高いも図太い音が外から鳴り響いた。


「な、なんだ? 今の音……まさか外にいた人間がーー」

 --ヮヮヮヮヮヮァァァアアアアアアア!!!

 突如、窓ガラスが大きい音を立て盛大に割れると、なにかが入ってきた。

 

それは、人間だった......?


「いててェ……ん? ……ワァァアア!!」

「ワァァアア!!?」

 

 不気味な民族仮面をかぶった女と、トカゲ男の悲鳴が、ユニゾンした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

終末線上のAⅡ 小桜はる @kozakura86

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ