第2話 「サバイバーかな」



「そのほほにあるバーコードのタトゥーがなければ、マシに可愛くなるんですケドね」

「うるせえ。オレだって好きで入れたワケじゃあねェよ。あったんダ」

 ふーん、と視線を降ろしていく。「しかし先輩、あいかわらずエッッッロい身体ボディしてますね」アルパカの裸体をマジマジとのぞいた。「流石さすがは109センチの筋肉装甲バストは格が違いますわ」

「アルファルファも一部のマニアからは需要あるっぽいじゃん?」

「イヤー。先輩のムチムチ具合にはかないませんよ」とかがんでドラム缶下の焚火に強く息を吹きかける。まきがバチバチッと音を立ててあかくきらめいた。

「アチッ! アチアチッ! こらァ。ひさびさのお風呂ぐらいのんびり入れさせてくれ」

 フンッ、とその言葉を無視したアルファルファは、ヨイショと腰を上げて周りを見渡した。

「しかしまァ、こんな山奥にコテージ建てるなんて、作った人は良い趣味してますね。近くに川も流れてますし、おかげで助かりました」

「コテージって言っても、人ひとりねっ転がれる程度の小屋だけどナ」アルパカはドラム缶の中に張ったお湯をすくい上げ、たらした。温かいお湯が肩から胸に滴るのを感じる。「お風呂なんて外付けのさびれたドラム缶だし、誰かに見られたらッ、なんて思わなかったのかナ?」

アルファルファは、マァ! と口を押さえた。「先輩に『恥じらい』なんて感情が!」

「オレにも脳味噌はついてるぞ」

 アルファルファは、へぇー、と無頓着ながらコテージの玄関へ歩み始める。

「わたし荷物の整理するんで......まァ、大丈夫だと思いますケド。呼んでください」


 アルパカは、ほーい、とのんきに返事をすると、頭を傾け夜空を見上げた。樹木の間からさんさん輝く銀河の瞬きがのぞいている。善も悪も感じさせない純粋なひかりの粒。このどこかで、いまだに戦争が続いているのだろうか? オレと同じように星々を見上げている人々はあとどれぐらい残っているのだろう?

 風が吹くと木々がやさしくささやき、カールがきいた金色ブロンドヘアーの毛先を爽やかに揺らした。

 いまが幸せだ、と思う。

 侵略戦争前に求めていた【居場所】がここにあった。

 決められた時間に起こされ、決められた食事をとり、決められた分量の運動をする。退屈な時間のルーティン。それは自分を拘束する鎖でしかなかった。

 そう聞くと、「こっちは毎日死にものぐるいで、明日さえ怯えて生きているんだ」なんて貧しい人から言われてしまうが、


 自分ために生きる。


 カピパラにはそれが羨ましかった。


「せんぱァーい」とコテージの中から呼ばれた。

「なんだァ?」

クリーピー化け物の頭、がありすぎてもう荷物いっぱいですよ! コミュニティに帰りますか?」

「いやァ。クリーピーの頭は捨てていこう」

「えェ。モッタイナイ」

 

 アルファルファは外に出ると小さな車輪の付いた大容量リュックを逆さにして、はち切れんばかりにクリーピーの生首が詰まったゴミ袋を地面へ落とす。その中身もひっくり返し、死臭を放つ生首を暗闇の樹海へ蹴りこんでいった。どこか遠くから、ゴツッと鈍い音が帰ってきた。


「どうせ帰る途中で手に入るさァー。それに時間なくて探索できなかった町、もうすぐだよ。ここで引き返すのは、道理がスッキリしないよ」

「そりゃそうですけど。今月のノルマ大丈夫なんですかね。先輩いっつも余裕こくから、2、3日前に大慌てして行って、血ダルマになるのもう勘弁ですよ」

「大丈夫だって。毎回何とかなってるだろ? それにオレとアルファルファがいれば、コミュニティ追い出されても平気だろー」

「わたしがいやなんですゥ! 腐ったクリーピーが所構わずウヨウヨしたり、変態野郎が襲ってくる外界で安心して寝れるのは先輩ぐらいですヨ。いまだってこの暗闇から誰かが息を殺して、下部をさすりながらエクスタシー最絶頂を感じてるかもしれませんよ」

「あんたねェ。気持ち悪いこというなよ。おいおい風呂も入れないじゃないか」

「先輩はデリカシーに欠けるんですーー」

 ーー突然、鈴の音が常闇から響く。四方10メートルを膝ほどの高さで囲ってある糸に、が引っかかったという知らせだ。

 シャァアと蛇に似た鳴き声が暗闇から聞こえ、同時に鈴の音も絶え間なく鳴っている。

「……ハァ、言わんこっちゃない」と近くに立てかけていた仮面をかぶった。右手に刃渡65センチほどのマチェーテを握り、左手に500ルーメンの小型LEDライトを持つ。「奴らクリーピーっぽいんで、わたしだけで大丈夫です」

「いちおう警戒して。何かあったら口笛お願い。絶対に噛まれるなよー」


「ハイ。先輩みたいに楽しんで殺したりしないですから」


 と残して草むらに消えて行く。


 しばらくすると、グチャッと、鈍く粘り気のある音が、空気に渡った。



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「とうちゃーく」

「なんとか、日中に着きましたね……」

 険しい山岳を降り、けもの道を抜けて、中世の面影が残る石造りの道を進むと、ピンクやブルーといった色鮮やかな建物が並ぶ町に出た。田舎の町だからか、侵略戦争の傷跡は少なく、綺麗な状況で廃墟となっていた。

遠くで点々とクリーピーが歩いているので、誰かが住んでいたりコミュニティが形成されているようなことはなさそうだ。


 ふたりは町の入り口に置かれた、案内板を目の前にした。何本かのつるが茶色く変色して張り付いてるが、マップを読み解くのに支障はない。

「ヨーロッパ模倣もほう都市計画か」と先に広がる町を見渡す。「まだ建設中なところばっかりダナ」

「そうですね。雰囲気だけ見ると、AI化にも乗り遅れてますし……先輩が欲しがってるバッテリーなんか絶対ないでしょうネ」

「ァァ!もう一回この銃撃ちたい!」と先日使い切った銀色に輝くの丸い銃を無邪気に振り回す。

「貴重なハイブリッドガンをバンバン使うから」

「だって楽しいんだモン! アルファルファは使ったことないから知らないかもしれないけど、狙った物体がパンッて破裂する爽快感……あれはホントに病みつきになるッ」

「うげぇえ。先輩サイコパスっすねー」

「うるせえ。あんたも使えばわかるさァ」

「……(わかりたくない)」

 とアルパカに軽蔑の眼差しを向けてから、案内板に目を戻す。規模の大きいデパートは灰色だが、規模の小さい雑貨屋や本屋、レストランやCDショップなどには青や緑の色で塗りつぶされていた(これらは完成しているようだ)。残りははほとんど居住区。

 アルファルファは胸ポケットからリストが書かれた紙を取り出して、広げた。

「んー。優先順位は食糧、生理用品、新しい洋服、砥石ですね。あとは調味料と化粧品ですか」

「化粧品なんているのかァ?」

「そんなんだから、男臭いんですよ。お化粧は女の嗜みデスヨ」

 アルパカは、ふんっとそっぽを向く。「必要ないだろ。売春婦じゃあるまいしーー」


 ーーそれまで静寂に包まれた町から、乾いた破裂音が波立った。銃の音だ。立て続けに2回、また2回聞こえ数秒間の連射音が終わると町は元の静けさに戻った。


「先輩、いまのって」

「うん、サバイバー生存者かな。攻撃頻度的に、ひとりかふたりだろうな」

「死んじゃいましたかね?」

「わからないけど、慌てて撃ってるような感じでもなかったし。五分五分ってところだね……見に行く?」と首をひねり問いかける。

「いいですよ。人の情報が枯渇してましたシ。でも、悪党な顔してたらほっときましょう。いや、先輩に殺してもらいましょう」

「顔で決めるなヨ。あとオレはいつ殺し屋クリーナーになったンダ?」とアルファルファに視線を送ると、自分たちのズレてる当たり前にふと気がつく。「オレたち仮面つけるし、顔で言えば充分悪党じみてるぞ」

「中身が違うじゃないですか、中身が」

 とかぶりを振って、仮面を脱ぐ。太陽に反射した瞳が黄水晶シトリンのようにんで輝いた。

「先輩は兎も角。わたしは可憐な乙女ですから、悪党にみえるハズがありません」


 アルパカは仮面の奥で目を細めて、何も言わずにアルファルファを見つめ続けた。

 ほどなくアルファルファの色白い頬が赤く火照り、サッと仮面をかぶるーー


「ーーまあ向かうか」

「……了解です」


 ふたりはマチェーテを右手に握りしめて、颯爽さっそうと町の奥へ駆け出した。

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