終末線上のAⅡ

小桜はる

第1話 「これからどうするんすか?」




      ただ死者のみが戦争の終わりを見たのである。


                     ーープラトン





「あァーん、誰かー、タスケテー」

 体育館をした薄暗い倉庫の一角で、やる気のない声が響く。

 蛇に似た目つきをした3人の男たちは、フニャフニャに縮こまった煙草をくゆらせながらそのそばに立っていた。眼下にはミルク色の肌を持つ17,18歳程度のロープに縛られた少女がいた。そして、その目にはイヤラシイ色も含まれている。


 少女はかれこれ10分は助けを求め続けていた。

 体力的にもそろそろ頃合ころあいだろう、と男たちは相槌あいづちを打つ。


「諦めな。いくら倉庫が反響しやすいからって、そりゃオレらの心に響くだけだぜェ? もお前が片付けちまったようだしな。つまりこの辺で動いてる者は、オレらと、お嬢ちゃんだけだ」


 とその中のひとりーー丸坊主の中年男性は、それまで薄くきらめいていた太陽電池式ランプの明かりを強めて姿をハッキリさせた。男はしゃがみこむと、顔を少女へ寄せた。上目うわめ遣いの少女のあごを手で引き上げてじっくり観る。

 しかしまあ、最初は驚いたもんだ。アフリカの民族がかぶるような仮面(それは木製の丸型で、頭部には闘牛に類似したツノが生えていた。不気味に微笑ほほえむ顔面が特徴的で、全体的に赤を背面バックプリントとした鮮やかな幾何学きかがく模様がペイントされている)の下に、こんな美しい顔が眠っていたとは。

 外で女にーーそれも美人に出くわす。

 それは、からからに乾いたサハラ砂漠で広大なオアシスをみつけた感覚に近い。


 年若の艶美えんびな女は、荒廃前に流行ったデザイナーベイビーだと相場が決まっている。

 実際に少女の容貌ようぼうは、普通の人間とは違った。

 さらさらとした細雪ささめゆきのように白い髪が顎下あごしたほどまで伸び、瞳は夕暮れのアメリカ西海岸よろしく純美じゅんびな金色を宿している。まるで混沌とした世界とはかけ離れた純粋無垢な雰囲気が抜けきれずにいるようだ。そして彼女の凛々しく整った身体ボディライン輪郭フェイスラインは、古く黄ばんだ雑誌によくっているセクシー女性顔負けだった。


 3人の男たちは食糧しょくりょうを求め軍基地跡へ来ていた。組織への貢物みつぎものである。2日前、倉庫を拠点としてる怪しげな仮面を着けた人間を見つけた。静粛せいしゅくに物陰から動向をうかがい、生活スタイルに仲間がいないことを確認すると寝床を襲った。

 男たちは服従関係の激しい組織に身を投じたばかりに、元の世界では許されるハズのない蛮行を繰り返した。だが気がつくと、それに快感を覚えていた。人を無理やり犯し、殺すことは、化け物殺しの何十倍ものオーガズムを体感できる。


 この特殊な世界無法地帯でしか味わえない新種のドラッグ。


 いや。秩序の構築によって失っていた、人間のあるべき姿なのかもしれない。


 そこまで思考が及ぶころには、彼らは幹部一歩手前まで登りつめていた。今回の貢物で幹部昇格は固い。なにせ、10人分はあろう食糧や武器を、この少女は携えていたのだった。


「それにしても嬢ちゃん、こんなところに神輿みこしすえてよォ。食いモン溜め込んで、悪い子だなァ」

「アンタらみたいな、汚いドブネズミに餌を与えないためだよ」少女はあざ笑いながら言う。

 長髪の男が、偉い口きくじゃねかァ!、と殴りかかろうと手をふりかざすが、顔に縦の切り傷がある男に止められた。

「落ち着けよ、せっかくの商品が傷物になっちまうだろ?」

「チッ。……まあどっちにしろ今、ヤるんだろ?」

「あァ、もちろん」

 と切り傷男がズボンを緩め、下半身をあらわにする。

「きゃぁッ! なんしてんのよ!!」

「アリャ? お嬢ちゃん、もしかして初めてかい?」と長髪男が首をひねりながらつけたす。「大丈夫、大丈夫だよ。おじさんたち、うまいから。痛くしないから、ね?」


 丸坊主男が少女の前から身を引き、入れ替わりに長髪男と切り傷男が前へ出た。長髪男が少女の背後に回りこみ肩掴んで身を抑えると、切り傷男が少女のタイトなジーパンを下げ始めた。


「んンッ、ヤメって! 食糧なら全部あげるからーー」

「ーーハハッ。当たり前だろ? それより嬢ちゃん、水玉のパンツとは良い趣味してんじゃねェか」


 少女はすきを突いて、足元でジーパンをいじくっている切り傷男の顔面に渾身こんしんの蹴りを入れた。ブーツ越しの蹴りはコンクリートで殴られたときに近い。切り傷男の鼻に鈍痛が走った。

「いっテェェエエ!! ッてメェ!!」

 ジャンパーからナイフを取り出し、少女の顎に当てた。ケガさせんなよ、と丸坊主男がうながす。

「わあァってるよ! ーー嬢ちゃん、よっぽどオレと楽しみたいようだナ。ハハ、見ろよ。お陰でオレのジョニーもビンビンに逆立ってるぜ」


 おもむろにナイフをしまうと、少女の色白い生足を宝石を扱うかのようにネットリさすった。


「んぅッ……汚ねえ手で触るな! うんこ以下の下品な顔しやがって」

 切り傷男が片手で少女の両ほほを掴み、アヒルのような口をかたち作った。

「ちっとはマシなジョークないのかい? ンじゃあ、その小さなお口でさァ。オレたちのを綺麗に掃除してくれよ」

 頬から手を離すと、切り傷男は舌舐めずりをして自身の唇を濡らし、接吻せっぷんしようと近づく。


 その行動を見た少女は、ハァァ、と深くため息をついた。【男】ってのは力が強いだけで、それが絶対的だと勘違いする。どこまでも女を軽視する哀れな生き物だ。

 

 少女は、遊び尽くした玩具をみる目で切り傷男を眺め、空振りに叫んだ。


「アルパカせんぱーい。もうムリー。コイツら、息臭すぎマース」

「誰かいrーー」

「ーー神風カミカゼアタッァクゥウ!!」


 硬い野菜をかじったときの鈍く砕ける音に近かった。頭上から黒い物体が降ってくると同時に、切り傷男の頭が潰れた。ティントカラーの物体(眼球や脳味噌やもろもろ)が、血液とともに頭蓋骨からあふれ、飛び散った。

 黒い物体ーー黒い爬虫類の皮膚模様が入った服と奇妙な民族仮面を身にまとった人間は、続けて肩手を地面につけ逆立ちする状態となり、器用に身体をそらして、少女の背後にいる長髪男へ、テイヤーッ!、と重力まかせのカカト落としを放つ。「グシャッ」とも「ボコッ」とも言えない低く鈍い音が鳴り、ペシャンコに潰れた長髪男の頭は外から圧縮された。所々から脳味噌や骨が飛び出している。


 丸坊主男が苦楽を共にした仲間がサーカスじみた一芸で無様に死んでいく光景を理解したのは、4呼吸ほどおいてからだった。


「な、ナニしてくれてンじゃァ!!」


 丸坊主男が腰にある拳銃のグリップへ手をかける、よりも早く、【アルパカ】と呼ばれた人間が銀色に輝く拳銃の銃口を向ける。それは従来の拳銃の形ではなく、変に丸みを帯びて宇宙人が映画で使うビーム銃に酷似していた。銃口ーーと呼ぶべき部位は、銀色の丸いボールが付いてるだけだった。

 丸坊主男は仮面の奥の精気を宿さないーー酷く冷めた光と目が合い、動きを止める。男も相応の修羅場を抜けてきたので空気が感覚として伝わった。

 これ以上は、死ぬ、と。

「先輩、それ使っちゃうん?」

「あァ、ちょうど残量ゲージが一回だし、クリーピー化け物に使うよりはマシじゃん?」

「ちゃんと当ててくださいよー」

 と少女がズボンを履いて立ち上がり、アルパカの隣に立つ。比較的長身な丸坊主男から見てもアルパカと呼ばれる人間の身長大きかった(180cmはある)。服の膨張ぼうちょう具合から【プロレスラー】と言われてもなんら疑問を持たないほど、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうとした体つきだ。そうみると少女は華奢な子供だった(身長は160cmあるかないかだ)。


「わ、悪かった。オレたちも食糧が尽きて必死だったんだよ」

「その割には随分ずいぶんとボッキしてたけどネ」

 少女が淡々と言うと、アルパカが続けた。

「なにィ?! よかったじゃんアルファルファ! あんたの貧しい胸でも興奮する人間は絶対にいるって、オレは言っただろう?」

「げぇえ。あんな変態じゃ、ちっとも嬉しくない!」と眉間にシワを寄せて顔を曇らせる。「次は先輩がヒロイン役やってくださいヨ。その爆発寸前のロケットが何のためについてるのか、早く証明してください」

「バカヤロウ。オレのじゃあ、襲いに来た人間がナイアガラの滝みたくドバァーっと鼻血出して、貧血起こしちゃうだろ? アルファルファぐらいのまな板がちょうどイイーの」

 と空いている片手で【アルファルファ】と呼ばれた少女の胸を器用に揉む。誰がまな板じゃい! ゴリラ女! 、と少女が目を丸くして腕を払った。


 得体の知れない恐怖に丸坊主男は唾を飲み込んだ。子供染みたじゃれ合いの最中さなかも、アルパカの殺意は男を射止め続けていた。

 乾いた喉を開けたのは、ひと通りのじゃれ合いが終わってからだった。

「あ、アンタ、女性か?」とアルパカに訊く。

如何いかにも」

 クソッ。なんで女ごときに怖気付いてるいんだ。……落ち着け。まずはここから生きて帰ることには始まらない。そしたら下っ端を集めて、強姦レイプしに戻ってきてやる。そうだ、泣き喚いているところをビデオカメラで録画するのもいいだろう。

「なあ、嬢ちゃんたちにしたことは悪かった。すまない。……ただこの食糧分けてくれないか? もちろんタダでとは言わない、良い条件でウチの組織とーー」


 ーーバイバーイ、とアルパカがトリガーを引いた。はちのようなわずらわしい電子音が鳴り響き、丸い銃口から先の空気ばしょが振動し始めるとーー丸坊主男は音もなく破裂して、真っ赤なきりとなった。チリのような血飛沫ちしぶきが男のいた場所で舞っている。


「アッ、先輩! その後ろは……ッ!」


「ヤベッ」


 急いでトリガーを離すが、食糧は内部から破裂し、チリとなり、地を掃うように消えた。


「せんぱーい……」

 テヘッ、と舌を上向きに出し、拳を頭にあてる。

 ゴホッ、

 アルファルファがアルパカの筋肉質な腹に、パンチをお見舞いした。


 遺体を外へ運び出すと、倉庫の壁へ背をかけて一息つく。

 ふたりは、しばしば食糧があった場所をむなしく遠望していた。風が吹くと粉雪しょくりょうが右往左往に舞っていった。


「片栗粉みたいダナ」

「ソウデスネ」

「あっ!」とアルパカが立ち上がった。

「どうしました? まさか残党がーー」

「ーーいや。あれ拾って水まぶせは携帯食料になるんじゃね?」

「もー! これからどうするんすか。……それにアイツ、組織がどうのって言ってましたヨ」

「気にしない、キニシナイ! 食糧ならまた野草でも集めればいいさァ。悪党狩りも飽きてきたし。コミュニティへ戻るついでにさ、旅しようよ、旅」

「旅ってそんな余力……」

「さァ。心を寄辺よるべない旅情で染めよう!」

 苦境のため息をつくアルファルファとは裏腹に、

 アルパカの屈託くったくない笑い声は軍基地跡全体でこだました。



ーーーーー

※おまけ

「にしても、あそこで『うんこ以下の下品な顔しやがって』なんて……ヒロインとしてユーモアのセンスなさすぎない?」

「先輩の『神風アタッァクゥウ!!』、モネ……」

 ふたりは赤面した。

 映画のようにキメるのは難しい。

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