第96話 グレイの6月19日

 ◇◆アース歴200年 6月19日・昼◇◆


 たく、キャシーの奴め……あんなに怒るとは。

 確かに合鍵を返すのを忘れていた俺も悪いけどよ、だからと言って宿の中で怒鳴る事はないよな。

 他の客の目線がすんげぇ痛かったぞ。


「まあ、過ぎた事を気にしてもしょうがねぇか」


 それより、何処で時間を潰すかを考えないと。

 んー……そうだ、親父さん所へ行ってみよう。

 頼んだ武器がどんな具合か気になるしな。



「ういーす……って、あれ?」


「あら、グレイさん。いらっしゃい」


 親父さんの奥さんだ、いつもながら美人だなーよくあの親父さんが射止められたもんだ……。

 っとそれは置いといて、奥さんが店番をしているって事は親父さんは今いないのか。


「こんにちは、奥さん。親父さんは出掛けているみたいですね」


「あっ主人なら奥の作業場にいますよ」


 いるのかよ。

 この時間で作業場にいるのは珍しいな、酒を飲む日以外は夜に作業しているのに。


「あなた~! グレイさんがいらっしゃいましたよ~」


《――あん? ちょっと待ってくれ》


 奥から親父さんの声がした。

 どうやら本当に作業していたみたいだ。


「待たせたな、今日はどうした?」


 それはこっちの台詞だ。


「親父さんこそ、こんな時間に作業場にいるなんてどうした?」


「ああ、それはお前らに頼まれた物の調整をしていたんだ。コアを扱うのは久しぶりだからな……けど、今日の夜には仕上がるぞ」


 お、いいタイミングだな。


「俺も丁度、それについてどうなっているか見に来たんだよ」


「そうだったのか、なら明日の朝にでも2人で取りに来い」


 あー、コレットと一緒は無理だな。


「わかった。でも、明日だとコレットは来られねぇな」


「あん? どうかしたのか?」


「コレットが風邪をひいたんだよ。今は落ち着いているが後3、4日は外に出られないかな」


「コレットが風邪だと? また時期はずれな」


「あらあら、それはお大事に……ところで、そのコレットさんって女性なの?」


「ええ、そうですけど……」


 この流れは。


「グレイさんのこれですか?」


 やっぱり小指を上げたよ。

 前言撤回、似た者夫婦だわ。


「違います! 親父さんが知っているので後で聞いて下さい。とりあえず、俺は明日取りに来るよ」


 魔力の剣か……ああ、楽しみだ!


「おい、顔がにやけているぞ。コレットが風邪をひいて寝込んでいるってのに……子供か、まったく」


 別ににやけるくらい良いじゃないか。

 借りたことはあっても、自分で所持するのは初めてなんだし。


「そんなの関係ないだろ。とにかく、明日また来るから」


「おう。あっそうだ、サービスでリボンを付けておいてやるよ」


「あら! それいいわね!」


 いい訳あるか!


「そんなサービスはいらん! ……それじゃあ!」


 まったく、親父さんと奥さんときたら冗談なのか本気なのかわからんな。


「さてと、親父さんの用事は済んだが……まだ日が高いな。バザーの見回りでもするか」


 何事もなければいいが。



「いらっしゃーい! いらっしゃーい!」


「この剣は不死のモンスターを簡単に斬れる一品だ! 今なら安くしとくぜ!」


 あれは、どう見ても普通の鉄の剣だな。

 いい加減あいつはバザーで販売する事を禁止させた方がいいかもしれん。

 んーと……あの馬鹿以外は特に異常はなさそうかな。


「ん……?」


 フードを深々と被った子供がキョロキョロと辺りを見ている……。

 親らしき大人も見当たらんし、迷子か?


「しょうがねぇな、親を探してやるか」




 ◇◆アース歴200年 6月19日・夕◇◆


 まさか迷子と思ったら、コレットの妹のマリーちゃんだったとは。

 しかし、この娘は遠慮というもの知らないのか……果物屋で3万ゴールドはする最高級の果物セットを選ぶなんて。

 金を出すと言ったからには後には引けず購入する羽目に……おかげでサイフが軽い軽い……。

 しかも――。


「おいしいのじゃ~」


「そ、そうか……そりゃ良かった」


 見舞いの物だってのに、マリーちゃんが食っちゃっている。

 言葉遣いもまたおかしいし……この娘、本当にマリーちゃんなんだろうか?


「マリーちゃん、その独特な言葉使いは……」


「あっこれはその……普段は気を付けているんですけど、気が抜けると……方言! そう、方言が出てしまうんです!」


 方言?

 ……確かに、それなら言葉使いが独特なのもわかるけど……。


「コレットから、聞いた事ないんだが……」


 まだそこまで親しくはないが、今までそんな言葉を聞いた事がないんだよな。


「え~とそれはつまり~姉はめちゃくちゃ練習をしたんです! それはもう喉がかれるくらいに!」


 かれるまで!?


「コレットの奴、そんな事をしていたのか」


 あいつも努力していたんだな。

 変な方向だけど。


「あ、先輩じゃないっスか」


 この声、この臭いは……。


「何だ、お前か」


 休みの日はマークと会いたくなかったな。


「――っ!?」


 何だ? マリーちゃんが急に背中と尻をかき出したぞ。


「おい、どうした!?」


「い、いえ何も!」


 何もって、そんなわけないだろう。


「……そうだ! わたし急用を思い出したので、急いで帰らないと!」


 はあ!? また急に何を。


「いや、でも具合が悪そうに見えるが……」


「わしは大丈夫です! すみませんが、これを姉に渡してくださいなのじゃ!」


 バッグを投げつけられた!


「えっ!? ちょっマリーちゃん!」


 大事な物を雑に扱うなよ。


「では、頼んだのじゃ!」


 猛ダッシュで行ってしまった……。

 本当に大丈夫かな、あの娘。


「今のは誰っスか?」


 こいつを忘れていた。


「……コレットの妹さんでマリーちゃんだ」


「へぇーコレットさんって妹がいたんっスか」


「ああ。それじゃ俺は帰るから、お前もさっさと帰れよ」


「あれ? それをコレットさんに渡しに行くんじゃないんっスか? 俺も一緒に――」


 ちっ、さり気なくまくつもりだったのに。

 前は仕方がなかったが、病人相手にその悪臭は駄目だろ。


「明日な、今日は色々あって疲れているんだ。じゃあな」


「なるほど、わかったっス。また明日っス!」


 明日以降も連れて行く気はないがな。

 さてと、コレットにこれを届けに行くか。

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