Bra Install (ブレ・インストール)

imstiparo

第1話 Bra Install.conf

「さて、次に最も必要な人間はどんな人間だ?」


 沈黙が続く中、真っ黒なタートルと淡い青のジーンズを履いたトートは静かにどこかを見つめながら大机を周回していた。地面を踏み締めるように歩く音がこの薄暗い地下壕に響き渡る。 他数十人は微動だにしない。何周かして丁度元いた場所に戻ったときに彼はピタリと止まり、皆を見ながら言った。


「さぁ、意見を」


 部屋はシーンと静まりながら、トートを含めた全ての個体間で高速な通信が行われる。しばらくその部屋で動く者はいなかった。


「ご苦労」


 トートがそうキッパリと言うと部屋の緊張感がなくなっていった。


「それでは、投票の結果、次に手に入れる人物は金属加工を得意とするメカニカルエンジニアとする」

 そう言った途端、部屋中から一斉に同期した拍手が行われた。


 しばらくして、喝采が鳴り止んだ後、トートは言った。

「それでは、本日は解散とする!」


 素早く撤収が行われてトートを残して部屋にいた群衆は瞬く間に掃けた。緊張が解けたのかトートは伸びをして、終わると同時にリクライニングチェアに倒れ込んだ。

 不安定な足場の上に置いたチェアが倒れそうになるのを絶妙に防ぎながら、トートはこれからの戦略を練っていた。


「人材獲得は早い方がいいな……」

 そう独り言を言ってソファに横になった。トートは温めたコーヒー牛乳をすすりながら、これまでトートが獲得した人材コレクションを眺めていた。しばらく横になって今後の考えるうちにトートはそのまま寝落ちしてしまった。


——


 翌日トートは近くのコンビニで朝からシフトに入っていた。

 大学で特に学びたいことがないトートにとっては、忙しさに追われ時間がすぐに流れていくコンビニが非常に居心地がよかった。オフィス街と住宅街の両方に隣接しているコンビニだったためか、多様な人間が訪れるコンビニで、毎日人を観察するのには飽きなかった。忙しい営業マンも警察官も立ち寄るし、家族連れもいるし、ヤンキーもいる。それぞれ交わることのないコミュニティがここのコンビニは結び付けていた。


 このコンビニには土地の形状が歪だったせいか、珍しく少し広めの簡易な更衣室兼控室があった。

 トートが部屋を開けるとカイとユミがすでにゲームをしながら休んでいた。

「お、トート今日シフトだっけ?」

 カイがトートをチラ見した後、ゲームを見ながら質問してきた。

「そう。シフト。と言ってもあと2時間ぐらい後からだけど」

「気合入ってんじゃん」

 ユミは顔を上げてゲームを中断していた。


「おい、目を反らすな! 負けるだろ」カイがユミが目を逸らして直ぐに叫んだ。

「ゲームなんだからいいじゃん、別に」

「ユミ、これは遊びじゃないんだ。ガチなんだよ」

 ユミは頬を膨らませながらゲームに向き直った。

「トートごめんね。これ終わったらみんなでお茶しよ」


「あぁ、いいよ。やることあるし」

 と言ってトートは彼らの隣の席に座ってスマホをいじり始めた。


 ユミは人懐っこい方で誰にでも優しく振る舞える女性だった。トートが大学2年生でユミは一つ下の大学1年生だった。このコンビニでバイトを始めて長くはないが、他のバイト仲間含めて打ち解けている。トートは大学でそこまで交友関係が広い方ではなかったが、カイとユミには心を開いていた。カイはちゃらそうに見えてしっかりしたやつだった。比較的何事にもまっすぐに取り組む男で、頭も切れる方だ。今日も明るめの茶髪を立てて、ピアスもしっかりつけていて、お洒落な大学生だ。


 ユミやカイはもちろん人材としては魅力に欠ける。特に秀でた能力をもつ能力者ではない。能力者と言ってもいわゆる念力と言ったオカルトめいた類ではなく、素直にこの生存競争を生き抜くための他者を出し抜くための能力をまだ持っていないという意味だ。人に訴えかける音楽や絵を作り出すこともできなければ、特定の業界について深い造形があるわけでもない。大学生なのだから当たり前だ。そう言う点で彼らにはまだポテンシャルはあるのかもしれないが、特に何か秀でた点がなく魅力にかけている。トートにもそういった能力はないが、トートは最近、身近の人を含めてそういった品定めをするようになっていた。


「やった! 勝ったじゃん!」ユミが嬉しそうに椅子から飛び上がった。

「当たり前だろ。勝たなきゃゲームをやる意味がない」

 そういうカイも笑みがこぼれていた。


「じゃ、アールグレイ淹れるねぇ~」

 ユミは備え付けの冷蔵庫からアーモンドチョコを出してきて、机の真ん中に置いた。

 カイは早速一つ取って口に咥え、またゲームを始めた。


 こちらに背を向けてお茶を淹れつつ、ユミがどうもいつもと違う声で話し始めた。

「トート、最近忙しそうだね。雰囲気も変わったし」


「え?」トートは一瞬で鳥肌がたった。二人とも静まりかえり、

 お湯を沸かす音とカイがゲームに熱中している操作音だけ妙に響いていた。


「そ、そうかな?

 なんだろ、大学が楽しくなってきたかも」トートは焦りを隠すのに精一杯だった。


「ふーん、そうなんだ。よかったじゃん」

 ユミが全く振り返らずにアールグレイを見つめているみたいだった。

 たったそれだけでその会話は終わり妙な気まずさが漂う。


「よし、できた!」

 いつものユミがトレイにアールグレイを三人分載せて机に運んできた。

 カイは瞬く間に自分のカップを取り、飲み始めた。

「さすがアールグレイ担当、美味いぜ! 明日のレモンティーは任せてくれ」尚もゲームに熱中しながら謎の宣言を残していった。素直に褒めて素直にディスるところがカイのいいところだ。


「じゃじゃーん、今度さバイト仲間で富士山の麓のキャンプ場行こうよ!」

 ユミがどこで集めてきたのか似たり寄ったりなキャンプ場のパンフレットやトラベル特集雑誌を出してきた。さすが"アクティブの鬼"とトートは心の中で呟いた。


「へぇ、いいじゃん。キャンプとか行ったことないな」

「そうなの!? そんな大学生活じゃダメだよ。ぜんっぜんダメ!」

「いやいや大学生活に正解はないから」

「いやいやいやいや、ありますよ。トート君。君は世界を知らなさすぎる。

 勉強もしてないかもしれないけど、勉強だけじゃだめなのだよ。閣下」

 ユミは自分の企画にいつも通りノリノリだった。


「行かないとは言ってないよ」トートは勢いに押され渋々承諾した。

「よし。カイは行くでしょ?」

「いいよぉ」

「決まり! あとはセトとマットと...」

 ユミはコピー用紙に参加表を描いて、バイト全員の名前を書き込み、勝手にトートとカイの分は参加にチェックを書き込んでいた。


「何人で行くつもりなんだ」トートはその様子を見つつ疑問を口にした。

「みんなだよ?」

 無邪気さを感じさせるケロっとした顔でユミは答えた。

「車運転できる人そんなにいるの?」

「うーん、一部電車とか?」

「まじ?そんなにパンフ集めてて行き方決めてないの?」

「うん!」

 何の自信からかユミは力強く答えていた。


 早速、ユミが作り上げた渾身の参加表を控室入り口の直ぐ横に貼ろうとしていた。トートも手伝うつもりで、席を立った。

 ユミが粘土状の粘着剤をその参加表の四隅に貼ろうとしたとき、ちょうど今まで髪で隠れてた首の付け根が顕になった。そこにはほとんど剥がれかけている恐らく民生品の肌色の医療用パッチが貼りついてた。


 そのパッチの下を見てトートに悪寒が走る。パッチの下には、明らかにアニマハックデバイスによって人格移植後の傷痕が剥き出しになっていた。


 振り返ったユミからトートは無意識に後ざすって距離を取り、テーブルにぶつかるまで離れていた。

 ユミは直ぐに自分の首元のパッチが剥がれていることに気付き、直し始めた。

 少しの間、ユミとトートは目を合わせて何も喋らない。

 トートは自身の心臓の音が跳ね上がっているのを意識せずとも感じていた。


 トートは気まずさに耐えかね、思わず口走ってしまった。


「——ユミ、?!」

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