第2話


 学生服を着た女の子が本棚に囲まれている。それまでの流れから察するに女の子がいる場所はどうやらリアルの本屋さんのようだ。

 女の子は目的の本を見つけることができないでいた。いくつもの本棚を眺めてはあちこちと店内を歩き回る。

 ふとようやく目的の本を見つけたようだ。その本は棚の上部、女の子が背伸びをすればギリギリ届く高さに一冊だけあった。女の子はそのたった一冊の本を見上げてから踵を浮かせ手を伸ばして本に触れようとする。

 次の瞬間女の子は自分の手に温もりを感じた。

 そうして自分の手を見上げると自分のではない別の誰かの手が触れていることに気がつく。

 女の子は咄嗟に自分の手に触れている手を辿るように隣を見やる。するとそこには見知らぬ男の子の姿があった。年は女の子と近いようだが女の子とは違う学校のようだ。背伸びしている女の子とは違って背の高い男の子はただ手を伸ばしているに過ぎない。

『あッ! ゴメン』

 二人が伸ばした手を引っ込めたのは同時だった。

『あ……。ど、どうぞ』

 女の子は大人しい性格なのか萎縮したかのように緊張しながら本を譲った。しかし、

『あ、いや、僕は結構です』

 男の子は焦りながら女の子の申し出を断った。

『その、奇遇ですね。君もこの本が気になるの?』

 男の子も突然のことで緊張しているのか、その場しのぎとしてよそよそしく話を振る。それに対して大人しい女の子は小さく頷くだけだった。緊張で視線を合わせられないのか女の子は終始俯いている。

『じゃあやっぱり、この本は君が手にするべきだよ』

 そう言いながら男の子は高い位置にある本を手に取りそして女の子に差し出した。

『い、いいんですか?』

 女の子は半ば怯えた様子で本を受け取る。

『うん。その、代わりといったら変かもしれないけど、もしよかったら君が読み終わったらその本を僕に貸してくれないかな?』

 男の子は照れ隠しなのか微笑みながら提案をする。女の子はまたしても小さく頷いて返事をし受け取った本で顔を半分隠した。その本で隠した部分の顔はまるで果実のように紅潮していた――。



「どう? いい感じの雰囲気じゃない?」

 僕は結菜から受け取った漫画のページをめくり結菜が薦めてきたシーンを読む。そうして一通り読み終えると途端に結菜が僕のことを覗き込んできた。漫画に向けていた視線を少しだけ上げ僕は結菜を見つめ返す。

「いいシーンじゃないかな」

 僕たちの世代としては書店どころか本棚にすら馴染みがないのでこのシーンにそのまま共感することができなかった。まるで古典を読んでいるかのよう。ただ登場人物の仕草や表情から甘酸っぱい感情を読み取ることはできたので理解できなくもないシーンでもあった。

「でしょ! この初々しい距離感がキュンってくるのよね。このあと二人は本の貸し借りを通じて仲を深めて、時には親密に時にはすれ違いながらもお互いを男女として意識していくの!」

 結菜はうっとりとした表情をしながら漫画の内容を語るけど僕としては盛大なネタバレを食らった状況で心境としては複雑だった。まあ僕は結菜ほどこの漫画に入れ込んでいないから別にネタバレされても気にはしないけどね。

「結菜はこのシーンを再現したいのか?」

 僕は一応確認してみるけど結菜がこのシーンを差し出してきた段階でもう答えは出ているようなものだった。結菜は僕の確認に大きく頷く。

 というわけでやってみた。

 再現するにあたって漫画の該当シーンから条件を抽出。主に、


 ・棚に目的のものが置かれていること。

 ・その目的のものはたった一つしかなくそれを二人同時に取ること。


 という二点に絞られた。

 だがしかし重大な問題があった。

 今の時代そもそも書店がないのだ。書店は電子書籍の台頭により淘汰されたのだった。

 書店だけではなく他の分野の商店もほぼネットショップ化してしまったので今現在街には店舗というものは存在していない。図書館だって電子化されているしなんなら役所の類も大抵の手続きは電子化されているので今は人的な処理をする事務所しかない。

 電子化が加速した高度ネットワーク時代において街には住居と事務所と商品倉庫があるだけ。例外として店舗があるとしたら美容室やエステなどの身体を対象にしたサービスくらいなもの。

 そのため商品棚に商品を陳列して販売している形態のお店はそもそも存在しなかった。

 いや例外はまだある。どんなに高度なネット社会になろうとも絶対に淘汰されることのない店舗はある。

 それはコンビニだ。

 本来食品などを扱っているコンビニエンスストアは時代とともにそのサービスを拡大させている。食品だけではなく日用品も並び各種公共手続きの代行宅配荷物の受け渡しなどなどは昔からあるサービスだ。困ったときはコンビニに駆け込む感覚は今でも変わらない。

 いやむしろ高度ネットワーク時代において行けば大抵のことがなんとかなるコンビニは全国展開していることもあり急な物入りに対して絶大なレスポンスを誇っていた。

 というわけで高校生二人、近所のコンビニに入店。

「いいか結菜。まずは手分けして在庫が一個しかない商品を探そう」

「ラジャー」

 コンビニに入店直後僕は効率よくミッションを達成するために作戦を伝え結菜はわざわざ敬礼してそれに応えてくれた。僕は時計回りに結菜は反対側から商品を物色していく。幸いいつの時代もコンビニの店舗は小さく店内も狭いので全体を調べるのにはそう時間はかからないはずだ。

 僕は店内のサービスカウンターの前を横切る。昔の時代ならレジという機械が置かれていたらしいけど今はそんなものはない。あるのは手続き関係を処理する端末があるだけでそれも無人化されている。店員さんが奥の事務所から出てくることなど滅多にない。

 コンビニでの買い物には特別なお会計とかはなく商品を持ったまま店を出るだけ。出入口にあるセンサーが商品のタグを読み込むと同時にお客のIDを認証、登録されたクレジットカードから自動で引き落とされる。未成年はそのまま親のクレジットカードで決済される。

 これは昔からある防犯センサーにレジの機能を追加したものだ。過去には万引きという犯罪があったそうだがこの決済方法になってからは万引きが事実上不可能になった。なにせ商品を店外に持ち出せば勝手に決済されるから。大昔は店員さんがレジを操作しのちにお客が自分でお会計するセルフレジに移り変わり今ではお会計フリーのオートレジへと時代は変わったのだった。

「陽向隊長! オンリーワンな商品見つけました」

「でかした結菜隊員!」

 僕がじっくり商品棚を眺めていると目標を発見した結菜が勢いよく駆け寄ってきた。僕は結菜のノリに便乗しながら結菜の案内で目的の商品棚に向かった。

 今のコンビニにはとくに需要があるもの、さらにいってしまえばすぐ欲しいものを中心に品揃えしている。果たして結菜は一体どんな商品を見つけたのか。

 結菜が「コレ!」と指さす商品は確かに棚に一つしか置かれていなかった。

「じゃあ」

 と、結菜は一度わざとらしく咳払いしたのち儚い表情となってゆっくり商品に手を伸ばした。僕も結菜とタイミングを合わせて手を伸ばす。案の定商品の手前で僕と結菜の手は触れ合った。

「ごめん」

「いえ、こちらこそ」

 僕は咄嗟に謝る。結菜は初心なお嬢様風のキャラ作りをして楚々とした動作で手を引っ込めた。

「あの、……どうぞ」

「…………」

 漫画に登場していた女の子のように結菜も僕に商品を譲ろうとする。けど僕はそれを受け取らず無表情に結菜を見つめ返していた。

「結菜、これ何かわかってるか?」

「わ、わかってるわよ、そのくらい」

 なおも結菜はキャラクターを演じている。無理してキャラを演じている様子。しかしだからこそ僕はより一層冷めた視線を投げかけずにはいられなかった。

「なあ、これ、……コンドームなんだが」

 結菜が見つけたオンリーワンな商品の正体は避妊具のコンドームだった。

 確かに急に必要なものとしての需要はあるからコンビニに置かれているけどさ。でもこれの在庫が一個しかないってことはこの近所はお盛んで皆買い求めてくるってことじゃん。自分が住んでいる地域がそんなにお盛んなんて高校生としてはちょっと複雑だよ。

 しかしそんなことよりも現状において気になることがあった。

「なあ、見知らぬ男女が同時に同じ商品に手を伸ばすシチュエーションの再現だけどさ、これものがコンドームだから、シチュエーションの意味合いが違ってくるだろ」

 本を同時に取ろうとするのであればそれは実にロマンチックなのかもしれない。でもものが避妊具であるならそれはとてもアダルトな意味合いになってしまいロマンチックを通り越してただただ気まずいだけになるだろ。見知らぬもの同士これからそういう行為をしますとカミングアウトしているようなものだった。こんなの嫌すぎる。

「奇遇ですね。あなたもこれが気になるのかしら」

 しかし結菜は僕のツッコミをスルーしてシーンの再現を続けようとしている。でも結菜自身状況が状況だけに赤面し若干パニックになっていた。それは年相応の女の子の反応でもあった。

 結菜は言い出しっぺの責任でも感じているのか赤面しつつも商品棚からコンドームを手に取り僕に差し出してきた。

「あの、その、えっと、代わりといったら変かもしれないけど、もしよろしかったら、あなたが使い終わったら、これを貸していただけないかしら?」

「どういうことだよ!? もうええわ!」

 僕は赤面する結菜の手からコンドームを奪い取り商品棚に戻した。途端状況から脱することができた反動からか結菜は手で顔を隠し羞恥心で蹲ってしまった。その姿はまさに初心な女の子そのもので、そういう意味でなら確かに僕もドキドキしてしまった。

 でも多分求めていたドキドキとは違うのだろう。僕は顔面が火照っているのを自覚しながらそっぽを向いて頬をかくしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

青春の棚 高藤カイ @takatokai1c

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ