青春の棚
高藤カイ
第1話
「青春ってなんだろうね……」
「なんだよ唐突に」
幼馴染の女の子、結菜のいきなりの呟きに僕は露骨に眉をひそめた。結菜は僕の部屋の窓際に座りながら黄昏ている。日が傾き始めその淡い日差しに照らされた彼女からはアンニュイな雰囲気が醸し出されていた。
「だって、ずっと陽向と一緒にいるじゃない。だからその……青春ってなんなのかなーって不意に思ったの」
僕と一緒にいるから青春が何かわからなくなった。結菜の言っていることを客観的に捉えるとそうなりそれは第三者からみれば全く繋がりがなくて意味不明なことだった。
でも僕もわかる気がする。
結菜の言う通り僕と結菜はずっと一緒にいる。それこそ生まれた病院も一緒で家も近所だった。兄弟のように四六時中一緒にいるわけではないけどだが他の同年代の子たちと比べるとずっと距離の近い関係であることは間違いない。
そうして十五年間一緒にいた僕たちは高校入学を機に恋人として交際することにした。
でもそれで何かが変わったということはなかった。ただただ明確な関係性になっただけで今までの距離が維持されたまま。それまでもほぼカップルのような関係だったから正式な彼氏彼女関係になった実感が皆無だった。長い付き合いだから相手のことはなんでも知っている故に結菜との関係には刺激が足りない。
十五歳の高校生の分際でこんなことを言うのはどうかと思うけど僕たちは付き合って早々まるで熟年カップルのような倦怠期になっていた。幼馴染から恋人にシフトチェンジしたもののしただけであって甘酸っぱいドキドキやワクワクとは無縁であるのが主な原因だ。
「でもどうして、いきなりそんなこと言い出すんだ?」
お互い思い当たる節はあるけどそれでもいくらなんでも話が唐突過ぎるよ。
「それはね、これを読んだから。これを読んで考えさせられたのよ」
そういって結菜は床に置かれた鞄から一冊の本を取り出した。淡い色合いのイラストが表紙に使われた本だけど僕としては本そのものに注目がいった。
「紙媒体の本なんて、今の時代じゃあもう骨董品扱いじゃん」
そう、今僕たちが生きるこの時代ではもう紙の本なんて一般的ではなくなっていた。
昔から書籍の電子化は存在していた。でもその時代ではまだまだ紙の本が主流であった。
今ではリアルの書店など存在しないし図書館ですらデジタル化した。ネット図書館に会員登録さえしていれば一定期間無料で閲覧可能で実体の本棚というものがそもそも過去のものとなってしまった。今の時代教科書や参考書だって電子化されている。
だからこそ僕は結菜が手に持っている本が気になった。
いやいくら電子書籍化の波が押し寄せたとしても、まだ紙の本で読んでいるコアな層はいる。そういった愛好家に向けてデジタルな書籍を印刷して紙の本にする個人向け製本サービスがあることは知っているけど、だからといって結菜がわざわざ古臭い本を好んで製本サービルを利用したとはどうしても思えなかった。
「どうしたのこれ?」
「これ、学校の図書室だった場所で見つけたんだ。私本物の本棚をはじめて見たよー。すっごく大きいの。私より全然高いし、陽向よりも大きいんだよー」
結菜は本棚を見つけたときの興奮が蘇ったのか明るい口調でまくしたてる。でもどこか憂鬱とした雰囲気はそのままなので結菜の機嫌が直ったわけではなかった。
「でもなんで学校なんかに?」
確かに近所には廃校になった校舎がある。鉄筋コンクリート製のその校舎は老朽化により捨てられたかのように忘れ去られている。でも老朽化なんて建前でしかない。学校そのものも時代の流れに逆らえなかった結果だ。
なにせ今の時代、学校ですらデジタル化してしまったのだから。
授業はすべてネットを通じて自宅で行う。有能な講師による授業動画が毎日配信され僕たち学生は毎日それを自室で視聴し視聴後に出された課題をアップロードして採点してもらう。これにより教員の質による学生の学力のむらがなくなった。加え教員の個人的な思想などに左右されることのないフラットな教育が実現した。今の教育者は一握りの有識者のことを指す。
だからこそ僕たちはそもそも学校に通う必要がなくそのため校舎もいらないのだ。入学式や卒業式などといった式典や、学園祭や体育祭はその都度会場を借りて行っている。基本登校しないから同級生というものもなくいじめも発生しない。学生の人間関係は匿名のネット上かもしくは本当にご近所だけになった。僕と結菜は後者の関係といえる。
「忍び込んだ。冒険だよ」
「お前は一体いくつだ!?」
高校生が冒険とか子供じゃないんだから。それに女の子が廃墟に冒険なんていろんな意味で危険すぎるよ。
「でもお宝を見つけることができた」
結菜は未だアンニュイとした様子で気怠く本を振ってアピールする。
「それ何の本?」
「漫画だよ。恋愛もの」
確かに表紙のイラストには今では廃れた学生服姿の男女が並んでいた。中身を見ていないけど結菜の言う通り恋愛漫画っぽかった。
「それでね、私思ったんだ。ほら、私たちってなんか今微妙な感じじゃない」
「言いにくいことをストレートに言うな……」
「だって事実だし。陽向とは生まれたときからずっと一緒にいるから、異性としてのドキドキとかないし。そもそも恋人同士になったのもなし崩しだったし。『ご飯食べに行く?』『うん行く』みたいな軽いノリで付き合い始めたじゃん」
「それは否定できないな。今思うとロマンチックの欠片もねぇな」
「でしょ。だから私たちが恋人としてドキドキするには、意図してイベントを起こさないと不可能だってこと」
なんだか話の流れが見えてきた……。
「だからこれ。この恋愛漫画を参考に恋愛イベントを再現してみるの。そうして私たちが体験できなかったドキドキを疑似体験するの」
確かに僕たちの間にわだかまる倦怠期を脱するには何かきっかけが必要だ。そのきっかけに先人たちが残した恋愛ストーリーを参考にするのは多分悪くない発想だと思う。
「それに学校の図書室にはまだまだいろいろな本が残されていたの。恋愛ものの漫画や小説だって残ってる。だからワンパターン化することもないよ」
「待て。その恋愛イベントの再現は何回する気だ!?」
「え? 気が済むまで。だってこうでもしなきゃ恋人らしいことないじゃん」
結菜の言う通りだった。まともに学校に通わなくなった今の時代青春らしいことなんて何もない。……待てよ、さっきまで結菜が黄昏ていたのはもしかして廃校舎で見つけた恋愛漫画を読んで失われた青春に憧れを抱いたからでは? 確かに僕たちは未だ恋人らしいことは何一つしていない。ならばこれを機に恋人らしいことにチャレンジしてみるのもいいのでは。
「わかった。僕は結菜に付き合うよ。で、僕は何をすればいい?」
僕が協力的であることが気に入ったのか、結菜は僕を見つめながらニヤッと微笑んだ。
「じゃあね、まずこのページのこのシーンから……」
そうして結菜は古い漫画のページをめくり該当するシーンを僕に見せつけてきた。どうやら結菜はこのシーンを再現したいようだった。
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