キラキラしていた、あのときの君へ。

小路

第1話 僕の夢

「僕の夢は、おとうさんみたいなかっこいいお医者さんになることです!」

ぱちぱちと鳴り響く拍手の音。目の前にいるクラスメートはとても嬉しそうだ。

その光景を見ながら僕は泣きそうになった。


将来の夢。それについての作文を書いて、参観日に発表する。

それを聞いた僕の顔は多分、青く染まっていただろう。

なぜなら僕には、夢がないのだ。


加納 隼人、9歳。小学4年生。

クラスメートのみんなはケーキ屋さんになりたいとかお医者さんになりたいとか夢見ているのに、僕には夢がない。

お母さんに一度話したことがある。夢がない、と。

お母さんは驚いた顔をしたけれど、すぐに笑ってこう言った。

「そんなことあるわけ無いじゃない。隼人にもちゃんとあるのよ。よく考えなさい。」

その言葉を信じて、一生懸命頑張った。考えて考えて考えて。

だけど、見つからなかった。

なりたいものがない。僕にはなりたいものがないんだ。

それがはっきり分かった途端、僕は恥ずかしくなった。

僕はみんなとは違うんだ。変なやつなんだ。


「それでは隼人くん、どうぞ」

先生の大きな声でハッとした。

みんなの視線が突き刺さる。

僕は……僕は……。

「うっ……うぅ」

座りながら、ぼろぼろと涙を流した。


「おい、隼人!」

友人の声で我に返った。昼休みでがやがやと賑わう教室の雑音が一気に耳に押し寄せる。

結構昔の、懐かしいことを思い出していたなぁと、少し複雑な気持ちになった。

「ごめん、聞いてなかった。何?」

珍しい、と言わんばかりの顔で僕の顔を覗き込む友人は、心配そうに眉尻を下げた。

「大丈夫か?体調悪いとか……」

「いやいや、大丈夫」

ありがとうとにっこり笑って、大丈夫だよとアピールをする。

まだ心配そうな顔をしてるが、彼は恋人が欲しいだの何だのと世間話の続きを喋り始めた。


現在18歳、高校3年生。あれから9年。

何となく入ったこの高校で、今まで何となく過ごしていた。

しかしながら、現実はいつも隣り合わせに存在するわけで。

「そういや隼人、決まった?進路」

そう、その現実の正体は進路だ。

僕の手元にあるこの紙切れには、進路希望調査と書かれている。

僕にとってはとても重要かつ、憎いもの。

「ううん、まだ。」

そう言って首を振る僕を見つめながら、友人はそっか、一緒だと安堵した。

僕はその程度じゃないんだよ、と少し腹を立たせたものの、呆れられることが目に見えるので態度には出さない。


僕は今となっても夢がない。

僕はどうなりたいのか、全く見当がつかない。

あの時とずっと変わらない。

高校に入ってすぐに、僕は何になりたいのか、何になれるのかとうんうんと唸りながら考えたが、結局答えは見つからずにいた。

無理だなぁ、分からないなぁと思ったその瞬間から、今の今まで考えることを諦めていた。友人と遊んでわいわいしてる方が楽しいとか何かそういうくだらないことを考えていた。

世に言う、現実逃避。


そんな僕にはパッとするような趣味も成績も顔も無いわけで。

平凡な日常と言う名のぬるま湯に浸かりながらだらだらと過ごしていた僕に、何があるのか。

「俺なぁ、昔はサッカー選手になるとか言って泥だらけになるまで練習してたの」

はは、と乾いた笑いを出しながらサンドイッチを貪る友人に、僕は驚きの表情を見せた。

「え、そうなんだ。今何もしてないからてっきり……」

「よく言われる。色々あって辞めちまった」

「へぇ~」

お茶が入ったペットボトルの蓋を開き、喉を潤す。

綾竹美味しいな。やっぱり選ばれるわけだ。

「っておい!」

しょうもないことを考えている僕にツッコミを入れる友人。僕はそれが理解できずにいた。

「え?」

「え?じゃない!色々って、何があったの?とか聞かないの!?」

「えぇ……」

こういうめんどくさい一面があるのが、僕の自慢の友人なのだ。


高校に入ってから唯一すぐに仲良くなった友達で、名を坂畑 智宏という。僕は呼びやすいようにトモと呼んでいる。

トモは写真部に所属しているが、特に何もカメラに収めていない。つまり幽霊部員だ。

僕は何をしようか悩みに悩んだところ、帰宅部にした。運動部も文化部も全部専門的過ぎて追い付けないと思ったからだ。

部活に行っている人とは放課後一緒に帰れないし、互いに都合が良かった。

トモの話は面白いし、リアクションも良いので人気者だ。たまに部活の勧誘もされる。

何で僕なんかと一緒にいるのか分からないくらいだ。

「それで?色々って?」

「よくぞ聞いてくれました!俺な、サッカーめっちゃ好きだったんだけど、監督がめんどくさくってさぁ」

その話を聞いた僕は白けた目でトモを見た。

「くだらなっ」

「何だと!?」

大きくショックを受けたようで、ちびちびとサンドイッチを食っていた。

こういうところが面白いのだ、彼は。


「おーい隼人、帰ろうぜ」

教室に響くトモの声を聞いて、進路希望調査の紙をぐしゃりと机の中に突っ込んだ。

「はーい」

椅子を片し、トモの所へ向かう。

その時、コトンという音が僕の耳に入った。

反射的に振り返るも、何も落とした形跡は無い。

「……?」

気のせいだろうか。

そう考えることにしようと思い、急いでトモの元へ向かった。

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