[10.3] SKIT DO —— ④

 神無月さんの目が大きく見開いた。

「——!」

「悪いね。このピリオドは僕の勝ちだ」

 オープンされたカードは「0」。僕が最後の最後に選んだのは「0」だったのだ。苦肉の策、起死回生の選択だった。だが、してやったり! ……ふっふっふ、神無月さん、見事に掛かってくれて、ありがとう!

 さっきは涼し気に言ったけど、ホントは内心、小躍りしたくなるのを抑えてた。僕にしてみれば会心のデキ! だって、あの神無月さんを手玉に取ったんだぞ!? これはお祝いだ! 帰りにいずみ亭にに寄って、スパカツ食べて帰ろう! うん、そうしよう!

「んー、見事にやられちゃったなぁ」

 両手を組んで、大きく伸びをした神無月さんが苦笑する。そして、おもむろに伏せたままだった僕の残りのカードに手を伸ばした。言わずとしれた紫の5だ。

 カードをめくった神無月さんがにっこり笑う。

「あは! 同じようなこと考えてたのね、私たち」

 肩を竦めて、自分の前のカードもオープンした。

「——!」

 息を呑んだ。

 そこにあったのは、青5と0のカード。色こそ違えど、構成は僕と一緒だ。……ま、まさか、僕と同じ作戦を取ったってのか!?

 5と0——この組み合わせではスキットにならない。敢えて言えば「ブタ」だ。なのに、どうしてこの組み合わせなのかって言うと、相手にオープンしてもらうことを前提としているからだ。

 今の神無月さんみたいに、相手が0をめくれば勝ちが転がり込み、5がオープンされてもカードの効果で0を回収して、その場のルールカードに応じた、勝ちを狙えそうな手札と交換できる。

 先に言った通り、とにかく相手にオープン戦術を取ってもらうのが勝ち筋だから、そうしたくなるような素振りを見せる。

 だから、僕は強い組み合わせを悩みに悩んで(実際、本当に悩んでたけど)、選び抜いた風を装って、神無月さんがカードをめくってくれるように誘導した。恐らく、神無月さんは僕とは逆の考えでオープンさせようと目論んだんだろう。……そっか、それで僕が「オープンしない」と宣言したときに口唇を噛んだんだな。

 更にもう一つ。

 このピリオドの勝敗がどうであれ、手持ちのカードが1枚しかバレないってこと。

 0は両方とも1枚ずつ持っているカードだから、お互いに既知の情報だ。つまり、相手に露見する情報は1枚分だけなのだ。これは、特に早いピリオドだと結構なアドバンテージになると思うんだ。今回に関しては、神無月さんも僕と同じく0を使っているから、ここは引き分けだけど。

 やっぱり、神無月さんはスゴい。初めてのゲームでも、しっかりポイントは押さえてくるんだから。恐るべし、神無月さん!

「——たかくん? よーしーたーかーくーん!!」

 届いた声が僕を現実に引き戻す。目の前には神無月さんの顔。

 ともすれば、神無月さんの吐息さえ感じられそうな距離に、僕はごくりと息を呑んだきり、声が出せなかった。

 レンズ越しの神無月さんの双眸に、目を丸くした僕が映っている——何だかそれが檻の中に閉じ込められてるようにも見えた。その姿がちょっと揺らいだ。

「——痛っ!」

 おでこに襲撃が走っていた。

「コラ。勝負の途中でボーッとしちゃって。困った子ね。……それとも、そんなに私に見惚れてた?」

「いやっ……そんなっ! か、勘違いしないでよっ!」

 いつもの視線に、僕は相変わらずしどろもどろになっていた。

「ほらほらぁ、まーた赤くなってる。ホント、イジり甲斐あるなぁ、芳隆くんって」

 笑いを噛み殺して、そんなこと言う神無月さん。紛うことなき完全な勝利を収めたにもかかわらず、込み上げてくるこの敗北感はなんだ! ……ぐぬぬ、見てろよぉ! 連続勝利でその鼻を明かしてやる!

 何か思い出したように、神無月さんの笑いが止まった。

「あ、そうだ」そう言って僕を指差し、ニヤッとする。

「ねぇ、このセット、何か賭けて勝負しない?」

「はぁ? 何かって何をさ。……っていうか、神無月さん、4点のビハインドだよ?」

「うん。そのくらい、ハンデだよ」

 なんて挑戦的な表情かおをしてるんだ!

 これには温厚な僕も、流石にカチンときた。

「そこまで言うんなら、その挑戦、受けて立とうじゃないか!」

 目に物見せてやる! 僕のことを舐め過ぎたことを後悔するがいい!

「そうこなくっちゃ! それじゃ、次のピリオドね!」


           ◇


「うん、このピリオドは私の勝ち。でも、1点かぁ」

 勝負は既に4ピリオドを終えていた。残るはあと1つ。今は落としちゃったから、勝敗としては2勝2敗のタイだけど、得点は僕が6点、神無月さんは2点。ぼくが4点もリードしているのだ!

 ふっふっふ……。だから言わんこっちゃない。4点のビハインドを「ハンデ」と言い切ったことに神無月さんは後悔してるに違いない。

 そして、最終ピリオドのVPのカードは緑3。つまり、3点だ。万が一、僕がこのピリオドを落とすようなことがあっても6対5で僕の勝利が確定する。……まぁ、このピリオドも落とすつもりはないけどね。

 ルールカードは「STRONG」。強いスキットの勝ち。

 前にも言った通り、SKIT DOは完全情報公開ゲームだから、VPのカードが表になった時点で、神無月さんの残った手札も丸分かりになった。だから、負ける要素は何処にもない。

 神無月さんの手札は赤5、赤4、赤2。それで作ることができるベストな組み合わせは、赤5と赤4のストレート。

 対して、僕は黃5、黃1、黃2だ。僕は必殺のバーレスクが使える。

 1ピリオド目に使わなくて正解だったよ。バーレスクが炸裂すれば、僕の完全勝利が確定するんだけど——

「ねぇ、神無月さんは負けたときにのって不安じゃないの?」

 素朴な疑問。……まぁ、のは、僕なんだけどさ。

「ふふ、もう勝ったつもり?」

「そうじゃないけどさ……」

「別に? だって、それを指図するのは芳隆くん。そんな変なことは命令しないでしょ?」

「そりゃま、そーだけど……」

「……あ、もしかして、エッチなことさせようとしてた?」

 顔を近づけて、小声で囁くように言ってきた。

「——なっ!」

 な、な、なな何てこと言うんだ、神無月さんは! ぼ、僕がそんなこと考えるはずないじゃないか!

「顔、真っ赤だよ?」

 絶句して、口をパクパクさせている僕を見て、神無月さんは目に涙を浮かべてお腹を押さえて笑っている。

 くっそーっ! 神無月さんめっ! この屈辱はこのピリオドを勝って、完全勝利を収めることですすいでやるーっ!

 カードスタンドに残る3枚のカードをじっと見つめる。

 神無月さんはストレート——

 ストレートはバーレスクに次ぐスキット。僕が組むことができるもう一つのスキットもストレート。同じスキット同士だと、数の合計、それも同じだったら色で強弱を決定する。僕のは黃2、黃1。神無月さんは赤5、赤4。数字の組み合わせも色も神無月さんの方が強い。だから、万が一のことも考えて、潰しておくのがいいだろう。だから、僕はオープン戦術で攻める。

 赤5がめくれれば、神無月さんはもう1枚のカードを交換しなければならない。つまり、赤4が赤2になって、スキットとしてはトラジェディとなる。これがベスト。

 赤4でも、神無月さんは伏せてあるカードの数字か色を僕に教え、僕はそれを聞いた上で自分のカードを1枚交換できる。まぁ、もう1枚は赤5って分かってるから、それに勝てるようにカードを交換すればいいことだ。

 負ける場合があるとすれば、それは神無月さんもオープン戦術を取ってきたとき。もし、バーレスクでセットして黃5がめくられれば、僕は黃1を黃2に交換しなければならない。

それを考えると、最初っからバーレスクで勝負はできないよなぁ。でも、ストレートをセットするのも……。

「はい。セットしたわよ。芳隆くんは?」

「そんなに急かさなくても置きますよーっと!」

 ……よし、大事を取って黄5、黄1のバーレスクで行こう! もし失敗しても、勝負に負けても試合には勝てるんだから!

 カードをセットすると、ニヤリと笑った神無月さんが僕を茶化す。

「何だか、余裕綽々だねー」

「そ、そんなことないよ」

 ……って、神無月さんは何だか全然負けを意識してなさそうだなぁ。

 でも、それでも! このピリオドを落としても、僕が6点、神無月さんは5点で、僕の勝ちになるのだよ。どう転んでも僕の勝ちは揺るがないけど、できればこのピリオドも勝って、完全勝利に酔いしれたい。

「それじゃ芳隆くん、どうする? オープンする?」

 頬杖を突いた神無月さんが僕を見つめる。

「オープンする!」

 間髪入れずに答えたからか、神無月さんの目が丸くなった。

「……へぇ、オープンするんだ。このピリオド落としても勝てるのに?」

「ふふん、僕は完全勝利を目指すのさ。VPだけじゃなく、勝利数でもね」

「そっか。そんなに完全にモノにしたいんだ」

 思わせぶりな笑み。

「……このピリオドの話……だよね?」

「そうだよー?」

 悪戯っぽい微笑——この笑顔に、僕は今まで何度も何度も惑わされ続けている。

 それを断ち切るように、僕は頭を振って左側のカードを指差した

「こっち!」

「本当にこっちでいいのかな?」

「……うん」

「後悔しない?」

「くどいっ!」

 そんなにこっちをめくらせたくないのか? だったらこっちで正解じゃないか!

 神無月さんは「ふぅ」っと肩を竦めて、右掌を差し出した。

 僕は手を伸ばしてカードに触れた瞬間、ちらっと神無月さんを見たけど、まるで何も変わらなかった。

 ……ふん、平静を装っても無駄だよ! その余裕の笑みが悔しさに塗れる様を、この目に焼き付けるのだ!

 僕はそのままカードをひっくり返した!

「……えっ? 赤……2?」

 予想外のカードに拍子抜けして、僕はカードを掴んで見つめたままだった。

「うん、赤2だよ」

 にっこり笑う神無月さんが人差し指を立てた。

「さーて、芳隆くん?『2』のカードの効果って何だっけ?」

 咄嗟に思い出せなくて、僕はまじまじと手の中のカードの中央に目を凝らす。

「……『このカードがオープンされたプレイヤーが勝利したら、獲得できる得点が2倍になる』……って、ま、まさかっ!?」

 頭の中が真っ白になって、手にしていた赤2がするりと抜け落ち、はらりと落ちたカードを神無月さんが拾う。

「だから言ったのに。『後悔しない?』って」

 その赤2を指で挟んで、ちょっとだけ気の毒そうな苦笑が混じっていた。

 現状の僕と神無月さんの得点差は4点。このピリオドを落としても、獲得VPは3点。だから、このピリオドを落としても僕の勝ち——そんな筋書きだった。だが、ここでまさかの「2」とは! 神無月さんが勝てば獲得VPが2倍、つまり6点になる……ってことは!

 6対8。僕の……負け……?

 がぁぁぁぁん!

「そんな……馬鹿な……」

 余裕ぶっこいてたらこの有様! ぐぬぬぅ……神無月さん、恐るべしっ!

 がっくりとこうべを垂れたところに、ふわっと優しい感触。

「そんなに落ち込まないの。芳隆くんのスキットは黄色のバーレスクだよね? だったら、私のより強いんじゃない?」

 そ、そうだ! 僕のは最強のバーレスクだったんだ!

 頭を撫でる手が離れた。

「——でも、オープンすると分からない。私が1をオープンすれば芳隆くんの勝ち。5をオープンすれば私の勝ち。勝ち負けはフィフティフィフティ。……ねぇ、芳隆くん? どっちを開いて欲しい?」

 組んだ手に顎を乗せて、神無月さんが微笑んでいた。

 カードの配置は僕から見て左が5、右が1だ。左の5を気取られてはいけない。これをめくられた瞬間、僕の負けは決定する。……落ち着け。神無月さんの思惑に乗っちゃ駄目だ。僕が指定した方をすんなりめくると思う? いやいやいや、そんなことない。でも、待てよ? もしかすると——

 考えれば考えただけ分からない。

「ね、どっちが『5』なのか、教えてくれる?」

 今度は不躾なほど単刀直入な質問が飛んできた。

 身を乗り出した神無月さんの双眸がぐんと近くなる。僕のすべてを見透かすようなあの漆黒の瞳に僕が映っている。

「ひ……ひだり」

 ——な、何を口走ったんだ、僕は! 左って言ったら、5じゃないか!

「芳隆くん……正直だね」

 そう言って、神無月さんが開いたカードは黄色の5だった。

 これによって、黄1が黃2に代わり、僕のバーレスクはトラジェディに降格。神無月さんはというと、赤5、赤2のトラジェディ。同じスキットだけど、合計数は同じだけど、色は赤の方が強い。よって、神無月さんの……勝利。

 合計得点も神無月さん8点、僕は……6点。見事なくらいの逆転負けだった。

「私の勝ち!」

 腰に手を当てて、神無月さんは得意気だ。

 くっそー、なしてあそこで正直に5の場所を言ってしまったんだ?

 でも、冷静に考えれば、それは関係ない。僕の言葉には何の拘束力もないから、神無月さんは好きな方をめくれる。……あれ? でも、神無月さんは「正直だね」って言った?

「……ねぇ、神無月さん? もし僕が『右』って言ったら、右側を開いてたの?」

「んーん。それはないかな」首は横に振られた。

「——だって、芳隆くんの左側が『5』だって分かっていたから」

「へっ!?」

 流石に開いた口が塞がらなかった。それって、どーゆーことだ?

「やっぱり、神無月さんって——」

 神無月さんの人差し指が僕の唇を制止する。

超能力者エスパーじゃないわ。……ふーん、芳隆くん自身は気付いてないんだね。芳隆くんはね、大きな数字のカードからセットしてるのよ。同じ数字のときは分からないけど。第1、第3、第4ピリオドで私がオープン戦術を使ったのは、その確認もしたかったから。だから、今回の勝利に繋がったってところだわ」

「——!」

 僕にそんな癖があったの!? 僕は無意識の自分に裏切られたってのか! それ以上に、僕のプレイスタイルにまで気を遣った神無月さんの凄さ。改めて、神無月さん、恐るべし!

 だが、見てろよォ! 次回こそ必ずぎゃふんと言わせてやる!

 拳を握り締め、決意を新たにしていると、とんとん、と肩が叩かれた。

「それじゃ、何してもらおうかなぁ」

 背筋がゾクッとした。

「そんな顔面を引きつらせることないじゃない?」

「そ、そうだけどさ……」

 僕の硬直気味の態度に神無月さんは苦笑する。

「実はもう決めてあるの。……あのね、芳隆くんのアパートに招待して欲しいな」

「……ふぇっ!?」

 僕のすべてが完全に硬直した。

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