いつかの僕たちへ

星野 驟雨

朝焼け

 上京から3年が経った。

 大学の夏休みの合間に帰省していた。


 喧しさの残る夏夜に、青臭い微風が気まぐれに吹いていた。

 時たま訪ねる冷えた夜の一部始終に、二つの蛍火が薄ぼんやりと灯って消える。

 腐れ縁の友人と二人で紫煙を燻らせている。

 名前などとうに忘れてしまった星々を見上げながら、取り留めなく言葉を交わす。

「お前最近どうよ」

「今働いてるところの副店長になったぜ」

「そういやお前美容師か」

 こいつは美容師になるための学校にも行かず、高卒叩き上げで美容師になった。数年足らずでコンクールか何かで金賞をもらい、副店長にもなっていた。

「すげえなあ」

「お前が太ってたことの方が俺にとっちゃインパクト強かったけどな」

「うるせえ。ストレスが違うんだよ」

 群れに入れずに取り残されてしまえば、慣れない土地と吐き出せない欲求の蓄積に、自覚している以上のストレスを抱えることになる。

「まあ、やっぱ地元の友達が一番だよな」

「ああ。間違いねえ」

 こいつとこうしていると、どこか救われたような気分になる。

「そうそう。今度髪切ってくれよ」

「いいよ。スキンヘッドでいいか?」

「お前俺の頭の形知ってて言ってんのか」

「ああ。似合うと思うけどな」

 ダハハと笑いながら俺の髪を触る。その目はプロの目をしていて、確かな自信と技術に裏付けされたものだろう。

 なんだか数年で遠くに行ってしまったような気がしてしまう。

 俺は牛歩だというのに、こいつはいつだって俺の数歩先を行くような人間だった。そいつが俺なんかを気にかけてくれるのは、寂しくも嬉しかった。

「そういやこれからの事って考えてるか?」

「28歳で自分の店もちたいって考えてる」

 その為に色々勉強してんだけどよ、と胸を張って言えるそいつが眩しくて、こっちまで笑顔になる。こいつは何も変わってなんかいないんだ。

 お前みたいなやつだから、いろんな奴がお前のもとに集まるんだろうよ。

「しかし、高校の頃が一番楽しかったなあ」しみじみとお前が呟く。

「ああ」

「戻りてえなあ」

 時間なんて戻らない。なら、返らない日々を思い出して笑いたい。

 間違いなくお前は今が一番輝いているんだから、なんてクサい言葉は飲み込んだ。

「でも、今は楽しいだろ?」

「ああ」

 立ち止まった日々に描く未来図を俺たちは追いかけていくのだろう。

 こいつの背を押すことが俺にもできるなら、叶えた夢に終わらぬ続きを。

「ならそれでいいんじゃねえか。お前がやるなら俺は応援するよ」

「ありがてえけど、まずお前は痩せろ」

「うるせえ」

 二人して笑えるこんな時間が何よりも楽しかった。

 言いたいことは沢山ある。

 でもそんなことを言うよりは、また会おうぜとか、ありがとうとか、ありきたりな事を言いたかった。

「もう行くのか」

「ああ。明日も仕事だ」

「ありがとな」

「ああ。予約はlineでくれればいいからよ」

「おう。じゃあまたな」

「ああ」

 車を見送ってから二本目の煙草に火を灯す。

 これからの事なんてわかりはしないし、お先なんて真っ暗だ。

 それでも胸に去来するのは、清々しさと暫く連絡を取っていない連中の事だった。

 煙草の煙が目に沁みて、空が滲んできらきら光る。

 戻れない日々に見えない未来、進むだけの時間に想いを馳せる。

 夕日が沈んで、帳が下りて、夢を見たなら朝日が昇る。

 真っ赤な目をして朝焼けを見たい。

 夕焼けそっくりな朝焼けの中で、明日は明るいなんて嘯いて。

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