第78話

 あっという間に二ヶ月がたった。

 今日はニノリッチの収穫祭。

 市場には露天が、広場には屋台が立ち並び、道は観光客で溢れかえっていた。

 これほど活気のあるニノリッチを見るのは、はじめてのことだった。


 どうやらアイナちゃんもはじめてだったらしく、朝からきょろきょろとうきうきとわくわくとそわそわと、忙しそうだった。

 太陽は沈んだばかり。時刻は夕方と夜の境目。

 街灯のないニノリッチは夜になると真っ暗になる。

 けれど今夜は違った。


 いたるところでランタンが灯り、夜のニノリッチを優しく照らす。

 こうなると大人も子供関係ない。

 みんな演奏に身を委ね踊り出し、肩を組み声を揃えて歌っていた。

 そんな特別な夜に、俺はというと……


「今夜の商品も残すところあと僅かとなってまいりました。次はこちらになります! ……そうです。彼の英雄をも倒してのけた、最強の名を冠するお酒、スピリタス――またの名を、『英雄殺し』ですっ!!」


 会場からは歓声が上がり、指笛の音が響き渡る。

 あの日、俺はカレンさんに「収穫祭を手伝う」と約束した。

 そして俺が取った手段は――


「ではこちらの『英雄殺し』、銀貨一枚からはじめたいと思います!」

「銀貨三枚!」

「こっちは五枚だ!」

「銀貨一〇枚出すぞ!」

「一三枚っ」

「じゅ、一五枚!!」


 次々に手を上げ、銀貨の枚数をつり上げる観客兼、競売参加者お客 たち。

 そうなのだ。収穫祭も盛り上げるべく、ぶち上げた目玉企画。

 それこそが、いま開催している『お酒の競売オークション』だった。

 町の広場に特設ステージを作り、酒好きの冒険者(お金持ち)や、お忍びでやって来た貴族(お金持ち)、俺の店の噂を聞きつけてやって来た商人(お金持ち)たちを相手に、都内で購入したお酒を競売にかける。


 結論から言ってしまうと、とんでもない売れ行きだった。

 日本あっちで買ってきたお酒はどれもバカみたいな値段で飛ぶように売れ、どんどん銀貨が積み上がっていく。


 冒険者たちの慰労会で使った三〇〇万円を回収するどころか、なんならあと五回ぐらいやってあげようか? と言えちゃうぐらいお酒が売れていた。

 早い話が、俺は大儲けしていたのだ。


「……楽しい時間はすぐに終わってしまうものです。それでは本日最後の商品になります。……君は、あの・・お酒を知っているか? 伝説と呼ばれるお酒を知っているか?」


 俺のマイクパフォーマンスに、会場から「おおっ」とざわめきが起こりはじめる。


「妖精の祝福を受けし者のみが享受できる、幻の蜂蜜酒を知っているかっ? そうです! フェアリーミードの登場です!!」


 ステージにぷしゅーっとスモークが焚かれ、舞台袖からカレンさんがお酒の瓶を抱えるようにして現れた。


「いま伝説がニノリッチに降り立った! 美しい町長が掲げるこれこそがっ、ニノリッチと縁のある妖精より授かりしフェアリーミードでございます!!」

「「「おおおおお~~~~~~っ!!」」」


 カレンさんがフェアリーミードの入った瓶を掲げ持つ。

 瓶のラベルにはダブルピースパティの写真が貼られ、「あたいが真心込めて作りました」と書かれている。


「こちら、瓶のラベルにはフェアリーミードの醸造家であるパティ・ファルルゥさんの姿が描かれております。せっかくなので、ご本人にもステージに来て貰いましょう! みなさん、どうか名醸造家であるパティさんを拍手でお迎えください!」


 拍手が鳴り響き、空から妖精が舞い降りる。

 ステージに現れた妖精は、優雅に一礼してみせた。


「ご紹介しましょう! 名醸造家でニノリッチ観光大使をも務める、パティ・ファルルゥさんです!」

「よ、よろしくなっ」


 万雷の拍手が降り注ぐなか、顔を真っ赤にしたパティが挨拶をする。

 銀色の髪。褐色の肌。光り輝く羽。お腹の紋章・・。そして……エレンさんとの友情の証しの首飾り。

 ありのままの姿で、パティは照れながら挨拶をしていた。


「では最後の競売をはじめさせていただきます!!」

「「「おおおおぉぉぉぉぉぉ~~~~~~っっっ!!」

「伝説の銘酒、フェアリーミードは金貨一枚からのスタートです!!」

「金貨三枚!」

「六枚!」

「九枚!!」

「なら金貨一二枚でどうだ!!」

「一七枚!!」


 途方もない額になっていくフェアリーミード。

 このフェアリーミードの売上げは、すべてニノリッチに寄付されることになっている。

 これはパティが言い出したことで、大切な友人であるエレンさんが作った町をパティなりに想い、考えた末に出した答えだった。


 おカネの文化がないパティはいいとしても、寄付される側の町長――カレンさんはたまったものではない。

 見たこともない金額につり上がり、美人な顔を青くしていた。


「出ました! 金貨三〇枚です! 他にはいらっしゃいませんか? あ、そちら金貨三四枚ですか。えぇっ!? 金貨五〇枚???」


 競売は、盛況のうちに幕を閉じた。 


「いやー、大盛況でしたね」


 お祭りの夜はまだまだ続く。

 肩にパティを乗せ、騒がしい町をカレンさんと並んで歩く。

 気持ちが落ち着いてきたのか、カレンさんの顔色もやっと良くなってきた。


「くふふ。カレンもあんな顔するんだな」

「あ、あんな金額を渡されたのだ。わたしだって冷静でいられなくなるさ」

「あはは、でもニノリッチの財政が思い切り潤ってよかったですね」

「そう、だな。これもすべて君のおかげだよ。シロウ、ありがとう」

「やだなー、俺はただ場を作っただけです。それにフェアリーミードを作ったのは親分ですからね」

「わかっているさ。パティ、君にも礼を言わないとだな」


 カレンさんがパティに感謝を伝える。

 パティは照れながら、


「き、気にするなよっ」


 と言っていた。


「カレンはアイツの――エレンの子供の子供の子供なんだぞっ。だから気にしなくていいんだっ。ぜ、ぜんぜん気にしなくていいんだからなっ」

「親分惜しい。エレンさんの子供の子供の子供の子供がカレンさんだよ」

「う、うるさいなっ! 細かいこと言うのはネスカだけで十分なんだいっ」


 俺に向かって、いーっとするパティ。

 ニノリッチに残ると言ったあの日から、パティはずいぶんと明るくなったな。

 そんなことをしみじみ考えていたら、


「あ! あたいシロウとカレンに言わなきゃいけないことがあったんだ!」

「俺に?」

「わたしに?」


 俺とカレンさんが同時に首を傾げる。


「そうだ。シロウとカレンにだ。いいかお前たち、」


 パティは真剣な顔をして、とんでもないことを口にした。


「子供つくらないのか?」

「「…………」」


 俺とカレンさんは同時にフリーズ。

 数秒の後、なんとか再起動に成功する。


「……は、は、はぁーーーーっ!? ちょ、親分急になに言い出すのさっ」

「あたいは、ほ、本気だぞ!」

「ま、待てパティ。わたしとシロウはだな、そういうかんけ――」

「なんだよっ。子供つくらないのか? ステラが言ってたぞ。只人族は……う、うまれかわり? ってのがあるんだろ。カレンが子供を生めばさ、その子供がエレンの『うまれかわり』かもしれないだろっ?」


 そう言い、パティはえっへんとした。

 本気だ。パティは本気の目をしている。


「っ……。親分、簡単に言うけどさ、只人族はね……その、子供を作る前に超えなくてはいけない儀式がいくつもあってさ、」

「そ、そうだ。シロウの言う通りだ。聞いてくれパティ。こ、子供というのは、愛し合う男女が幾多の苦難の末に辿り着くものであって――」

「うんうん。わかる親分? 簡単に子供って言うけどさ、いろいろと責任とかさ――」


 俺はカレンさんは、必死になって説得を試みる。

 なのに、


「うるさーーーーーーーーーーーい!」


 パティはきーっと絶叫してしまった。


「なにさ、カレンもシロウも子供つくってくれないのかっ? 親分の命令だぞ!」

「とんでもないパワハラ案件きたなこれ」


 さてどうパティに説明するものか。

 とか思っていたら、


「あ、シロウお兄ちゃん!」


 広場の向こうから、アイナちゃんが声をかけてきた。

 最高のタイミング。

 いまの俺にはアイナちゃんが救いの女神に見えた。


「アイナちゃん!」


 この機を逃すかとばかりに、俺はアイナちゃんに駆け寄った。


「シロウお兄ちゃん、きょーばい競売はおわったの?」

「うん。こっちは終わったよ。カメラ屋さんの方はどう?」


 背後の屋台を確認すると、ステラさんが笑顔で手を振っていた。


「いっぱいお客さんきたよ。もうね、ぷりんたーのざいりょうがなくなっちゃったの」

「アイナちゃんたちも大盛況だったみたいだね。お疲れ様でした」

「えへへ」

「ステラさんもお疲れ様です!」

「いいえ。頑張ったのはアイナですから」


 この二ヶ月間、アイナちゃんはカメラの練習に続けていた。

 気づけば俺よりもカメラマンとしての腕が上がっていて、ある日こんなことを言ってきたのだ。


『シロウお兄ちゃん、アイナ、おかーさんとカメラ屋さんやっていい?』


 写真は大切な思い出を切り取り、ずっと残すことが出来る。

 だからアイナちゃんは、カメラを使いみんなにも思い出を残してほしいと願ったのだ。


 俺は最初、カメラを使って商売をしようと考えていた。

 でもアイナちゃんに言われ、考えを改めたのだ。

 写真一枚で、銅貨一枚。

 子供のお小遣いでも買える『思い出』は、収穫祭で大人気だった。

 広場の端っこに屋台を建て、撮影する。

 長い行列ができて、アイナちゃんもステラさんも大忙しだったそうだ。


「シロウさん、少しいいですか?」


 アイナちゃんの頭を撫でている俺に、ステラさんが声をかけてきた。


「なんでしょう」

「ぷりんたーの材料はなくなってしまいましたが、まだカメラは使えます。だから――」


 ステラさんは、アイナちゃん、パティ、カレンさんと順番に視線を移し、再び俺に戻す。


「みなさんでしゃしんをとりませんか?」


 お祭りの夜を、思い出に。

 ステラさんの提案に、みんな飛びついた。


「じゃー、撮りますよーっ!」


 三脚の付いたカメラをみんなに向ける。

 背面モニターに四人が収まっていることを確認。


「あ、カレンさんもうちょい右に――あ、俺から見て右なんで、カレンさん的には左です……あ、そこです。その位置をキープしてください」

「シロウお兄ちゃん、はやくはやくっ」

「早く来いシロウ!」

「シロウ、君は真ん中だぞ」

「シロウさん、ピースですからね」


 あとはタイマーをセットして――


「おや、そこにいるのは士郎じゃないかい?」


 不意に、誰かに名を呼ばれた。

 後ろを振り返る。

 黒いローブに身を包んだきれいな幼顔の女性が、俺のことをじっと見つめていた。


「えっと……どなたでしたっけ?」


 見覚えがないからそう言うと、女性はがっかりしたようにため息をつく。


「なんだい、私がわからないのかい?」

「……すみません。ちょっと思い出せませんね。よければお名前を教えてもらえませんか?」


 返ってきた言葉は、超がつくほど衝撃的なものだった。


「お前のばあちゃんだよ」




―――――――――――――――――――――――――――――――――これにて2章の終了となります。

ここまで読んでいただきありがとうございました!

ちょっとお休みしてから3章に入りますね。



そして新作をはじめました!

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いつでも自宅に帰れる俺は、異世界で行商人をはじめました ~等価交換スキルで異世界通貨を日本円へ~ しもつき @genzi

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