第77話

「そして、僕と出逢ってくれてありがとう。君の友人、エレン・サンカレカより……。手紙に書かれているのは以上だ」


 手紙を読み終えたカレンさんの声が震えている。

 カレンさんだけではない、蒼い閃光の四人も、アイナちゃんもステラさんも、そして俺も目に涙を浮かべていた。


「……どうやらわたしの高祖父は、君にずっと助けれていたようだな」


 パティは泣いていた。

 ずっと、ずっとずっと捜していた『アイツ』からの言葉を聞き、パティは涙を流し続けていた。


「……そうか。アイツはエレンて名だったんだな。……へ、へへへ。あたいの名前も知ってたなんて……や、やるじゃないかエレン……くふぅ」


 パティが俺の肩で崩れ落ちる。


「あたいはさ、アイツが――エレンがたった一人の友だちで、エレンの奴もあたいがたった一人の友だちだったんだ。でも……でも……」


 パティが顔をあげる。

 涙でぐしゃぐしゃになりながらも、嬉しそうに微笑む。


「エレンは、大切な誰かに出逢えたんだなぁ。子供とか……ま、孫とかにさ、いっぱいいっぱい囲まれてさぁ……」

「……うん」

「そ、それで……し、幸せだったんだなぁ。よかったな。よかったなぁ……エレン。ほん……に、よかったなぁ」


 パティは、大切な友だちの幸せを喜んでいた。

 寂しくないはずがない。

 悲しくないはずがない。

 それでも、


「エレン……エレン。よかったなぁ……」


 幸せな人生を贈った友だちを祝福し続けていた。


「親分、」

「……なんだ?」

「俺たち只人族の命は短いかもしれない。でもさ、友情に――想いに時間なんか関係ないよ。エレンさんはずっと親分の胸に、心に残り続けている。いまも、そしてこれからも。そうだろ?」

「あっ、たり……え……だろ」


 しゃくり上げながらもパティが頷く。


「ならさ、親分の思い出の隅っこでいいから、アイナちゃんや俺も残してくれよ」

「っ……。シロウとアイナを?」

「そ。俺とアイナちゃんもね。これを見てよ」

「……?」


 俺はポケットから一枚の写真を取り出す。

 写真には、パティとアイナちゃんと俺が写っていた。

 前に店の二階で撮ったものだ。

 三人とも、思い切り笑顔でダブルピースしていた。


「どう? 誰がどう見ても友だちにしか見えないでしょう」

「……」


 俺はパティの目尻に浮かんだ涙を、指先でそっと拭う。


「俺と親分は、親分と子分の関係だけどさ、アイナちゃんと親分は違う。どっからどー見たって友だちだ。なんならマブダチでもいい」

「……」

「親分はさ、エレンさんしか友だちがいないって言っていたけれど、そんなことはないよ。そりゃ前まではそうだったかもしれない。でもいまは違う。だってさ、」


 俺はこの場にいる全員の顔を見回す。

 アイナちゃん。ステラさん。ライヤーさん。ネスカさん。キルファさん。ロルフさん。そしてカレンさん。


「ここにいるみんな、もう親分の友だちだろ。ね、アイナちゃん」

「そ、そうだよっ。アイナはパティちゃんの友だとだもん! ま、まぶだち? だもんっ!」


 ふんすふんすとアイナちゃん。

 パティが瞳を潤ませる。


「なんて顔してんだよ。あんちゃんの言う通りだぜ妖精さんよ。おれたちゃもうダチだろうが」


 ライヤーさんがそう言い、


「妖精と仲良くなれるにゃんて、ボクたち幸運なんだにゃ!」

「こちらの妖精殿は運命を切り開いてくれるそうですからね。叶うことならば共に歩んでいきたいものです」


 これにキルファさんとロルフさんが続き、


「そうですよ妖精さん。娘を泣かしたらメッ、なんですからね」


 ステラさんが優しく微笑む。

 みんながなにを言いたいのか、パティにはわかっているはずだ。


「…………パティ、あなたの気持ちもわかる」

「な、なにをだっ」


 真剣な顔をしたネスカさんが、すぅと息を吸い込む。


「…………妖精族は長命種。それはつまり、交友のある他種族を見送り続けることになる」

「……」

「…………半分だけとはいえ、わたしにもエルフの血が流れている。只人族に比べれば、ずっと長く生きることになる」


 ライヤーさんが息を飲むのがわかった。


「…………でも、それでもわたしはライヤーを愛することを恐れたりしない。共に過ごせる時間を大切にし、隣りにいる一秒一秒を心に刻む。…………わたしは恐れない。いつかライヤーを傍らで見送ることになっても、ずっと愛し続ける。それがわたしの覚悟」


 ネスカさんはライヤーさんの手を取り、ぎゅっと握った。

 ライヤーさんもぎゅっと握り返していた。


「…………パティ、あなたはどうするの? 時の流れを恐れ、傷つかないですむ世界に閉じこもる? それとも瞬きのような一瞬を大切な人と共に過ごす?」


 パティがエレンさんの残した手紙を一瞥する。

 目を閉じ、再び開けたとき、瞳に力強い光が灯っていた。


「あたいはビビってなんかないぞっ! 里にだって『まだ』戻らない!」


 俺の頭に移動して、えっへんと背を逸らす。

 わざわざ俺の頭に移動したのは、ネスカさんを見下ろすためだと思う。

 俺の親分は負けず嫌いなのだ。


「……いいの親分?」

「じーじ――ぞ、族長には戻るって言ったけどな、『いつ』戻るなんていってないからっ。それに妖精とお前たちでは時間の流れが違うんだ。里にはシロウの墓を作ってから帰ることにするよ」

「俺を殺さないで」

「そ、それに――」


 パティがネスカさんに顔を向ける。


「そこのネスカには、魔力の操り方を教えてもう約束だったからな! あたいがすっごい魔法を使えるようになれば、さ、里の奴らも助かるだろうしな! うん、里に戻るのはもうちょっとあとにするよ!」

「じゃあパティちゃん……ここにいてくれる? まだお家にかえらない?」


 パティがアイナちゃんの肩に移動し、その髪を優しく撫でた。


「ああ。泣き虫なアイナもほっとけないからな。もうちょっとだけいてやるよ。その……し、シロウが死ぬまではな!」

「だから俺を殺さないで」


 アイナちゃんの顔に笑顔が花咲いた。


「パティちゃん!!」

「うわっ、きゅ、急に抱きつくなよなっ」


 その光景を見てほっこりした大人チームは、肩を叩いて笑い合うのだった。

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