手記

大森

第1話

 十二月十二日

 彼女の死体がプールサイドで、死後一日も経たない状態で見つかったのは別に何も不思議なことでは無かった。


 真冬の学校のプールなんて人が出入りするようなことはほとんど無い訳だから、君もきっと「死角になっているような場所に死体があれば、発見も多少遅れるはず」と思うかもしれない。


 この学校のプールは校舎から近すぎて、周りに背の高い木が植えられているから、校舎側のプールサイドは、校舎から見えない作りになっているんだ。なんでも、女子生徒への配慮らしい。


 じゃあ何故、彼女の死体が見つかったのか。答えは簡単だ。校舎とは反対側のプールサイド、つまり校舎から死角になっていない側に、死体は丁寧に横たえられていたからだ。


 発見者は校舎4階で授業を受けていた男子だった。始めは「ラブドールが転がってるぞ!」なんて、男子高校生特有のバカ騒ぎをしていた。

 でも、「ラブドール」やその周囲が赤黒く染まっているのを見て、様子がおかしいと気付いたらしい。

 ようやく女子生徒の1人が、それが何なのかに気付いて、甲高い叫び声をあげた。

 騒ぎを聞きつけた教師たちも駆けつけて、その日の授業は中止、生徒たちは集団下校することになったんだ。

 

 

 まず、死体になっていた彼女のことをもう少し詳しく語ろう。

 彼女の名前は椎名美保、この学校に通っていた高校2年の女の子だ。腰の辺りまであるロングヘアーだけれど、手入れが行き届いているのか、いつも流れるように軽やか。制服を着崩したりすることは無い。人当たりが良くて誰にでも優しい。運動が苦手で多少鈍くさい面はあったけれど、そんなところも愛嬌、と許されてしまうような子。成績はいつも学年上位をキープしていて、教師からの評判も良くて、生徒からの人気も高い、学校のアイドル的存在。

 長々と書いてしまったけれど、要は品行方正でおしとやかな美少女で、怨みを買って殺されるような人では無いってことだ。

 

 でも彼女の死体には首元にひもか何かで絞められた跡があって、さらに、頸動脈と大腿動脈が切られていたんだ。因縁による殺人以外、考えられないよね。

 

 

 そういえば、ここまでこの文章を書いている僕のことを何も書いていなかったから、僕のことを紹介することにしよう。

 名前は……まぁそれはどうでもいいだろう。これを読んでいる君も、きっと僕の名前に興味なんて無いだろうし、本筋に僕の名前は関係ないだろう? それにどうせ、この文章が世に出回ることがあったとしても、僕の名前が世に出ることなんて無いのさ。

 

 さて、話がそれてしまった。椎名美保と同級生だった、地味で冴えない男子生徒が僕だ。

 僕と椎名さんは少し懇意にしていた。冴えない僕と学校のアイドルじゃ接点が無いと思う人もいるかもしれないから、彼女との出会いから順を追って書いていこうと思う。



 僕はその日、図書室で読書をしていたんだ。確か、七月のことだったかな。

 この学校の図書室の蔵書はちょっとした図書館くらいには豊富だったから、大抵どんなジャンルの小説でも完備されているんだよ。蔵書量が多いからか、学校の図書室にしては、かなり多くの人が利用していて、放課後なんて席を取るのも一苦労なくらいだ。


 僕はその日、マゾッホの『毛皮を着たヴィーナス』を読んでいたと思う。そこに彼女、椎名美保が現れたんだ。

 僕の隣の席だけが運良く(彼女にとって運が良かったかは解らないけれど)空いていたものだから、彼女は僕の隣に座って、本棚から持ち出した本を読み始めた。



 隣に美少女がいる、そんな状況で読書に集中出来る程、僕は本の虫という訳でも無かったから、彼女の方をちらちらと、視界の隅に入れていたんだ。下心からでは無くて、純粋な好奇心からだ。


 学校で絶大な人気を誇る美少女が、一体どんな小説を読んでいるのか。それが気にならない男が、いないはずは無いだろう?

 表紙が見えた時、僕は思わず笑ってしまったよ。だって、あの虫も殺せない雰囲気の椎名さんが、マルキ・ド・サドの『恋の罪』を読んでいたんだ。

 隣り合って座る男女が、マゾとサドの語源になった人間の小説をそれぞれ読んでいたんだよ。そんなの、笑ってしまうに決まっている。

 僕は声を抑えていたつもりだったけど、流石に彼女には聞こえていたようで、僕の方を赤面しながら見てきたんだ。彼女も僕の持っている本の表紙を見て、少し驚いた顔をしてからはにかんだ。


 今まで、僕は椎名さんに興味も好意も持ち合わせていなかったけれど、その時初めて、少し胸が高鳴ったよ。

可愛いっていうのは罪なことだね。それだけで人に好意を抱かせてしまえるんだ。


 それからしばらくして、椎名さんは鞄からペンとノートを取り出して「フランス文学がお好きなんですか?」なんて書いて僕に渡してきたんだ。

 だから僕は「フランス文学が好きとかじゃ無くて、マゾッホとかサドみたいな、倒錯したとすら思えるような作品が好きなんだ」と返事を書き渡す。

 彼女は微笑みながら、僕にまたノートを渡してくる。

「サドがお好きな方なんて、この学校で初めてお会いしました。確か、同じ学年でしたよね? これから、放課後予定さえなければ、ここで一緒に読書しませんか?」

 女性に免疫が無かった僕は、顔が真っ赤になってしまった。驚いて彼女の方を見ると、彼女ははにかみながら僕を見ていた。彼女の耳元は、少し赤く染まっていた。


 ちょうど僕の正面には窓があって、カーテンが閉められていないそこからは、痛いほど西日が差し込んでいた。

 

 

 そこから、僕と彼女の奇妙な交流が始まった。普段、廊下ですれ違うことがあったとしても、絶対に声をかけたりはしない。どちらから決めた訳でも無く、自然とそうなっていた。

 人目につくような所で僕と椎名さんが話でもしていたら、良くて僕は格好のいじられる的、最悪いじめの対象になる。そんな愚行を犯したくは無かった。学生のヒエラルキーは、どこまでも純粋で残酷だ。


 だから、僕たちが交流をするのは、決まって放課後の図書室。基本的には筆談だったけれど、たまに誰もいない時なんかは、普通に話すこともあった。


 話の内容は基本的に下らないことばっかりだったよ。「その本は面白いですか」「普段はどんなジャンルの小説を読むの」「この作品は面白いですよ」……他愛の無い、読書好きのプチサロンみたいなものだ。


 なんだかんだで、女の子と放課後を一緒に過ごせるのはとても刺激的で、何より、隣の美少女と親しく話すことが出来ているという優越感があった。





 八月になり、夏休みに入った。

 廊下を歩いていると、校庭から微かに運動部の掛け声が聞こえ、吹奏楽部の演奏が校内を優しく包み込んでいた。

 

 夏休みの期間でも、図書室は毎日解放されていた。連絡を取り合った訳でも無いのに、僕と椎名さんは、毎日図書室で読書や宿題を一緒にこなしていた。

 流石に、夏休みに学校の図書室に来るような酔狂な学生はそう多く無いから、僕たちは周囲の迷惑も気にせず、会話に熱中した。

 

 僕たちは本の趣味だけでなく、音楽だったり、感性だったり、色々なことが合っていた。話せば話すほど、僕と彼女は似た者同士なんだという実感を僕は覚えた。

「それにしても、椎名さんは良いの?」

 その日、僕はふと、疑問に思っていたことを聞いてみようと思った。

「何がですか?」

「いや、せっかくの夏休みなのに、毎日図書室に来てるけど。友達と遊んだり、デートしたり、旅行に行ったりとかさ」

「それを言ったら、あなただってそうじゃないですか」

ふふ、と口元を隠しながら彼女は笑った。

「僕の友人はみんな家でゲームしてるのが好きな奴らばっかりだし、デートに行くような相手なんか、見ての通りいないからね」

「私も、デートをするような相手なんていないですから。凛ちゃんは他のお友達とのお付き合いとか、デートで忙しいみたいですし」

 それに相手がいないようには見えないですけれど。と彼女は付け足すのを忘れなかった。

 

 凛ちゃんというのは、本間凛という、椎名さんの友人だ。さばさばした性格を解らせるような、綺麗に整えられたショートカットで、切れ長の目をした気の強い女子。どちらかと言えば、可愛いというよりは美人という言葉が似合う。おしとやかな椎名さんとは正反対のような雰囲気を持っていると僕は思っていたのだが、椎名さん曰く一番仲が良い親友らしい。

「へえ。僕、椎名さんは彼氏とかいるものだと思ってた」

「なんですか、それ。サドが愛読書な女子を好きになる男性なんて、いると思いますか?」

 彼女は読んでいた本を閉じて、僕に微笑みかける。

「少なくとも僕は、そういう女の子の方が知的で素敵だと思うけどなあ」

言っていて気恥ずかしくなった僕は、うんと大きく伸びをする。

「あ、ありがとうございます……」

 彼女の顔は、燃えるように赤く染まっていた。その赤く染まった横顔は、この世界に在るどんなものよりも美しいと思った。



 九月

 新学期が始まってからも、僕と椎名さんの図書室での付き合いは続いていた。ただ、今までと違う点が一つだけあった。

 椎名さんの友人、本間さんがたまにこのサロンに参加するようになったのだ。

 本間さんはそのさばさばとした性格から、交友関係が広いので、少なくとも僕とは真逆な人種だと思って敬遠していた。だが、椎名さんの友人らしく読書が趣味で、案外すぐに、僕たち三人は読書という共通の趣味を持つ友人になった。


 本間さんは読書家ではあったけれど、僕とは全く別ジャンルの作品を深く読み込んでいたので、椎名さんと話すのとは、別の楽しみがあった。

 椎名さんは共通の趣味を話せる人だが、本間さんは互いに趣味を紹介し合えるような仲になった。



 本間さんが図書室に来る頻度は、週に2回程だった。来ない日は、下校時刻になると急いで教室から飛び出していくので、不思議に思った僕はその日、椎名さんに理由を聞いてみた。

「凛ちゃんは彼氏がいますから。彼氏が部活動の日以外は、デートする時間を作りたいとの理由で、早く帰るようにしているんだそうです」

 なるほど、と僕はうなずく。何事にも動じなさそうな彼女だったが、年相応の恋する女の子らしい一面を知り、親近感を覚えた。


 椎名さんは、小声で、私もそういうことが出来るような彼氏が欲しいです。と呟いた。少し肩が震えていた。俯いていて顔は見えなかったけれど、多分その時の彼女は、きっと顔を真っ赤にしていながら、まるでぶたれるのを待つように、目を瞑っていたに違いない。何故か、僕は傲慢にも、そんな確信を持ったんだ。



 十月

 夏休みから九月を経て、僕と椎名さんの仲は進展していたように思う。自惚れかもしれないけれど、少なくとも僕はそう思っていた。

 

 前よりも、何というか、精神的に距離が近づいていた気がしたんだ。多分ね。この時辺りから、僕は椎名さんのことを本気で好きになっていた。

 手の届くはずの無い高嶺の花だった彼女が、僕の隣にいてくれる。共通の趣味で楽しく話すことが出来る。

 僕は、僕が愛している人は、僕のことをもちろん愛してくれるなんていう自惚れを、この時は本気で信じていたんだ。

 

 申し訳ないけれど、十月のことは特に書き残しておくようなことが無い。

 そうだな、本間さんが来ない日はさっきも書いた通り多かった訳だけど、椎名さんも来なくなる日が増えたくらいかな。




 十一月に入ると、椎名さんは図書室に来ることの方が稀になった。ホームルームが終わると、そそくさと帰ってしまう日が増えたんだ。まるで本間さんみたいにね。

 図書室では仲良くしているとしても、依然僕と彼女の間には、スクールカーストという名の高すぎる壁があったから、クラスで話すのは気が引けた。

 僕のような教室の隅が定位置の人間が椎名さんのような人気者に声をかけたら、彼女に迷惑がかかると思ったのだ。

 

 今になって思えば、クラスメイトに話しかけることくらいのことで、何を僕はそんなに怯えていたのだろう。その怯えこそが、僕の立ち位置を決定していたんだと気付けなかった。僕は余裕が無かったんだ。

 

 だって、椎名さんが図書室に来なくなった理由なんて、この頃にはもう解っていたからね。



 十一月十五日

 椎名さんが図書室に顔を出した。彼女の顔を見て、僕は自然と口元が弛んだ。

 久しぶりに近くで見る彼女の顔は晴れ渡った空のように爽やかだった。


「久しぶりだね」

 僕はノートにそう書いて、隣に座った椎名さんに渡す。

「最近は来ていませんでしたからね、ごめんなさい」

「いや、謝る必要は無いけれど……なんか忙しかったの?」

「ええ、少し色々と……」

「そうなんだ。本間さんみたいに、彼氏とデートで忙しかったのかと思ってた」

 彼女の顔は一気に赤らんだ。僕がどんな顔をしていたのかは解らない。でも、彼女の反応を見る限り、ポーカーフェイスで対応出来ていたんだと思う。

「あ、はい、まあ、その」

 顔を背けて、恥ずかしそうに呟く。

「昔からの幼馴染で、違う高校に通っているんですけど……十月久しぶりにお会いして、話していたら、告白されて。元々趣味は合う人だったので」

 僕の頭は真っ白になっていた。好意を持たれていた、というのは、僕の勘違いという訳では無かったと思う。

 あの時、告白していれば結果は変わっていたのか? いや、そもそも彼女は本当に僕に好意を持っていたのか?

 様々な考えが頭を巡って、絡み合った糸はいつの間にかほどけなくなっていた。その日、僕は体調が悪いからと言って席を立った。

 心配そうに僕を見てくれる、彼女の視線が、僕にとって何よりも残酷な毒だった。

 

 

 十一月十六日

 僕が図書室に着いた時には既に、椎名さんはいつもの席に座っていた。隣の席に荷物を置いて、僕のために場所を空けてくれていた。

 その優しさが辛かった。

 僕が近づくと、気が付いた彼女は笑顔で荷物をどかしてくれた。その優しさが罪だとすら思えた。

 僕は無言で小説を読み始めた。紙をめくる音だけが、僕と彼女の周りを支配していた。



 十一月二十一日

 昼休み、僕は珍しく屋上にいた。本間さんが腕組みをしながら、僕を睨みつけていた。

「私に呼ばれた理由、解ってる?」

 イラつきを隠そうともしないで、彼女は僕に突っかかってくる。

「さあ、覚えが無いな」

「美帆とのことだよ。君、最近美帆に対して冷たいんじゃないの?」

「そんなことはないし、それは本間さんがとやかく言うことじゃあ無いだろう? それに僕が冷たくても、椎名さんには彼氏がいるんだから、彼に慰めて貰えば良いじゃないか」

「君は美帆の数少ない共通の趣味を持った友達だったんだ。君が美帆に好意を持っていたのは何となく解っているし、それを咎めもしないけれど、彼氏が出来たからってそんな風に態度を変えるのは最低じゃない?」

 彼女は足をせわしなく動かしていた。イラついているのを隠そうともしていなかった。

「そうかもしれないね。でも、やっぱりそれって本間さんには関係の無いことだよね。僕と椎名さん二人の問題のはずだ」

 僕は顔を歪めながら彼女に吐き捨てる。僕が怒られるいわれは無いはずだ。

「君、本当にわからず屋で自分本位なんだね。幻滅したよ」

 彼女は踵を返して、屋上の扉へと向かう。

「そんな考えだったら、金輪際、美帆には近づかないで」

 僕のことを睨みつけながら、彼女は屋上を去っていった。扉が閉まると、錆びた鉄が立てる嫌な音だけが僕の頭の中で反芻していた。

 



 十二月十一日

 その日の放課後、僕は少しの勇気とともに図書室に向かった。椎名さんは、その日もやはり僕の席を確保して待ってくれていた。

 僕は隣に座り、ノートを取り出した。

「話したいことがあるので、下校時刻が過ぎたら、校舎裏に来てくれますか」

 これで察しが付かない人間はいないだろう。彼女は少し困ったようにはにかんでから「はい」とだけ返事をしてくれた。

 

 これで彼女は僕の元に来てくれる。後は、僕の準備だけだった。

 

 

 僕は一足先に図書室を出て、校舎裏にある、プール用具を仕舞ってある倉庫の裏手に隠れた。こんなところに来る教師は少ないだろうけど、見つかってしまったら面倒くさいからね。


 十八時。下校時刻を知らすチャイムが鳴った。

 冬は日が沈むのが早い。辺りは暗闇と静寂が支配していた。

 校舎裏はプールくらいしか無いし、校門とは正反対だから、教師でもこの時間に来ることは中々無いということを僕は知っていた。だからこそ、校舎裏は絶好の告白スポットになっていた訳で、僕もそこを選んだんだけれど。

 

 彼女は二十分くらいにやって来た。生徒がいないか見回る巡回の教師は、十分ほど前に既にここの見回りを終わらせていた。僕は巡回の教師が去ったところで、隠れるのを止め、校舎にもたれ掛かる。

 次の巡回は最低でも二十時までは来ないだろというのは、事前の調べで解っていた。

 

 「すみません、お待たせしました」

 椎名さんは申し訳なさそうに、僕を見てくる。既に、何を僕が言うかは解っている様子だった。

 「いや、こちらこそ、寒いのに呼び出してごめんね。手早く終わらせよう」

 「ずっと前から、椎名さんのことが好きだったんだ。彼氏がいるのは解っているし、答えもいらない。ただ、言っておきたかっただけなんだ」

 椎名さんは何も言わず、気まずそうに下を向いていた。僕は一歩だけ、彼女に近づいた。目視で二歩分ほどの、手を伸ばせば触れられる距離。多分、この世で一番遠い二歩。今の僕にはこれで充分だった。

 「ごめんなさい、その、私……」

 「うん、もう、良いんだ」

 彼女は僕の言葉を聞いて、「すみません……」と呟きながら、おずおずと振り向き、校門へと向かい始める。僕は彼女の後姿を見て、ポケットに忍ばせていたビニールひもを取り出し、彼女の首に手早く括りつけた。

「がっ……なっ」

 彼女は顔を真っ赤にしながらもがく。もちろん、気道を潰しているから大声が出る訳なんて無い。

 それでも僕は気を抜かず、力いっぱいひもを引く。やがて、抵抗が無くなり、彼女の体は重力に逆らわず崩れ落ちた。

 まだ死んではいない。絞殺死体は、顔が鬱血してしまう。彼女の美しい顔が、醜くなってしまうことだけは耐えられなかったんだ。


 僕は、意識を失った彼女をプールサイドに運んだ。意識を失った人体というのは本当に重たいんだ。体を鍛えておけば良かったと後悔した。

 あえて校舎から見える位置に彼女を置いて、カッターで彼女の頸動脈と大腿動脈の辺りを丁寧に切る。まだ温かい鮮血が辺りに飛び散った。

 徐々に赤く染まっていく彼女を、僕は綺麗だと思った。少なくとも、死を迎える瞬間の彼女の顔を見られるのは僕だけだ。そう思うと、興奮が収まらなかった。

 彼女が完全に死んだのを確認して、僕は彼女の眼を閉じさせて、血で真っ赤になってしまった制服を、出来る限り綺麗に整えなおす。彼女には、いつだって美しく僕の理想でいて欲しかったんだ。




 凶器として使ったカッターは自室の引き出しに保管してある。ひもは、どこにでも売っているようなものだから、コンビニ店頭のゴミ箱に捨ててきてしまった。


 さて、その翌日の朝の様子が、僕が最初に書いた、彼女の死体が見つかる場面さ。

 みんなが悲鳴をあげる中、本間さんだけは泣きながら僕のことを睨んでいた。もしかしたら、解っていたのかもしれないし、今こうしている間にも、警察に届け出ているかもしれないね。


 さて、長くなってしまったけれど、僕のこの文章もそろそろおしまいだ。

 僕は今、自室でこの文章を書いているんだけれど、僕の目の前には今、ひもの掛けられたドアノブがあるんだ。

 少なくとも、この文章を見るような方々は知っていると思うけれど、足が地面についていても、人間って首つり自殺は出来るんだ。それで死んだロックスターを、あなた方も覚えているだろう?


 一つ言っておきたいのは、僕は捕まりたく無いからって死ぬんじゃないってことさ。

 僕はね、笑われるかもしれないけれど、輪廻転生ってやつを信じているんだ。椎名さんと僕とが結ばれる世界に辿り着くまで、何度でもやり直してみせるさ。

 じゃあ、これを読んでくれたみんな、ありがとう。縁があれば、次の世界でまた会おう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

手記 大森 @ixtab

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ