エピローグ

 ふわりと地上に降り立つと、今しがた何かが墜落ついらくしたであろうクレーター状の穴からもこもこと土煙つちけむりが上がっていた。

 その周囲にはボクがよく知る顔ぶれが集まっている。


「マコ、よかった……! ねぇ、なんともない? 怪我は?」


「大丈夫だよ。ただいま、ミナミ」


「……おかえりなさい、マコ──」


 ミナミがこちらへ駆け寄ろうとした瞬間。

 背後の墜落ついらくあとからあたたかい火柱ひばしらがあがり、土煙を吹き飛ばした。


「マコォーーッ! 何故だッ! 俺の聞き間違いだな? そうなんだなァッ!?」


 ふふ、バル様はとても元気そうだ。

 よかった。……そうこなくっちゃ。



「陛下っ! お、お──お目覚めになったんですね……っ」


「バルさま、ほんとだっ! ほんとに生きてるぅー!」


 ロゼッタとコニーが駆け寄ると、彼は照れくさそうに二人を抱きとめた。


「オ、オマエら……!」


 まるで再会した家族みたいに抱き合っている。

 ボクも三人のもとへ行こうかな──と踏み出す前に、ミナミが後ろからさりげなく小指をにぎってきた。


 ……わかったよ、また今度にするから。



「アハハ、めでたしめでたしってわけだねェ。ったく、ヒヤヒヤさせんなよな」


 のしっと、ボクの反対側の肩に体重がかかった。

 見上げると白肌の骨ばったひじが乗っかっている。


「リリニアさん、ありがとうございました……! あなたの助言がなかったら、どうなっていたか」


「勘違いすんな、アタシはなンもしちゃいねえ。この結果に辿りついたのはお前自身の力さ。こんなオマケまでやっちまうとは恐れいったがねェ」


 リリニアさんは半分呆れたような顔で、かつて天にそびえていた瓦礫がれきの山を眺めた。



「……全くその通りだ。よもや、巫女みこがもたらしたのが祝福ではなく破壊だったとはね」

 そう話しかけてきたのは、気の抜けた顔の皇子おうじだ。

 背後には、くしゃくしゃのとんがり帽子を斜めにかぶり、憔悴しょうすいしきった様子の老魔術師を連れている。


「ええと……すみませんでした、ノージェさん」


「おや、マコくん。あんなことをしておきながら、いまさら罪悪感があるのかい」


「いえ、先ほどは首元に噛み付いてしまったので。痛みますか?」


「はあ? ああ──キミが謝ったのはそっちのことか! ……くく、ははは!」


 笑うノージェさんに対し、ヘイムダールさんが抗議の声をあげた。

殿下でんか、笑い事ではございませぬぞ! あれが三角大陸トライネントにとってどれだけ重要だったか!」


「ハッ。あの祭壇さいだんがかい? そう、たしかに重要。しかしだ、考えてみれば……我々が生きていく上で本当に必要不可欠なものだったか? ──答えは、いなだ」


「何をおっしゃる! 王国民にとっての希望の象徴を、魔人が破壊したとあらば……!」


「希望の象徴か。ははは、そんなものはただの概念がいねんにすぎない。つまりは……そうだ。あれじゃなくても構わなかったんだ」


「で、殿下でんか……? わしにはおっしゃる意味が理解できませぬ」


「つまり、気付いたのさ! 私にとっての”天弓てんきゅう”はマコくん、キミだったんだと!」


 ノージェさんは興奮を隠せない様子でボクの手を取った。


「……あの、ボクにも意味がわからないんですが?」


異界いかいの言葉で天弓てんきゅうとは、"にじ"という意味だそうだ。大空を舞い虹を背負うキミの姿は、まさに伝説の”天弓てんきゅう巫女みこ”そのものだったよ!」


「は、はあ」

 

 少年のようにはしゃぎながら小躍りする皇子おうじの姿は心底楽しそうで、それはそれでさまになっている。


「そうとも。王国の民たちは、まだ祭壇さいだんが崩れた理由を知らずに困惑しているだろう。……ああ、わくわくするな。どんな神話を語り継いでいこうか!」


 そこへ水を差したのは元護衛騎士のジュリアスだ。


「やはりこの国の皇子おうじは狂っているらしいな、まだりていないと見える。歴史書を意のままに書き換えるつもりか?」


 そういえば、彼も星乗りの韋駄天スターライダー号に同乗していたらしい。

 ヘイムダールさんが逆賊だとばかりに刺すような視線を送っている。


 それを腕で制し、ノージェさんはにこやかに歩み寄った。


「……ジュリアス、人は誰でも大なり小なり狂気を持っているものだよ。開拓者かいたくしゃなくして文明ぶんめい発展はってんこりない。ようは使なのさ」


おれ間者かんじゃうたがいつつも泳がせたのは、それが理由か?」


「君にどのような事情があったにせよ、その腕前は買っていたよ。できるならこれからも私の補佐ほさを頼みたいくらいさ」


正気しょうき沙汰さたではないな。これは引き続き監視の必要がありそうだ」


「はっはっは、歓迎するよ。……さて、我々は帰ろうかな。これから忙しくなるなあ。来るときは宝杖ほうじょうがあんなに重く感じたが、まさか手ぶらで帰ることになるとはね」


 皇子おうじはこちらへウィンクを飛ばした。

 ……すっかり忘れていた。誰のものでもない祭壇はともかく、宝杖ほうじょうに関しては借り物なんだった。


「あ、あれって……国宝だったんでしたっけ。それは本当にごめんなさい」


「いいさ、代わりの土産みやげばなしがたくさんあるからね。……また来てくれたまえよ、マコくん。キミたちが帽子や魔法に頼らなくても居心地が良くなるよう、国を変えてみせるから」


 ノージェさんは颯爽さっそうと風を切って北へ歩き出した。

 ジュリアスも続いて背中を追う。


 ……その場に残ったのは、意外にもヘイムダールさんだった。


「魔人の娘よ、わしさき短いが、今日のことは残りの生涯忘れられそうにない」


「お、おじいちゃん……」

 ボクがそう呼ぶと、彼はそわそわと帽子のつばを引っ張りおろした。


「ぐ、ぐぬ……。だが、おぬしそらけたにじは……見事みごとであった。単に魔力にひいでただけの単細胞たんさいぼうにはできぬ芸当だ。一人の魔術師として、尊敬そんけいあたいする。……ではな」


 そう言い残してヘイムダールさんは今度こそ、とぼとぼと皇子おうじの後を追っていった。

 丸まった背中がやけに小さく見えたのは、彼がかかえるかなしみの片鱗へんりんをボクが知っているからかもしれない。



「──そうね、私も誤解していたわ。ごめんなさいマコちゃん、あなたがそこまで陛下へいかのことを想っていただなんて」


 振り返ると、ロゼッタさんがすぐそばへ来ていた。

 複雑な表情で身をよじるバル様も一緒に。


「いえ、ロゼッタさん。いやぁ、そのですね……。ええ、まあ──バル様のためなら何でもできると思えたのはたしかです」


「あらまあ~。ふふふ、赤くなってるわよ?」


「マコォ~! だったらなんでさっきは──な、何故なのだ……!」


 バル様がひざをついて、目線を合わせてくる。

 その懇願こんがんする姿に、ボクは──ああ、いけない。彼の胸に飛び込みたくなるのを、ぐっとこらえる。


「だってバル様ったら……。ぜんぜん、乙女おとめごころがわかってないんですもん」


「おっ、おっ、乙女心だとォ……!?」


「知らなかったんですか、バル様? 女の子にプロポーズする時は、指輪を用意してこなきゃいけないんですよ」


「何ィ~ッ!! それはそうだが……ッ! な、なら──指輪を持って来ればいいんだなァ!?」


「ですけど、ただの指輪じゃいやなんです」


「ど、どんな指輪が望みなんだ! 教えてくれ!」


「……ふふっ。ボク、バル様をいつでも感じていたくて。ですから、バル様の首輪だった石を使って、トクベツなのを作って……欲しいです」


 ボクは渾身こんしん上目遣うわめづかいを披露ひろうした。

 彼の心を、からるために。


 さいわいそのこころみはうまくいったようで、彼の頭髪とうはつあぶらそそがれたのように燃え上がった。


「う、うおおーッ! 任せろマコォ、この俺がッ! オマエに最ッ高の指輪をくれてや──待て、待て! どこだッ!? 俺の首輪──おいロゼッタァ!!」


「さあ……あの時は私、無我夢中むがむちゅうでしたので。場所は宵星よいぼし前の路地だったと思いますが」


「よ、よしきたァ! 拾ってくるぞ、いますぐに! あァクソ、船じゃ遅いッ……俺は走るぞォッ!」


「えっ? お待ちください陛下……陛下ぁ~っ!?」


 ──ドドォン!! ズダダダ……! ……。


 燃え盛る蒸気機関車じょうききかんしゃのように煙の軌跡きせきを残し、バル様はあっという間に北の地平線を超えていった……。



「ア、アハハ……み、見たかい今の、アイツの顔っ! アハ、イヒヒ……傑作けっさくだねェ!」


「もうっ、リリニアさん~! 他人事だと思って~……」


「でもバルさま、うれしそうだったねー」


 彼を見送るリリニアさん、ロゼッタさん、コニーの三人の顔は一様に晴れやかだった。

 尾を引く煙が消えていった青い空には、いまも虹が架かっている。

 


 唯一ゆいいつミナミだけが、浮かない顔をボクへ向けた。


「……ねえ、マコ。あいつの首輪ってわたしが──」


「わるいと思ってるよ、ミナミ。けど、謝らないから」


「えっ?」


「キミにはボクの”博愛はくあい”を押し付ける形になっちゃったからさ」


「……ああ、そういうこと。言ったでしょ。あなたの愛ならどんな形だって嬉しいって」


「そう言ってくれると思った」



 結局……二人に甘えることになっちゃったな。


 だけど、わかったから。

 愛にはいろんな形があるって。



「……でも、よかったの? あいつに、その……プロポーズされたんでしょ? 改めて、さ」


「……ボクの新しい人生は、まだ始まったばっかりだもの。しばらくは自由奔放じゆうほんぽうに生きてみたいんだ。せっかくだから、楽しまなくっちゃ」


 ──それに、待っていたいから。

 バル様。あなたが”忘れた”って言うその日まで……。


 ボクは、いつまででも待ってます。



「"まだ"って……なんだよそれえ! この袋、海に捨てていい?」


 ミナミは鞄からカチャカチャと音のする小袋を取り出した。

 中にはあの時・・・拾い集めた"くろ破片はへん"が入っている。


「ええっ! それは困るよ!」


「あーもう、決めた! わたし、コレを誰にも渡してやんないから! マコにもね!」


「ふ、ふうん。じゃあ、ミナミを誘惑ゆうわくしてうばっちゃおうかな?」


「へっ!? や──やれるもんならやってみなよ、受けて立つから!」


「ふふっ。冗談だよ」


「……ちょっと期待したのに」


「あはは」


 彼女もフッと笑って、高く日が昇った青空を見上げた。


 ……大陸を横断おうだんする巨大な"にじ"はまだくっきりと残って、消える気配がない。


 昨日までと違って空気がみわたり、魔素マナたちはより活性化している。

 あんなに大規模な魔法を使ったのに、減るどころかむしろ増えている。


 ああ、不思議だな。すべては循環じゅんかんしていくんだ。


 このままあの虹が消えなかったら、三角大陸トライネントの新しいシンボルになるかなあ。



「マコちゃーん、ミナミちゃーん! 帰るわよ~!?」


 ロゼッタさんが、ボクたちへ手を振った。


 西のほうへ青い流れ星が飛び去っていくのが見える。

 リリニアさんは水晶のソリに乗って、さっさと帰ってしまったみたいだ。



「……行こっか、ミナミ。魔王城まおうじょうを紹介するよ。……ああ、そのうちに”魔王城”なんて名前じゃなくなるかもしれないけど」


「あーあ。魔王がいなくなったら、勇者なんか必要ないじゃん」


「そんなことない。キミはいつまでもボクの勇者だよ、ミナミ」


「へっ?」


 ボクは、ぐっと彼女に顔を近づけた。

 あたたかい吐息がかかるくらいに──。


「……だって、ボクの”かべ”を壊してくれたのはキミだったんだ。だから、ありがと」


 耳元で愛情たっぷりにそうささやくと、ミナミは悩ましげなうめき声をあげた。


「──うう~!」


「な、なに?」


「あなたって、魔性ましょうだよ! ほんとは人間よりも夢魔サキュバスのが向いてたんじゃないの?」


「えっ? ふふ、どうかなあ」




 ……ボクも、そう思うよ。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ボク、サキュバスに転生しちゃいました…! 三ヵ路ユーリ @yuri_kgm

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ