本山らのと軽野鈴はオフラコボに向けてお酒を買いに出かけたようです。


 成人式が大嫌いだ。

 酒屋を営む身としては罰当たりな考えだが、こればかりはどうしようもない。

 売上は伸びるのだが、それ以上にトラブルが多いのが成人式だ。まだ二十歳になっていないのに成人式だから酒が飲めると思っている馬鹿や、スーツを着ていればバレないだろうと思って酒を買いにくる高校生。年齢確認水際でそんな輩を阻止したとしても、ひとたび酔漢が暴れたり新成人が急性アルコール中毒で倒れたりすれば世間様からの風当たりが強くなる。


 その所為か、成人式はいつも以上にピリピリして顔をしかめてしまうので、一見さんの新成人が入ってきたら俺の顔を見てすぐ逃げ出してしまう。だから更に落ち込んで顔が怖くなる。ひどい負のループだ。だから、この日は店番しながら本でも読むくらいしかやることがない。

 毎年この日ばかりは自分がなぜこの商売をしているのか悩んでしまう。そうウダウダ考えていると、この店には珍しい二人組の女性がやってきた。



「らっしゃい」

「わぁ、お酒がいっぱい!」

「近所にこんなお店があったんだ。よく見つけましたね」

「えへへ、ちょっとアンテナが反応しまして」



 晴れ着の少女と私服の女性。

 晴れ着の方はいかにも成人式帰りといった雰囲気で、赤い着物にもこもこのショール、花のように咲いた後ろ髪が髪飾りによく似合う。小物もバッグではなく巾着で、縁の太い丸メガネと合わさって令和というより大正から抜け出したきたかのような様子だが、なぜか獣耳が付いたヘアバンドをしていた。

 私服の女性は小柄だが化粧も服装も隙がなく、酒屋に対する物珍しさや臆する様子も見えないので見た目よりも年上だろう。

 妹の成人式を祝う姉か先輩、そういう組み合わせに見えた。



「多すぎて、というよりそもそもどれがいいのか全然わかりませんね。おすすめってあります?」

「うーん、私もそんなに詳しくはないですからね」

「あ、これ『魔王』って名前ですよ。ラノベっぽい!」

「いいですね! でもこれって日本酒じゃなくて焼酎ですけど大丈夫ですか?」

「日本酒……、焼酎……、ど、どういった違いが」

「違いっ!? え、えーっと……店長さんちょっとよろしいですか!?」



 こういう時、店員を頼ってくれるとは嬉しいことだ。

 最近はスマホを取り出してすぐネットで調べることができるから、レジで会計する時しか店員と会話しない客も増えた。だが、個人商店をやっている身としては、目の前に専門家がいるんだからわからないことがあれば聞いて欲しいと思うのだ。


 簡単に日本酒と焼酎の違いを説明すると「なるほどー、エルフが好きそうなのが日本酒で、ドワーフが好きそうなのが焼酎なんですね」とよく分からないことを言っていたが、とりあえず理解はしてくれたようだ。



「うーん、でもこれだけ種類があると悩みますね。日本酒、焼酎、ワインにビール、ウイスキー」

「コンビニだと酎ハイとかサワーとかカクテルも多いし悩みますね。全部一種類ずつ買っちゃいます?」

「あー、お節介かもしれんが、最初はあまりちゃんぽんして飲まない方がいい」

「え、そうなんですか? 色々買ってちょっとづつ飲み比べしようかなと思ってたんですが」

「あんたは成人……してるよな?」

「してますよ!?」

「成人してるから経験あると思うが、そっちのお嬢ちゃんはまだ自分の限界や酒の適量を知らないだろ。最初に飲んだ酒で悪酔いや二日酔いされたらかわいそうだ」

「た、確かに!」



 俺も昔は酷い酔い方をしたもんだ。親父が古いタイプの頑固親父だったから「酒は潰れるまで飲め」だとか「吐いた分だけ酒に強くなる」だとかめちゃくちゃなことを言われた。それでも明るく酒を飲む人だったから飲兵衛仲間は多かったようだが。

 詳しく説明するとなるといくらでも専門的なことを言えるが、この二人の記憶に残ってくれないと意味がない。なるべく簡単に説明しなければ。



「ざっくり言うと、ゆっくり眠れる時はお酒2杯、そうじゃない時はお酒1杯。それが二日酔いしない適量ラインだ」

「え、そんなに少ないんですか?」

「飲み会とかってもっと飲んでるイメージがありましたけど」

「人にもよるしお酒の種類にもよるから一概には言えないが、乱暴にまとめるとそんなもんだ。あー、お嬢ちゃんのいう飲み会っていうと大学生の打ち上げとかかな」

「はい、そうですね。あとは社会人になった先輩とか」

「おそらくそういう場で飲んでるのはビールだろう。ビールだけは他のお酒に比べてアルコール量が少なめだから、さっきの例で言うと倍にしてもいい。ゆっくり眠れる時は4杯、そうじゃない時は2杯」



 本当は「アルコール量20グラムに対して3~4時間で分解される」という説明がシンプルで分かりやすいんだが、姪やバイトの学生からは「それでも分かりにくい」と言われたので、若い連中にはこれくらいざっくりした説明のほうがいいんだろう。

 慣れればなんてことないんだが、飲む量と度数からアルコール量を計算して20グラム=3~4時間換算で翌日の起きる時間を考えて、と計算しながら飲むのは若者には楽しくないらしい。まぁ、その辺りは仕事や付き合いでお酒を飲まざるを得なくなった時に身につければいい、と最近は考えるようになった。

 どれだけ知識があっても、どれだけ対策をしていても、お酒の失敗というものはしてしまうものだ。どうせ失敗するなら若いうちに経験していた方がいい。



「今日はありがとうございました。おすすめまで見繕ってもらって」

「保管の仕方も教えてもらったし、来週の誕生日までしっかり守っておくからね!」



 色々説明しながらおすすめを見繕い、最終的に日本酒と焼酎を一本ずつお買い上げ頂いた。

 どうやら晴れ着の少女はまだ誕生日を迎えていなかったようなので、二十歳になるまで飲まないようにとしっかりと念を押したうえで、成人している小柄な女性にお酒を売った。

 未成年の連れがいるなら信用できない輩相手には絶対に売らないが、この二人ならちゃんと約束を守ってくれるだろう。

 しかしわざわざ買いに来てくれたのに、その日に飲めない商品だけ持たせて帰らせるのはかわいそうだ。



「最後に、お酒を飲む時は飲んだ量以上のお水を飲むこと。それで悪酔いは大体防げる」

『はーい』

「よし。それじゃあ最後まで説明を聞いてくれたご褒美だ」

「おぉ、まさかのクエスト達成。店長さん、これは?」

「ノンアルコールのビールだ。これならそっちもお嬢ちゃんも今日飲めるぞ。……まぁ、本当はあんまり推奨されてないんだが、法律上は問題ないし来週二十歳ってんなら大丈夫だろう」

「店長さん! ありがとうございます」

「分かってるとは思うが、お酒は飲んでも?」

『飲まれるな!』

「それでは、またのご来店を」



 店から出ていく二人を見送りながら、久しぶりに心地よい気分になった。

 成人式は大嫌いだ。

 大嫌いだが、少しだけ好きになることができたかもしれない。


 他の客も来ないので読みかけの本を開く。すると、ちょうどバーテンダーの格好をしたキャラクターの挿絵が描かれたページだった。名前に対して暴力的過ぎるそのキャラクターは、バーテンダーの格好をしているのに仕事はバーテンダーではなかったな、と思い出しながら、バイトの学生が紹介してくれた本の続きを読み始めた

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