語りたい年下先輩と騙りたい年上後輩。(本山らの・軽野鈴)


べるちゃん! もうこの本読みました!?」

「え、どれですか?」

「『賢者マスター・シコリスギ・ベーションの大いなる欲求』です! これはなかなかの怪作ですよ!」


 ふんふんと興奮した様子で耳をピコピコ動かしているのは狐耳の少女だった。丸眼鏡に肩開きの黒い巫女服、頭に生えている耳以外人間には見えないが、このご時世ではもはや珍しくもない。彼女が興奮して腕を振るたび、袖を留める飾り縄の鈴がチリンと音を立ててた。

 

 対して、もう片方はどこから見ても普通の女性。セミロングの髪をマフラーで巻き込み、ぬくぬくと暖を取りながら革製のブックカバーがかかった本を閉じて、軽野鈴かるのべる先輩本山らのに向き直る。

 

 本山と軽野の二人が揃うといつもこうだ。

 お互いにおすすめのラノベについて紹介しあったり、感想を述べあったり。時々一緒にデュエットしたりもしたが、基本的にはずっとライトノベルの話ばかりをしている。

 

 

「らのちゃんは読むの早いですね」

「鈴ちゃんだって凄いじゃないですか! 受賞作全部読むなんて、凄すぎです」

「ふふ、らのちゃんにそう言って貰えると励みになります」



 今日は特に会う約束をしていた訳じゃないが、誰かがラノベを読んでいると、どこからとも狐の少女はやってくる。本山らのとはそういう存在なのだ。そして、軽野はそんな本山の存在に憧れていた。



「私は、らのちゃんのおかげでこうして存在しているんですから」

「またまたー、大げさですよ」



 本山は少し照れながら手を振るが、軽野はそんな彼女をみてゆっくりと笑顔を作る。

 

 

 軽野鈴は本山らのに憧れて生まれた存在だ。少なくとも、軽野自身はそう思っていた。

 ライトノベルを愛し、ライトノベルを愛するものを祝福する、ラノベ好きのお狐さま。軽野鈴がそんな存在を知ったのは偶然だった。多くの人にラノベの面白さを全力で伝える少女。そこには、ただ「ライトノベルが好き!」という感情が詰まっていた。

 

 自分もそういう存在になりたい!

 

 軽野鈴が本山と出会い、そう考えるようになったのは、単なる運命のいたずらだったのかもしれない。だけど、直接言葉にしたことはなかったが、本山とめぐり逢えたことを軽野は神様に感謝していた。

 だから、彼女本山らのは年下の先輩で、彼女軽野鈴は年上の後輩なのだ。


 

「それで、らのちゃん。次は何を読むんですか?」

「そうですねー、何を読みましょうか。色々と読みたいものはあるんですが、なにせ、ほとんど読み終えてしまいましたからね」

「この間教えてもらったのやつはどうですか? ほら、あのサバイバルしながらお食事する……」

「『■■の時代は終わったけれど、それでもお腹がぐぅとなる』ですか? うーん、あれも三千八百七十四回・・・・・・・・は読んじゃってますからね」

「らのちゃん……」

「もうラノベの新刊が出なくなってから・・・・・・・・・・・・・・・結構経ちますからねぇ。昔の名作もいいんですが、新しい作品も読みたいものです」

「そうですね。うん、読めますよ。きっと、いつか―――」

「そうだ、昔の名作と言えばですねっ!」



 本山らのは今日もラノベについて語る。もう人間が一人も存在しない荒れ果てた地表で、そんなことにも気が付かず。

 軽野鈴は今日も本山らの彼女を騙る。ただただ愛しい年下先輩平穏こころを守るため。



 人類が滅んでも世界はまだまだ終わらない。


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