その後のお話。
あれから二年がたった。
今日はスピカとニクスの結婚式。国をあげて大々的にあげられるそれに参加するため、私は変装と視覚操作魔法をフル活用していた。
参加と行っても式場は警備のため魔法を強制解除する装置で囲まれているので、城下町に行ってその雰囲気を感じることしかできないのだが。
「せっかく来たのに入れないとか残念!」
先程露店で買った串肉を完食したばかりのマオが呟く。
「仕方ないわ。他の人達に見つかるわけにはいかないから……特に私を知ってる人達には」
城下町にやってきて遠目から式場に入っていく両親を見掛けた時は胸の古傷が疼いたけれど、それだけだ。
もう彼らと私は他人なのだから。
視線を落とすと不意に弥太が私の手を引いた。
「直接じゃなくても祝えんだろ」
彼なりに励ましてくれてるのだろう。私は「そうね」と頷きそっと弥太の手を握った。途端に弥太の動きがぎこちなくなる。
この二年で私は弥太に少しずつ心惹かれている。まだ言葉にはできないけどこうして少しでも触れあえるだけで満足だ。
そろそろ式が始まる時間だ。
終盤では式場のバルコニーからニクスとスピカが顔を出すらしい。少しでも見やすいポジションを確保しようと歩き出した瞬間、私達の目の前で少年が転んだ。
金色の髪が綺麗な男の子だ。身なりの良さからして貴族以上の階級に見えるが回りに護衛や保護者は見当たらない。
男の子は転んだ衝撃から立ち直り辺りを見回と、不安そうな顔をした。
もしかしなくても迷子になったのだろう。
「大丈夫?」
声をかけると男の子はびくりと肩を震わせた後、びしっと背中を伸ばして頷いた。
「大丈夫です!」
「おー、偉いぞ坊主」
心細いだろうに平気だと強がる男の子を弥太がぐりぐりと撫でる。
「子供扱いしないでくださいっ!俺は立派な男ですから!」
弥太の手を振り払って胸を張るその姿は微笑ましい。
「ねぇボク、お父さんやお母さんは?」
マオに聞かれて男の子はきょろきょろと辺りを見回す。
「……お兄様達と来たんです…でも、いない……」
迷子だと自覚し不安になったのだろう。泣くのを我慢するようにぎゅっと唇を噛み締めている。
「……ねぇ、弥太」
「嫌だ」
「まだ何も言ってないのに」
私が不満げにそう呟くと弥太はため息をつく。
「どうせ探してやろうって言うんだろ。お人好しも結構だけどここに来た目的があんだろ?」
「でも一人にしておけないわ」
「……………っ、あー!もー!わかったよ、おい坊主。お前の兄貴探し協力してやるから感謝しろ!」
「……え?うわぁっ!?」
弥太は男の子をひょいと抱えると自分の肩に乗せた。所謂肩車である。
「弥太ってほんとステラちゃんには甘いよねぇ」
「弥太だからな」
後ろでマオと銀狼がうんうんと頷いているけれど私は弥太が男の子を落とさないかひやひやしている。
「弥太、絶対落としちゃダメよ?」
「分かってるって。おい、坊主!しっかり捕まっとけよ?」
「う……はい!」
男の子は弥太の頭にしっかりとしがみついた。
そうして探すこと数十分、彼の保護者を無事に見つける事ができた。
「ブレイク!どこに行っていたんだ、勝手に出歩かないと約束しただろう!」
「ご、ごめんなさいお兄様…」
兄と思わしき男性に叱られて、弥太の肩車から降りた男の子はしょんぼりと肩を落とす。
「弟を見つけて下さってありがとうございます。何かお礼を…」
男の子とそっくりな男性の衣服は上等なもので、身分の高い方だと言うのが伺える。ひょっとしたらどこかの王族かもしれない。
「いえ、当然のことをしただけですから」
「…こいつが言わなきゃ無視してたけどな」
「もう弥太っだら!そんな事言わないの!」
無礼だと捕まえられたりしたらどうするつもりだと慌てて注意するが、男性はその様子を見て楽しげに笑った。
「それでも弟は貴殿方に助けられました。ありがとうございます」
どうかお礼をさせて欲しいという彼の申し出を丁重に断り私達は彼らに別れを告げ、来た道を戻る。
式場のバルコニーが見える場所は人でごった返していた。
「さすがにこの人混みじゃ…辛いかも」
「だから言っただろ」
ふて腐れる弥太を宥めながら私達は人混みから離れた。混雑していないところに出る事はできたけれど、式場のバルコニーは完全に見えない。
「…さすがにここからじゃ見えないわね」
落胆する私にマオがぽふっと手を打った。
「弥太がステラちゃんを抱っこして空からみればいいんじゃない?」
「それもそうか」
「嫌よ!」
私と弥太の声が重なる。
「……嫌ってなんだよ、嫌って」
拒絶の言葉に機嫌そうな弥太が睨んでくる。
嫌に決まってるでしょう…!
前ならともかく今は……!
弥太への想いを自覚してないままであれば私はあっさりお願いできたと思う。
けれど今は正直無理だ。
手が触れ合うだけで、頭を撫でられるだけで鼓動が早くなる。それだけで充分なのに抱っこなんてされた日にはうっかり「好き」だと告げてしまうかもしれない。
以前、弥太には告白に近い言葉をかけられた事があるが、その気持ちが今も変わっていない保証なんてないのだ。今さら私の気持ちを伝えた所で迷惑になるかもしれない。
うだうだそんな事を考え出した私に弥太が一歩近づく。
「その為にここに来たんだろ。早くしないと見逃しちまうぞ、いいのか?」
「よ、良くない……でも」
「うるせぇ、実力行使だ」
「…っ!?」
弥太は一気に距離を詰めると私をひょいと抱き上げて地上から飛び立つ。
あっという間に銀狼とマオの姿が小さくなった。
「ちょっと弥太……!」
「お前がさっさと決めないのが悪い」
文句を言おうとしたら遮られた。
確かに私がうだうだしていたのが悪いので言葉が返せない。
仕方なく私は自分と弥太に姿を完全に見えなくする魔法をかけた。これで完全に他から私達の姿は見えない。
「……弥太って強引だと思う」
ポツリと呟けば呆れたような表情で覗き込まれた。
「ステラが即決しないからだろ。だいたい何だよ嫌って。昔は何も言わなかったくせに」
「う……」
貴方を意識してるから、なんてとても言えない。
「お前は昔からそうだよな。自分の頭の中だけで予想斜め上の心配をするその癖だけはいつまでも治らねぇし」
「……これでも少しは治そうとしてるのよ」
弥太の言葉に少し反発してみる。
貴族をやっていた頃に比べるとだいぶ自分の意見が言えるようになったし、めんどうな事とも向き合えるようになったと思う。弥太からしてみたらまだまだなのだろうが私からしたら大きな進歩だ。
「だとしてもだ。好きな奴に、触れるのが嫌とか言われたら普通に凹むだろうが!」
弥太の拗ねたような言葉に思わず私は目を瞬かせる。
「……好き?」
誰が、と尋ねる前に弥太は呆れたようにため息をついた。
「お前、まさか忘れてんじゃねぇだろうな?俺はお前が好きだって前にも言ったろ」
「……あれ、告白だったの?」
告白みたいだとは思っていたがまさか本当に告白だなんて思わなかった。
急に心臓が痛いほど脈打ちく耳が熱くなる。
「そうだよ!お前がずっと返事してくれるの待ってたんだぞこっちは!」
「返事が欲しいなんて言わなかったじゃない!言ってくれなきゃわからないわよ!」
いつぞや弥太から言われたら言葉を返すと弥太はこて、と首かしげた。
「言わなかったか?」
「私の記憶が確かなら言ってない」
「そうか、なら返事が欲しい。俺の事どう思ってるか教えてくれ」
悪びれた様子もなくさらりとそう言われ真っ直ぐに弥太の顔を見れなくなった。
この人はいつもそうだ、私が内心でうだうだと悩んでることを良くも悪くもはっきりさせようとするのだから
「……好きよ」
ゆっくりと顔あげ言葉にしたが思いの外小さな声になった。
「それって……!」
弥太がぱっと顔を綻ばせた時、わっと歓声が聞こえてきた。
顔を向けてみれば式場のバルコニーからスピカとニクスが仲睦まじい様子で、国民達に手を振っているのが見える。
スピカは真っ白な婚礼用のドレスに身を包みとても綺麗だった。
「おめでとう、スピカ」
ここからでは届かないと笑っていながら祝いの言葉を口にする。
彼女はまた新しい人生をスタートさせる。もう気軽に会うことも出来ないけれど幸せそうな笑顔を見ているとそれでも充分だと思えてくる。
「なぁ、なぁ!ステラ、さっきの言葉だけど」
私がスピカへの想いに浸っているのに弥太はそれを遮るように声をかけてくる。
全く仕方なのない人だ、とため息を付きたくなるが私はそれを飲み込んで弥太の頬にそっと触れた。
「私は弥太が好きよ」
スピカ同様、私もまた新しく歩み始めるのだ。
どうしようもないくらい愛しいこのヤタガラスと。
「俺も、ステラが大好きだ」
スピカとニクスへ贈られる喚声の中、私と弥太は見つめ合い互いに微笑みを交わした。
ものぐさ悪役令嬢は頑張らない 枝豆@敦騎 @edamamemane
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます