君に好きだと言いたくて
小沢すやの
君に好きだと言いたくて
太陽がさんさんと輝き、初夏のみずみずしい南風がさらりと肌を撫でていく。ああなんて爽やかな朝なんだろう。ぱっと空を見上げた広夢は、起き抜けの猫のようにぐんと背伸びをした。
すると、元気いっぱいの明るい挨拶が背中のほうから聞こえてきた。振り返らなくても俺ならわかる、その愛らしいクセのある声の持ち主。
「宇野君、おはよう! あのね聞いてよ! 採れたてピチピチの隕石を食べると、なんと幸せになれるんだって! 凄くない!?」
「おはよう、宙美ちゃん。俺ちょっと行ってくる。すぐ戻って来るから待ってて」
今日も宙美ちゃんは、元気で可愛くて、エキセントリックだ。
俺、
そして本題。俺は、宙美ちゃんに物心ついた頃から思いを寄せている。そう、片思いってやつ。
だから彼女が満面の笑みで幸せになれると啓示するのなら、それがとんでもない寓話だったとしても、俺には叶える義務がある!
俺の疾風を思わせる猛ダッシュに、彼女の制服のスカートがヒラリと翻る。それを見ないふりした俺は、喉を限界までこじ開けてこう言った。
「ナイス! ハーパン!」
彼女の身は、黒のハーフパンツによって守られている。よし! これで安心して、隕石を探しに行けるってもんだ!
「もうどこ行くのーっ! 今日遅刻したら留年なんだよー! あっそうだ! 道端で出会ったお婆さんが実は宇宙人で、荷物を運んだお礼に宇宙船へ招待されたって、先生には伝えておくねー!!」
彼女の
一刻も早く、採れたてピチピチの隕石を見つけ出さなければなるまい。さて、どうしようか? 県内屈指の陸上部のエースでもある俺の俊足が、悲しいほどに力を発揮していた。
「そこの若造、ちょっと手伝ってくれんかの」
「んなっ! おれの脚力についてこれるだと……! 貴様なかなかやるな!」
「ワシは☆◎〓⁑と申す者。ほれ、可愛い耳をしているだろう? 手伝ってくれたなら特別に撫でさせても良いぞ。撫で回しても良いぞ!」
「聞いてねえよ! ってか何? なんて言った!?」
「嫌なのか……? それなら朝採り新鮮な隕石もつけよう! さぁどうだ?」
「卵なら朝食で出たから間に合ってます! ん、いや、隕石!?」
「隕石じゃ」
「欲しいっ!!」
「決まりじゃな」
ニヒルに口角をあげた老人は、あろうことかニョキッと伸ばした腕でいきなり俺の胴体を掴んだ。あまりの衝撃的な出来事に反応の遅れた俺の身体は次の瞬間、ふわりと宙に浮いたのだ。
談笑中のご婦人方は、映画の撮影かしら? と、新たな話題を手に歓談へと戻り、愛犬を散歩中の老夫婦は、こちらへと控えめに手を降っていた。ワンキャン! 犬が吠える。その賢そうな柴犬だけが、この異常事態をはっきりと理解しているようだった。
逆らったら何をさせるかわかったもんじゃない。空を往く俺はといえば、得体の知れないふわふわ耳の何者かと密談を交わすことにした。
「なあ、手伝うって何を?」
「秘密じゃわい」
「隕石って食べられるものなのか?」
「ワシはシンプルに塩焼きにするかのう」
「塩焼き……」
へえ、隕石って食べられるんだ……。衝撃の事実に、俺の意識がふわんと遠退いた。その間に、どんどんと街並みが遠く小さくなっていく。
「待ちなさい!」
突如、聞き馴染みのあるハスキーボイスが、上空から降ってきた。その声に瞬時に意識を眼前へと戻した俺は、首を精一杯持ち上げ天を仰ぐ。そこにはなんとも珍妙な──まるで童話の魔法使いのような格好をした女の子が、きらきらふりふりのステッキを振りおろすところだった。
「宙美ちゃん」
間違えるはずがない。いくら姿が変わろうとも、何年も何年も俺の大好きな、その女の子。
「宇宙人さん、彼は返してもらうわ」
「!? 何事じゃ」
「仲間の宇宙警察がすぐにやって来るわ。それまでこの拘束は絶対に解けないんだから!」
あたり一帯が、淡くあたたかな光で包まれた。
*
「君、大丈夫? 痛いところはない?」
「俺は大丈夫だ。それより宙美ちゃんは? 怪我はないか?」
恥ずかしくも彼女に横向きに抱えられた俺は、慌てて身体の具合を尋ね返した。
「そ……そそ、そら?! 一体誰のことかしら? 私は宇宙警察、エキセントリックSORAよ。……あ」
「ふぎゃ……!」
宙美ちゃんは俺に正体がバレていないつもりだったのだろう。途端、思わぬ動揺から俺を抱きとめる腕の力が弱まり、俺は短い悲鳴をあげながらも必死に落ちるまいとして、しがみつく手にぎゅっと力を込めた。
「……うぅ……ごめん……っ!!」
「……!」
自然と近づいたその距離に、俺の頬が熱くなる。おそらく真っ赤になっているであろう面構えを無視して、俺は彼女に話しかけることにした。まずはどうしても、伝えたかった思いがある。
「そうだよ、わかるよ。宙美ちゃんだって。一目見てすぐ気がついた。その、助けてくれてありがとな」
「うん。へへ……バレちゃったら仕方ないか。宇野君が無事で本当に良かったよ」
「あの、いろいろさ、聞きたいことがあるんだけど」
「なーにぃ?」
その時、今日初めて俺はしっかりと宙美ちゃんの瞳を見つめた。彼女の長い睫毛が朝の陽の光を弾いて、うっすらときらめいている。すごく綺麗だ、と言葉には出せないが心から思う。
俺はドキドキと胸を高鳴らせながらもなんとか平静さを装って、一番の疑問を口にした。
「またなんで、宇宙警察なんかやってるんだよ」
「あはは! それは私が、宇野広夢君を大好きだから!」
「? どういう意味……え、や、は、うそ!?」
「ふふ、本当だよ」
「ッ! 俺だって……っ! 宙美ちゃんのこと……っ!」
「それはまた、後でね」
そう言って微笑んだ宙美ちゃんは、俺の口元に人差し指をちょこんとくっつけて、それからぱちんとウィンクをした。
「〜〜!」
寓話なんかなくったって、天然で電波で少しの謎を秘めた彼女とそんな彼女に一途な俺と、俺たちには俺たちなりの幸せのかたちがある。
「まずは学校へ急ぐよ! しっかり掴まって! んん〜とばすよおー!!」
「安全第一で頼みます!」
君に好きだと告げるのは、無事に学校へと着いてからになりそうだ。
君に好きだと言いたくて 小沢すやの @synbunbun
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