トーマス!

曖昧模子

第1話 トーマスくん

12月の空港の荷物受け取り所は、年末のバケーションを満喫しようとしている人々でごった返していた。


笹 朝葵はやっと回ってきた自分のスーツケースを持ち上げ、トローリーに載せた。

久々に聞こえる日本語と日本の寒さは、朝葵をワクワクさせた。

なんせ、1年ぶりの帰国だ。


去年の冬、朝葵はずっと夢だった高校留学へとこの場所から飛び立った。交換留学生になるための試験も、今の高校に特待生として入るためのテストも、なんとか合格してのニュージーランド留学だった。

しかし、その留学も大して楽しいものではなかった。もう1度行くか、と誰かに尋ねられたら、絶対に朝葵はNoと答える。合わないホストファミリーに、アジア人差別を窓から叫ぶ人々。途中までは酷く落ち込んだが、留学ってそんなものだ、と開き直って過ごした。

もちろん、英語は身についたのだけれど。(10キロの体重とともに。)


税関を抜け、パスポートの顔認証が済むと、そこに家族はいた。両親は変わっていなくて、今年高校1年生と中学2年生になる弟たちの背丈だけが変わっていた。

「久しぶり。」母が満面の笑みで抱きしめる。

朝葵はどうしていいのかわからずに、されるがままだった。

こういう時、日本人はどう反応するのだろう。「Oh,my goodness sake!! Long time no see you!!」なんて言おうもんなら、海外かぶれのレッテルを貼られるに違いない。

少し考えた末、朝葵は

「ただいまー!!久々の日本だね!!」と笑顔で返してみた。

父はいつも通り何も言わない。ただ、今日は少し上機嫌のようで、ガムを噛んでいなかった。

思春期真っ只中の弟達は、素直には喜べない様子でニヤニヤしながらも目は合わせなかった。

良かった。どうやら1年という月日は、あんまり人に変化をもたらさないらしい。


人生で3回目の東京から帰る新幹線まではまだ少し時間があったから、笹一家は土産物を見て回ることにした。

東京という場所にはモノが溢れかえっている、というのは聞いたことがあるが、ここまでとは思っていなかった。ただでさえ日本についてまだ1時間も経っていない朝葵には、そこはオークランドほども馴染めなかった。


そそくさとお土産を買い集め、やっとこさ新幹線のシートに腰を下ろした頃には、もうとっくに日は傾きかけていた。

日本ってこんなに日暮れが早かったのか、と朝葵は驚いた。ニュージーランドの夏は午後8時になっても日が沈まない。

帰国してから既に何度目かわからない逆カルチャーショックを感じながら、朝葵は睡魔に負けた。


母親に肩をポンポンと叩かれて目を覚ますと、そこはもう大阪駅だった。

ここから朝葵の住む兵庫の片田舎までは、特急に乗り換えなければならない。

ホームに降り立った瞬間、聞き慣れた関西弁が耳をかすめた。ここにきて、朝葵はやっと帰ってきたという実感を得たのだ。


特急の車内は案の定人がほとんどいなかった。東京にあれほどいた人間がここには全くいない、という事実が朝葵には不思議だった。

心配性で座れないと困るからと指定席を予約していた母親が、くそっと言わんばかりに舌打ちをした。

普段の朝葵なら宥めるところだけれど、あいにく11時間のフライトで堪えていた彼女に、そんな余裕はなかった。結局、特急の車内でも朝葵は泥のように眠った。

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