業務開始

 恋人ごっこのルール

 ・期限は一ヶ月

 ・その間一宮いろはと九条紗香は恋人同士になる。

 ・恋人同士の間は主従の関係を可能な限り忘れる事。

 ・一ヶ月以内に一宮いろはが九条紗香を本気で惚れさせれなかった場合、一宮家に戻ること。

 ・逆に一ヶ月以内で惚れさせれた場合は業務関係無しに恋人となる。



 久しぶりのシャワーを浴びながら昨日までの色々を流していく。騒音問題として行えませんでしたが、朝のシャワーというのもなかなか気分が良いものです。


「紗香、私も一緒に入っていい〜」


「もうすぐ出るので入らないで下さい」


 当然ながら私にゆっくりシャワーを浴びる機会も少ないようです。


 嘘として暫く浴びていても良かったのですが、お嬢様は脱衣所に居座っているのでそうもいきません。


「……というか、なんでそこで居座っているんですか?」


「紗香のお風呂上がりの姿が見たいから。だって紗香、時間になると帰るでしょ?」


 まぁ確かにメイド達は旦那様方が休息に入っているうちに交代でお風呂などを済ませていますが、私を含め、外に家持ちの人はその頃には帰っている頃合いでしょう。


「そこに居られると出辛いので出て行ってもらってもいいですか?」


「別に女の子同士だし恥ずかしくないでしょ?」


 そういう問題ではないのですが……。


「……私の嫌がる事をするんですね」


「……分かった。出て待ってる」


 おや?案外簡単に了承してもらえるとは驚きでした。


 お嬢様が出て行き、扉が閉まる音を確認してから浴室を後にします。出て直ぐに扉が開かれるかと思いきや、本当の本当に出ていかれたらしく、私の着替えが終わるまでお嬢様は入ってきませんでした。


 こっそりと扉を開けてみると壁に寄りかかって待っているではないですか。


「何かありましたか?」


「……紗香、怒ってない?」


 何を怒るというのか。記憶を思い返す様にすると思い当たるのが一件。


『……私の嫌がる事をするんですね』


『……分かった。出て待ってる』


 え?嘘?あのお嬢様がそんな事で大人しくなって子供みたいに待ってたんですか?ちょっときゅんとしましたよ?


「んふっ」


 失礼、思わず。


「紗香?」


「怒ってませんよ。ただいつものお嬢様とは違って少し驚いただけです」


「そっか。怒ってなかったのか。……そ、そうだ!呼び方!!私の事はお嬢様じゃなくていろはと呼んで!!」


 そうでしたそうでした。どうも抜けきらない所があると言うか抵抗があると言うか。


「え、えっと……」


 口籠っているうちに何ですかそのキラキラとした視線は?やめて下さいお嬢様の背後には旦那様とメイド長のお姿が見えるのです。


「やっぱり私の事は呼んでくれないの?」


「っ、い、いろは……様」


「様抜きで」


 鬼ですか?妥協はしていただけないのですね。


「………………い……いろ。…………いろは………さん」


「ん〜〜まぁさん付けならいいか」


 納得して下さり助かりました。私は昨晩から今の今まで寿命が凄い勢いでで削り取られている感じがして止みません。


 濡れた髪を乾かしては私は普段より遅い時間の朝食を作り始める。「何作ってるの?」と顔を覗かせるお嬢をそれとなくあしらいながらもトーストとベーコンエッグにオムレツとなんとも庶民的朝食を作る。


「すみません。ここでは普段お嬢さ……いろは…さんの食べている様なものは出せませんので食事の事は我慢してもらいます」


「いや、私は大丈夫だけど……紗香はコレで足りるの?」


「足りる足りないではなく足りさせるのです」


 普段お嬢様が食べてる朝食の一万分の一の量・クオリティの私の普段の朝食。あぁ、また旦那様とメイド長の面影が……。


「さ、紗香?わ、私の半分ぐらい分けてあげるよ?」


「いいえ。それはお嬢……いろはさんが食べて下さい」


 痛むお腹を抑えながらも笑顔を作り手を合わせる。


「……いただきます」


「い、いただきます」


 お嬢様が私に習う様に手を合わせると、私の食べ方を見様見真似で食べ始める。


「ん、美味しい!!」


「お口にあって何よりです」


 これには私は心の中で大きく溜息を吐きました。普段から手抜き物しか食べていない為、薄っすら自分の料理は壊滅的にマズイのでは?と思ってはいましたがその心配は無さそうです。


 私が直ぐに食べ終えて珈琲を啜りながらお嬢様が食べているお姿を眺めているとトーストがポロポロと零れているのが見えた。


 やっぱり安物じゃお嬢様が普段食べてるの比べて硬いし零れやすいのか。……ちょっと奮発していい食パン買った方がいいですかね。


「お…いろはさん。口元についてますよ」


「へ?」


 ウェットティッシュで口元についたパンの屑を拭き取ってみるとお嬢様はぽかんと口を開けて……もしかして私、不敬?


「い、いろは……さん?」


「え!?あぁうん。ないでもない。大丈夫だから」


 ……これはアレですか?恋人がご飯粒を取って照れるアレですか?……あ、今は恋人(仮)でしたね。


 そのまま黙々と食べ続けるお嬢様。


 時計を眺めると今頃はとっくに仕事スイッチを入れて…いや、入らないか。仕事着に着替えてお仕事をしているはずなのに未だに私服で自宅にいると言うのも不思議です。


 旦那様曰くはコレも私への追加業務らしいですけど、恋人ごっこはあくまで仕事。……私はお嬢様の言う好きを本当に信じては受け取り応えてもいいものなのでしょうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

業務外労働(仮) 通行人B @aruku_c

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ