ストゥルルソンでの出来事

梅原晴人

第1話 見知らぬ犬の影

 ルラの朝は遅い。東向きの窓から朝日が差し込んで、部屋のなかが明るく照らされ、やがて通りすぎて、それがまた陰り出しても、寝息が乱れることはない。それからまた時間が経って、ストゥルルソンの街が少しずつ賑わいだしたころにようやく目を覚ます。目が覚めても起き上がるのにはまた時間がかかる。夢のつづきが気になったり、特に意味もなく寝返りを繰り返したり、まだ眠る言い訳を探したりでまた三十分ほどが過ぎてしまう。怠惰が服を着て歩いている、と言ったのはエマーニュ・トンミルンだった。そう言われてはじめはルラも面食らったが、なんとなく自分自身でも気に入って結局笑って済ましてしまった。

 もうじきピアノ教師のデュナが来るだろう。その前に起きなければとルラは思う。彼女は週に三度この部屋を訪ねてくるが、彼女が来る前にいつもルラは部屋を逃げ出してしまうようになった。彼女がピアノの家庭教師に来てから二年半ほどになるが、まともに授業を受けたのははじめの半年だけだった。別にデュナの授業が厳しいだとか、ピアノを弾くのが嫌だとかそういう理由ではなかった。ただストゥルルソンの花と呼ばれる彼女の演奏を一度耳にしたルラはすっかり打ちのめされて、彼女の前でピアノを弾くことがひどく恥ずかしくなったのだった。それでも彼女はほとんど二年間、誰もいないルラの部屋に来て、授業の時間のおよそ二時間ばかりをそこで本を読んだり、ピアノを弾いて過ごし、立ち去っていく。夜、ルラが部屋に戻ると課題の譜面がいくつかがテーブルの上に置かれ、ピアノが綺麗に掃除されている。友人のロビーニはデュナを家庭教師で雇っていることをいつも羨ましがる。いっそ君が代わりに受けてほしいよといつもルラは言いかけてやめる。それはそれで釈然としないからだった。

 ベッドを抜け出し、クローゼットから服を取り出して着替える。空腹だったが、屋敷へ行く気にはならなかった。いま行けば母親に顔を合わせることになる。会えば、あれやこれやあることないこと尋ねられるに違いない。そんなに心配ならこの離れでの生活をやめさせればいいとルラは思う。かと言って、やめろと言われて素直に従うかというとまたそれは別の話だった。

 空はよく晴れて、春めいた穏やかな風が吹いていた。草葉は新しく、庭には淡い色の花がちらほらと咲いているのが見えた。ルラは屋敷のほうに目を向けないようにしながら庭を抜け、門を出た。

 アニエス通りからクラ・ラブランスカ通りへ、オランド橋を渡ってさしてあてもなしに住宅街をふらふらと歩き、ストゥルルソンの繁華街であるレオル通りへと向かった。すれ違う人々とルラは愛想よく挨拶を交わした。彼へ向ける人々の表情は様々で、親しげに笑うものから、あからさまに嫌な顔をするものもいた。その表情の数と同じくらいの評判でルラは有名だった。彼はストゥルルソン一帯を統治するスノリ家の長男だった。彼の父、ニコラ・スノリはその仕事ぶりで知られている。勤勉で、寛大で、街のことを何よりも第一に考えていた。そんな男のもとになぜあんな息子が生まれたのだろうと疑問に思うものは少なくなかった。麻の平民服を着て、街をふらつきながら、仕事をするわけでも学問を修めるでもなしに趣味に生きているルラは一部ではストゥルルソンの放蕩息子とか、鷹が生んだ鳶とか言われていた。

 一方で彼を慕う人間も多かった。彼は音楽や、文学や、芸術を愛していた。どんな人間にも偏見なく接し、好奇心に忠実だった。たとえば靴屋のロメルなどはほとんど信仰のまなざしで彼を見つめたが、逆に大工のフォリオは完全に軽蔑しきっていた。「あいつはいつかひどい目に合うさ。なぜって自らの身分にあぐらをかいて生きているような男を神様が見逃すはずはないからね」フォリオは大工仲間にそう話していた。自分にまつわる噂のほとんどをルラは把握していたが訂正したりしようとすることはなかった。というよりも、むしろ悪評も含めて、それを聞くのを楽しんでいるところがあった。時にはそんな噂に二、三のおひれをつけてやることさえあった。「本当のことなんて何もない。ただ人々がそうだと信じていることがあるだけなんだな」、ルラはエマーニュにあるときそう言っていた。

 レオル通りの一角の、果物屋の前で彼は足を止めた。色とりどりの果物は宝石のようにも見えた。

「いちばん遠くで採れた果物はどれ?」ルラがそう訪ねると果物屋の店主は、淡い緑色の梨を指した。「パラスから届いたもんですよ。昔じゃ考えられないことですが、いまは夜汽車のおかげでずいぶん遠いところから商品が入るようになりましたね」

 そう言って店主は空を見上げ、ルラも同じように顔を上げた。日差しは暖かく、眩しかった。小さな鳥が一羽、彼らの頭上を横切った。

 ルラはその梨を買った。それからしばらく手に握ったまま、見たこともないパラスの地方や、夜汽車や、その景色、農家や、市場などのことを夢想した。かじってみると果実の瑞々しさは夢そのもののようで、気付けばすぐになくなってしまった。

 レオル通りは活気に満ちていた。それはストゥルルソンの豊かさをそのままよくあらわしていた。客引きの声、通りをいく人々の陽気な顔、賑わったカフェー、色とりどりの服、大道芸をする男、ヴァイオリンを弾く女、歩いているだけで気分が華やいだ。ルラはすれ違う人々と挨拶し、たまに軽口を交わし、別れ、それを繰り返した。それから道を外れて路地に入ると雰囲気は一変する。ネズミ通りとか、蜘蛛の巣町とか呼ばれる区域で、物乞いや怪しげな店や連中が多くなる。ルラは別に物怖じせずに慣れた様子で路地をさらに奥へと入っていった。蜘蛛の巣町の人々ともルラは表通りを歩いたときと変わりなく接した。どうだい、カードでも。やあルラ、一杯やらないか。ひさびさにピアノでも弾いてくれよ。彼らはざっくばらんにルラに話しかけ、肩を叩いた。ルラは笑って、いいとも夜にでもとか、あいにく起きたばかりでさ、酒は早いよとか、いいともちょっと腹ごしらえしてからねとか、彼らと同じような調子で答えるのだった。途中、カフェ・トゥワレの店先の席で画家のモヴァがコーヒーソーサーを見つめているのに出くわした。ルラは彼の向かいに座るとモヴァは髭も剃っていない顔をルラに向けた。実際にはルラとは三つほどしか違わずまだ二十歳を越えたばかりのはずだが、十以上離れているようにも見えた。ルラの顔の幼さもあるし、モヴァの無精髭やぼさぼさの髪のせいでもあるだろう。

「どうだい?」ルラは尋ねた。モヴァはまたソーサーに目を落とした。彼はひっくり返したコーヒーの粉の模様で今日のことを占ってからいつも絵を描くのだった。ルラは彼の絵が好きだった。そのうち一枚買いたいと言っているのだが、満足のいく作品ができていないと言って、それを売りたがらなかった。売ればそれなりの額がつきそうなものばかりなのだが、そのせいで彼にはいつも金がなかった。

「うん、悪くないみたいだ」

たぶん五十回くらいルラは彼に尋ねたが答えはいつも同じだった。

「一杯やってから仕事にかかろうと思うんだ。どうだい、ルラ、君も。うまいリンゴ酒があるらしいんだよ」モヴァが言った。ルラは席を立って手を振った。

「やめとくよ、君の一杯ってのがいったいどこからはじまるのかわかったもんじゃないし、いまからルぺじいさんに会いに行くからさ。また飲もう」

 はじめて入り込んだ人間は蜘蛛の巣町という名前の通り複雑に絡んだこの裏通りを迷わず進むことはできないが、ルラにはほとんどいつもの散歩の道のりでしかなかった。別れてはまた合流する道を右へ左へ折れながら彼は歩いた。そして古びれた一軒の家の扉を叩いた。返事はないが、彼は取っ手を引く。立て付けが悪く、ぎしぎしとぎこちなく扉は空いた。中は薄暗く、埃っぽく、かびた紙のにおいが漂っていた。所狭しと本が積み重ねられている。ルラは辛うじて床の見える(と言っても埃で床は雪面のようになっている)ところを踏んで奥へと進んだ。

「ルぺじいさん、あなたの愛しのルラですよ」ルラが呼び掛けるが返事はない。

 まともに開いているのを見たことがないし、そもそも開けられるような状態ではないのだが、この家はオロン古書店という古本屋で、ルぺというのはその店主だった。正確にはルペペティアーノ・リシターノ・オロンというのが本名で、ストゥルルソンからはるか遠い地方から来た、もともとは植物学ではちょっとした権威だとかいう話だが、ルラは詳しくはよく知らない。

 何度か呼びかけたが返事はなくルラは誰もいないカウンターの奥の扉を開けて、地下につながる階段を降りていった。階下には微かな明かりが揺らいでいて、目を凝らしてようやく足元の階段が見ることができ、慎重に降りた。

 地下は湿気って蒸し暑かった。一階と似たように大量の古い本が積み重ねられており、ルラはその背表紙を眺めたりした。彼にはまったく知らない言語のタイトルの本がいくつもあった。ルぺは部屋の奥の机に向かって、何か書き物をしていた。ルラが燭台に近づいて、ようやく顔を上げた。彼は蛙の姿をした人間で身長はルラの半分ほどしかなかった。

「何しに来たんだい」しゃがれた声でルぺが言った。

「寂しかろうと顔を見せにきたんですよ」

「できればあんた以外の顔が見たかったもんさ」

「何か食べるものありませんか。お腹がぺこぺこなんです」

「ここはあんたの食堂じゃないんだよ。それにあんたなら飯なんざ家でたらふく食えるだろ」

「ルぺじいさんの顔を見ながら食べるご飯が好きなんですよ。この前本をたくさん買ったばかりだし、葡萄酒だって一本差し入れたじゃないですか」

「どっちもあんたが金出したわけじゃないだろう」

 そう言いながら、ルぺは立ち上がり、部屋の奥にぺたぺたと足音を立てて消えた。ルラはルぺの残した机を眺めた。便箋にびっしりと文字が連なっていたが、何と書いてあるのかは読めなかった。椅子に腰かけ、適当に近くにあった古い本を手にとって開いた。それはメルセル・ポーの詩集だった。ぼんやりといくつかの詩を読み、ページを食ってるとルぺがスープとパンを運んできた。

「本当はこっちが飯をめぐんでもらいたいくらいなんだがね」ルぺはそう言った。ルラは笑って礼を言い、それを食べた。スープは野菜と鶏肉が入っていて少し辛く味付けされていた。ルぺは奥からもうひとつ椅子を引っ張り出してきて腰かけ、キセルを吹かした。

「しかし物好きな男だね。こんなところはとても貴族の来るところじゃないよ」

「別に僕は貴族じゃないですよ」

「何言ってんだよ。ここらの土地一帯はいずれあんたが継ぐんだろう」

「何言ってるんですか。僕が継げばストゥルルソン百年の歴史もおしまいですよ。弟がいますからね。まだ十才ですけど父に似て勤勉で、きっといい領主になるでしょうよ」

「いったいあんたの血はどこから来たんだかね」

 スープとパンを平らげ、キセルを一口もらい、二人で茶を飲んだ。ここにいると真夜中のような気分になるが、まだ太陽は傾いてもいないだろう。

「ずっと気になっていたんだが」ルぺが口から煙をもらしながら言った。「そりゃ、いったいなんだね」

 キセルで背後を示されて、ルラは振り返ったがただ薄暗い部屋が蝋燭の火にぼんやりと照らされているだけだった。

「何もありませんが」

「何にもないんだがね、ほら床にさ」

 しばらく見ているとルラも違和感に気がついた。蝋燭の明かりのなかで遮るものが何もないのに何かの影が落ちていた。

「影ですね」ルラが言った。

「影だね」ルぺも言った。

「何の影だろう」

 二人でよく見てみるうちになんとなく犬の影ではないかという話で落ち着いた。それはルラの後ろをついて歩くのだった。

「よかったじゃないか、人徳だね」ルぺがそう言って鼻で笑った。

 結局何が何だかわからないままルラはオロン古書店を後にした。彼も最初は戸惑ったが、結局考えてもわからないものはわからないので、面倒くさくなって考えるのをやめた。蜘蛛の巣町からまたレオル通りまで引き返し、また当てもなく歩いた。

 地下から地上に戻ると日の光はとても眩しく感じた。ルラは時々振り返ってみたりしたが、平べったい太陽光のなかで犬の影はほとんど見えなかった。でもきっとまだついてきているのだろう。マルド・スノリ広場の噴水の縁に腰かけ、何をするわけでもなく通りすぎていく人々を眺めた。南天を過ぎて、日はわずかに傾き、光は微かに黄みを帯びていた。薄く、舗装された広場の地面に犬の影が座っているのがわかった。触ってみようと少し手を伸ばしたが、彼の手が何かに触れることはなかった。

 長い栗色の髪がルラの視界の隅を漂った。顔をあげるとデュナが彼のとなりに座っていた。黄ばんだ光のなかの彼女の美しさにルラは一瞬見いってしまったがすぐに取り繕って笑顔をつくった。

「やあ、デュナさん、お久しぶりですね」

「そうね、まるっとひと月は会ってないのかしら。顔を覚えていてくれて嬉しいわ」

「僕があなたの顔を忘れるわけありませんよ。どこかでコーヒーでも飲みませんか」

「今度あなたの部屋のピアノの前でいただきたいものね」

 噴水の音が間延びしながら二人の間に流れていた。時々人々はルラとデュナを見て、会釈し、去っていった。

「それにしてもこんなところで何してたのかしら」

「何ってピアノの練習をしていたんですよ」

「あなたの下らない冗談はうんざりしてるのよ。普通に答えてくれないかしら」

「そこに何か見えますか?」

「そこ?」

「そこですよ」

 ルラはまだ甲斐甲斐しくおそらく座っているだろう犬の影を示し、彼女はルラの指先を見つめた。

「何もないようだけど」

「どうも犬がいるみたいなんです」

「犬? 冗談はやめてって言ってるでしょう?」

「僕が冗談なんて一度でも言ったことありましたっけ」

「今度から針と糸を持ち歩くことにするわ。いつでもその口縫い付けてあげられるように」

「嫌だなあ。でも本当なんですよ。犬というか犬の影があるんです。よく見てくださいよ」

 確かに犬の影は見えにくいがまだそこにあり、彼女はそれに気がついた。そしてルラと同じようにそれに触れようと手を伸ばしたが、やはりそれは宙を泳ぐだけだった。

「影ね」

「そう、影ですよ、ずっとついてくるんですよ、何なんだろう」

「人徳かしら」

 二人でぼんやりとまた犬の影を見ていた。影はじっとしたまま動かなかった。

「落としものかな」ルラが言った。

「影を? そんなこと聞いたことないけど」

「もしかしたら影のほうが本体を落としたのかもしれません。どちらにせよ、影だけっていうことからしてまず聞いたことがないんですから」

「それもそうね」

「ところでデュナさんはこんなところで何をしていたんです?」

「ご存じないかもしれないけど、私ピアノの家庭教師をしていてね、その帰りなのよ」

「デュナさんに教えてもらえるなんて幸せものだな、うらやましい限りです」

「本当に針と糸がほしいくらいだわ。まあそれで東の森にリラの花がきれいに咲いているっていう話を聞いてね、少し見に行ってみようと思っていたのよ」

「リラですか。そんな季節か」ルラは言った。穏やかな空気のなかにさまざまな花のにおいや、春の気配を感じたような気がした。「僕もご一緒してもいいでしょうか」

「あなたも図太い神経しているわよね」デュナはそう言って立ち上がった。「行きましょうか、日が暮れちゃう前にね。でも、その犬の影は大丈夫なの?」

「まあぶらぶらして解決できるものでもなさそうですからね」

 ルラは笑い、それから二人は歩いた。広場から東へ行くと建物は徐々に減り、郊外の田園の景色が広がる。ストゥルルソンの街はパスポント平野にあるので、ここまで来るとはるか遠くまで見渡すことができる。ルラたちの行く先の東の森も道の向こうに見えた。空は広く、微かな雲が刷毛で引いたようにいくつか浮かんでいた。草花が静かに揺れ、さらに遠くには羊の群れがたむろしていた。蝶がルラたちの前を横切り、また草むらに消えた。いい季節だなとルラは思った。

「いい季節ね」とデュナが言い、ルラは少し笑って、「そうですね」と答えた。

 景色の広さのなかでは自分がとても小さなものだと感じることができた。街にいるとすべてが人間に必要な大きさにつくられているので、なかなかそういうことは感じることができない。たまにこうやって郊外まで出てみるのはいいことだとルラは思った。

 東の森の奥にはかなり古い時代の城があるが、それはいまは誰も住んでいない。もともとその古城には公爵だか伯爵だかの物好きな爵位持ちが住み、森の管理をしていて、リラなどは彼が植えさせたものらしかった。それもルラなどが生まれるはるか前の話で、いまは森を管理するものは誰もいない。たまにこうして時々人が散歩に来るという程度だった。

 犬の影はルラたちの後ろを、彼らと同じ歩調でついてきた。時々二人が立ち止まり、振り返ったりしてみると同じように犬の影も足を止めた。その様子がだんだんおかしくなってきて、途中二人は顔を合わせてひとしきり笑った。

 森につく頃には日差しはいよいよ赤みがかっていた。木々の隙間から差し込む夕日が花や木を燃えるように色づけて大変美しかった。少し奥まった小さな泉のほとりにリラの花が咲き乱れていた。水面がきらきらと輝いて眩しい。二人は泉の縁を歩きながら目を楽しませた。鳥の鳴き声や、風、森は音までも美しかった。二人は森に入ってからほとんど話さなかった。ただそれぞれに景色や季節を満悦していた。

 どこかで犬が鳴いた。それはおそらく奥の古城のほうから聞こえたのだった。デュナも、ルラもまず鳴き声の聞こえた方角を見つめ、それから自分たちの後ろにいる犬の影を見つめた。時々木の影に入って見えにくくなるが、まだ犬の影はそこにあった。鳴き声はもう一度聞こえた。一度めよりも細長く、寂しくそれは響いた。犬の影はしばらくじっとしていたが二度めの声が鳴きやむころに動き出した。ルラと、デュナの間をすり抜けて、森の奥へと入っていった。

「ついていってみますか?」

「……やめておきましょう。日が暮れたら、どこにいるのかわからなくなるし」

「あの鳴いていた犬が影の持ち主なのかな」

「さあ。あれも影だけだったわけだし、鳴き声だけなんてこともあるかもしれない」

 二人はぼんやりと影の消えた先を見つめていた。森は暗くなるのがはやい。刻一刻と木々のなかの闇が濃くなっているのがわかった。

「帰りましょうか。ともあれ、よかったじゃないの。あの犬もきっとここまで連れてきてほしかったのかもしれないわ」

 デュナは笑って振り返り、ストゥルルソンのほうへと歩き出した。ルラは犬の影への未練が少し残ったが、確かに彼女の言う通りのような気もし、同じように森を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ストゥルルソンでの出来事 梅原晴人 @umehara_haruto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ