出張3日目(月曜日)

 ふう。

 平謝りをして、なんとか顧客にも許しをもらえた。

 足りていなかった納品物もどうにか間に合うように調整できた。


 ホテルに戻ってきたときには午前3時を過ぎていて、体はもうクタクタだった。

 晩御飯は、食欲がわかないな。

 シャワーも……服を脱ぐのが面倒だ。


 …………。

 くそっ! くそっ!!

 どうして私がこんなことをしなければならないのだ!

 馬鹿な部下が! 風邪などで休まなければ!

 無能な上司が! 私に余計な仕事を振らなければ!

 融通が利かない客が! 明日でもよいことを今日中にやれなどと言わなければ!

 何故私の周りにはこんなにも使えない連中ばかりなのだ!

 

 全ての怒りを枕に向ける。

 枕が私の拳を1発受ける度に、ボスンという気の抜けた悲鳴をあげた。


 枕を10発ほど殴った後、疲れてそのままベッドに倒れ込んだ。

 あと1日。

 あと1日、乗り切れることができれば今回の案件は全て終わるのだ。

 もう寝てしまうか。

 帰ってきたのが遅かったから、3時間後には起きなくてはならない。



 寝る前に、ふと海波月イサナの声を思い出した。

 思えばこの出張期間中に迎える朝は、いや、は、全てやつのモーニングコールから始まっていた。

 それならば最後の1日もやつの声で起きてみようではないか。

 そう考えて、慣れた手付きで電話機のボタンで "#1370600" を押す。

 明日はチェックアウトの準備もあるから、少し早めに起きなければならない。


『モーニングコールの 予約が 完了しました』


 最後の予約が完了し、先程殴っていた枕に意識を沈めていった。


 * * *


 プルルルルルルルル

 プルルルルルルルル

 プルルルルルルルル

 プルルルルルルルル


 ん、もう時間か。

 寝不足気味で頭も体も気怠い感じがするが、そうも言っていられない。起きて仕事に行かねば。

 私はなんとか腕を伸ばして、最後のモーニングコールを取る。


「もしもし」


 モーニングコールを予約したため録音されたメッセージが流れてくることは予想できていたが、ついつい口から出てしまった。


『おっすー、海波月イサナだぞ。昨日のお仕事は大丈夫だったか? お休みなのに急にお仕事になって大変だったなー、ドンマイだぞ。昨日はちゃんと寝られたか? 無理はするなよ。ボクはお前のことを何にもわからないけど、お前が仕事をすっごい頑張ってるってのはわかるぞ、うん。今は辛いかもしれないけど、一生懸命頑張ればきっと良いことがあるからな。だから、今日も一日やっていこうな。じゃあなー』


 ブツッ

 ツーツーツー


 …………ふむ。

 何故だろうか。こいつの声を聞いていると、どんなに辛くても今日一日を頑張ろうという気力が湧いてくる。不思議なものだな。


「起こしてくれてありがとう。行ってくる」


 聞く相手がいない言葉をげて、私は受話器を静かに置いた。

 シャワーを浴びてから荷物をまとめ、フロントに向かう。


「チェックアウトだ」

「はい。かしこまりました」


 会計を済ませて、荷物を持ち直す。


「ああ、そうだ」

「はい。如何なされましたか?」

「その……なんだ。先日は怒鳴ってしまってすまなかった。疲れて気が短くなっていた。許してくれ。また機会があれば、このホテルに世話になりたいと思う」

「……はい。ありがとうございます。またのご利用をお待ちしております。」

 先日怒鳴り散らしてしまったスタッフに謝罪の言葉を告げ、ホテルを後にした。

 案外、素直に謝れるものだな、私も。


「今日も一日、やっていくか」


 * * *


 ――その後。

 出張を終え、自宅に帰った鈴木勇は、海波月イサナについて調べた。

 やがてVtuberという存在を知り、彼自身がバーチャルの肉体を得てVtuber活動をするまで、そう長い時間はかからなかった。

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モーニングコール キム @kimutime

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