聖剣盗難事件

来栖

第1話 聖剣盗難事件

 「――――聖剣が盗まれた、と?」

 

 声の主が薄く積もった埃を指が撫でれば、人差し指につく。ついたそれを弄ぶように親指に擦り付ける。所作だけで掃除が行き届いていないのがよく分かった。

 暗い部屋だった。応接間、に当たるのだろう。クッションの死んだ一人がけのソファ、対面にあるのは二人掛けの、同じ様にクッション性が壊滅的なソファ。合間にある傷塗れの木目調なローテーブルの上に、唯一の光源として簡素な青銅ランタン。中には安売りの雑霊ライトフェアリーが炎の代わりとばかりに揺らめいていた。

 時刻は昼を過ぎたばかりだというのに、日差しの欠片も無いのは外側から幾重も打ち付けられ閉ざされた窓のせいだろう。その前にも分厚いカーテンが掛けられた様はこの部屋がどれだけ日差しを望んでも主が許さないかのようだった。

 そんな部屋の主は、一人がけのソファに腰掛けていた。部屋と声の主は、この応接間同様にあまり冴えた男ではなかった。近頃流行りの西方由来らしい衣類。しかし、皺くちゃな白のワイシャツ、同じ様相の黒いスラックス。ソファに上げた片足とは反対の裸足に引っ掛かった革靴は輝きを失って久しい。それらの様子を見れば幾ら流行りと言えども台無しである。

 服装がそうであるなら、纏う者もやはり格合った。整える事を知らない髪、同じく無精髭、気力無く並ぶ双眸――並べて評せば男は昼行灯ロクでなしと見えた。

 ――事実そうだろう。男の全てが物語っている。

 

 「それで、ここに?」

 

 言葉を彩るのは倦怠、違和、強い疑問。重さの無い、若々さが見え隠れする声だった。暗色の帳が邪魔してよく見えないがどうやら、服装よりもこの部屋よりも主はかなり若輩らしい。その彼は手慰みとばかりに先程から指腹を擦り続けている。動きに合わせて埃が擦り落とされ、衣服にぱらりと散らされていく。気にも止めない。

 

 「うむ、正しく」

 

 首肯と肯定――声色は重々しい。丁寧に結った男髷と剃り残し一つとない月代。汚れも綻び一つ無い紺の小袖と灰の袴。そして、ソファの脇、肘掛けに立て掛けた一振りこそが彼の身分を証明していた。

 向かい合った男とは正反対であるということを。

 

 「この場末の、王都の裏の裏の路地の最奥のボロ屋に? そんな最重要機密を抱えて?」

 

 失笑。ほろ苦い笑みが無精髭の飾りの中に浮かべられる。

 

 「おいおい。悪い冗談だよ――騎士長殿」

 

 「見破り申したか、探偵」

 

 言葉と裏腹。月代の下に生える凛々し気な眉は揺らぎなく。眉根に動き一つ見せない。

 精悍な面立ちと言葉の迷いなさ――探偵には妙に癇に障った。それは彼、騎士長が美青年であることか、見通すのを予感……確信していたからか。

 

 「隠す気が無いだろ? アンタ」

 

 滲む怒気。

 

 「そうでござろうか?」小首を傾げる眉目秀麗「そうだよ――ほら、そのシンボル」探偵が指すのは首元。艶やかさすら覚える鎖骨の下にある銀製のペンダント。

 

 「ぬ……しまったな……」

 

 そこで漸く涼やかな様が崩れる。現れたのは渋面。発した言葉通り。刻まれているのは狼と劔。それは探偵が彼を騎士長と呼ぶのに起因していた。

 

 「後、その所作――そこらの地騎士やらにできるもんじゃない。騎士長殿は、身分の詐称には慣れていない様子だ。

 それに、そんな最重要機密知って持ち出す勇気のある奴が普通の人間なわけがねえだろ」

 

 首を取ったとばかりのしたり顔が騎士長へと向けられる。

 

 「なるほど」頷き「噂と違わぬ慧眼。御見逸れいたした」


 すっと下げられる頭。謝罪の意を示している様だ。

 

 「……噂、だと?」胡乱げに細まる瞳「直近とすれば、路地で聞き申した」


 騎士長即答。探偵の脳裏に浮かぶのはある餓鬼共+α。零れる舌打ち。菓子は抜きだな。脳内メモに書き入れておく。

 

 「菓子で一発であった」買収か。「……懐が些か寂しくなり申したが」


 向けられる苦笑に、探偵、よくやったと心中ほくそ笑む。脳内メモが破り捨てられる――菓子はやろう。減給だが。

 

 「まあ、その辺りはいい。本題だが――」頬杖突けば「――ああ、いや違う」頭振って「出口はあっちだぞ」顎で指す。

 

 あからさまに嫌がっている。当たり前だ。厄ネタにも程がある。

 

 「話だけでも聴いてくれませんかな?」

 

 穏やかな口調から提案。口調と裏腹、聞かせる気は満々だった。

 

 「既にもう俺は嫌になってるよ。もうオブラートに包むことすら面倒だね」

 

 「おぶらーと?」眉顰め。探偵溜息一つ「遠回し、湾曲した――そんなところだ」

 

 「なるほど……探偵殿はやはり物知りだ」

 

 「下手糞な煽てを……無駄だぞ」

 

 爽やかな微笑みにジロリと投げつける視線。しかし、何処吹く風とばかり。梃子でも動かない――折れたのは、

 

 「……内容は兎も角、どうして俺のところに持ってきたかくらいは聴いてやろう」


 探偵の方だった。妥協案とばかりに口にする。

 

 「探偵殿のお噂はかねがね聴いておりましてな――ああ、路地の童以外にも広がっていますぞ?」

 

 と切り口軽やかに騎士長は語りだす。

 

 「例えば、組合ぎるど。あそこでも評判でしたな」


 「俺はあそこで猫と犬くらいしか探してないが」

 

 「ああ、市場でも評判であった。 ……ガラクタを言い値で買ってくれると」


 「ああ、あいつら目利きがなってねえからな」

  

 「そう、娼館。花魁方にも中々に色男だと」

 

 「……いい金鶴だからな」

 

 「おお、忘れるところだった。街の菓子屋。常連と聞いております」


 「あそこの饅頭は美味いからな」


 「おっと、そうであったか。次に買わせて頂こう」


  ――しまった。内心舌打ち。乗せられている。存外に言葉が上手い。


 「後は――」声を作る前に「……もういい」探偵の待ったを掛けるインターセプト


 「おっとそうで御座ったか?」

 

 「ああ、もういい……」深く溜息。「聴いてやるから話せ。取り敢えず、何があったかを詳細に」

 

 「おお、有り難い」爽やかに笑えば「では失礼して――」言の葉は紡がれる。

 

 

 

 ++++

 

 

 

 全長五メートル。幅は二メートルに満たないほど。白銀色の金属板モノリスはある日、とあるよく晴れた日、銀彗星が如く、はるか天空彼方より飛来したという。

 衝撃は凄まじかったと古代の民は遺しているし、今でもそれを感じ取ることは出来た。垂直に降ってきた金属板モノリスは山々を砕き、大地を裂けば、谷間を作って渓谷としたらしい。暫し、金属板モノリスの纏った熱は焦土を作り、引き連れてきた放射能は生態系を無残とした様。

 

 金属板モノリスが冷めきり、汚染感知妖具フェアリカウンターががりがりと唸らなくなる頃――決して短くない時間の経過した頃。

 

 世界の支配者たる生物達が幾らか居なくなり、世代が変わった頃。

 

 人類種と魔種。起源を分かち、世界を二分した知性体間にて大きな戦争が起こった。

 人魔戦争と呼ばれることになる一大戦争の幕開けだった。

 魔界。人界の反対に位置する人類種の絶対生存不可領域。そこより攻め入ってきた人ならざる者らとの戦争は、長きに渡り、ついに泥沼へ突入していた。

 そんな時、人は金属板モノリスに出会った。魔法を拒む、恐ろしく強固な金属塊。幾人もの有能な鍛冶師を犠牲にして、金属板モノリスから削り出されたものこそが、かの劔。

 唯一無二の秘剣。通称――聖剣。

 聖剣は、空から降ってきた一枚の金属板から削り出された。

 

 それが分水嶺。魔種を駆逐することとなる究極と言える一手だったのだ。

 

 こうして聖剣に選ばれし者、勇者が生まれる事となった。魔種は王である魔王を討たれて、敗走を取らざる得なかった。

 

 ――こうして、戦争は漸くその幕を下ろすこととなる。

 

 勇者は・・・聖剣の下を去り、王都が王城の敷地北部を覆い尽くす広大なる森林に、その奥に聖剣は腰を落ち着かせることとなった。

 

 そして、此度――。

 

 「忽然と姿を消してしまいまして」

 

 困ったような声が探偵の耳朶を揺らせば、返しとばかりに騎士長へ呆れた視線を向ける。

 

 「執れる奴が現れた、それだけだろう」

 

 「まあ、順当に考えればそうで御座ろうなあ」

 

 うむと頷く騎士長。二人して同意見であるらしい。

 ――聖剣というものは強大な暴力を所持者に与える代わりに、執る者を選ぶ。執って、選ばれれば最後、勇者に成らざる得ない。

 勇者と成れば、前述の通り、力を約束される。力の引き換えは、勇者の称号と役目。

 自動的に現出するのが、対応存在カウンター

 初代より幾らかの勇者が選出されたが――それだけは必ず、何らかの形で出現した。

 魔王と呼ばれる、魔種の王だ。通常種とは及びもつかない程に強大な力を持ち、数多の魔法を操るという。

 それこそが聖剣の仕手、勇者の敵対者だった。

 だからこそ、常に勇者とは人界側で、人と共に在り、皆一様に何らかの形で王都の管理下に居たのだが……此度は、まあ、そういうことで。

 

 「しかし、まあ」困ったような笑み。お手上げとばかり「実際、姿を消してしまいまして」

 

 それこそ煙が如く。と付け加える。

 

 「何時の事だ? 俺の耳はその類の話は聞いていない――王城管轄であるのもあるが、人の口に戸は立てられない」

 

 「一週間ほど前。忽然と―― 一応の箝口令もありまするから」

 

 「何かしらの異変は? 警備も居ただろう?」

 

 矢継ぎ早の質問。探偵と名乗るに相応しく、呼ばれるのにも納得を覚えるその様は堂に入っていた。

 答える騎士長もやはり名に偽り無しとばかりに速度を保ち、答える。

 

 「当時の記録、警備への詰問は行ったが皆目検討付かぬばかり。魔具や類はあの森――聖気が濃い場所では機能しない故、記録一つもとることは叶わず……」

 

 「ふむ……一応、聞いておくが」一拍、「星見リーディングは?」

 

  星読みと呼ばれるある種の運命の読み手が居る。星の流れ、動きからあらゆる森羅万象を読み出す職――高い適正が必要なため、極わずかにしか存在しないが、王都には有数の実力者も居るだろうし、王家直属も要るだろう。

 そのレベルと成ればほぼ予言に近しい。彼らが読めば見つからない筈もない。


 「聖剣の周りの出来事を詠むと大概――ああ、これは此処だけの話にしておいて頂けないで御座ろうか?」

 

 「今更」呆れ顔「お前が来たことすら他に漏らす気はない――このボロ屋はなんだかんだ気に入っている」

 

 「有り難い」微笑み――即座と打ち消せば、真顔に声を潜め「……狂うのですよ」

 

 「狂う?」探偵が眉を顰めて、鸚鵡返し「星を見て、か?」

 

 「左様」深刻な表情。「どうやら、あれは徹底して自意識や関わる者を探られるのが嫌いらしく……」

 

 「いやそうとしか思えないのだが……兎も角、原因不明であるが、視れば狂うのが星見の間広がってましてな。

 お陰様で、誰も見ようとせんのです」


 「仕事柄。ある程度、その辺の知識も仕入れるようにはしているが……」興味深げに「初耳だな」

 

 「なにやら、エロイムエッサイムだとかイアイア!だとか叫んであらゆる体液を垂れ流して発狂するとか」

 

 「ほう……そそるな」

 

 此処で初めて、探偵の瞳に色一つ。知的好奇心を擽られた少年めいた輝きがあった。かとすればやや視線を下に向け、半握りの、あまった人指し指と親指を唇にあてがって考え込む。

 ぶつぶつと独り言――少しの間の後。


 「少し、面白くなってきた」口端を持ち上げて「……よし、続けてくれ」

 

 「それは依頼を受けてくださると?」

 

 「まだ、依頼内容は聞いていないぞ」

 

 探偵は、皮肉げに言葉を返す。

 

 「分かりきったことを言わせるお方でありますな……」

 

 困ったような肩竦め。「仕方なし」と騎士長は言葉を作る。

 

 「拙者からの依頼は、件の聖剣がどの様に盗まれたのか――その見地を伺いたい」

 

 「……解決はいいのか?」純粋な疑問に「そこまでやって頂ければ嬉しいのですが……如何でしょう」

 

 「報酬次第ではあるが、今の所、どれだけ貰ってもそういう気にはならん。面白げな題材ではあるが……」

 

 言い淀む。言って良いものか。この男はそれほどに信用たるのか。割合、饒舌になってしまっていた。きっと、最初の一言が切っ掛けだ。探偵は思う。灰がかりの脳細胞ニューロンが駆動する。

 

 「何か、問題が?」向けられる器量良しを前に駆動は差し止め「……取り敢えずだ」言葉と共に斬り捨てる。

 

 どうにも内を伺い知れない。そも、騎士長を名乗るほどだ。当たり前かもしれない。

 

 「その分は働いてやろう」すいと指を立てて「報酬は貰うがな」

 

 「無論。これでも騎士の長を名乗っております故。無報酬等と無体なことはしませぬ」

 

 「……まあ、」ソファから腰を上げると「んなことしたらもう……アレだ、アレだぞ」

 

 「急に語彙が即死なされたな……」

 

 「物書きじゃねえんだから、いいだろ」面倒くさ気に口元を歪め「長くなるだろうか。珈琲淹れてくる」

 

 「あ、お砂糖とミルクを」背中にかかる声「……餓鬼に感謝しておくんだな」

 

 足を止めた探偵は首だけ回してそう言った。

 

 

 

 ++++

 

 

 

 「時に、聖剣の戦いというものを見たことは御座ろうか?」

 

 「……最新鋭でも大体、十年前だったか。その頃もしがない探偵だったよ。俺ァ」

 

 啜る。ちょっとした小休憩コーヒーブレイク。湯気立つ白磁器のカップへ口付けて、やわらに視線をテーブルに。簡素な青銅ランタンライトフェアリーが照らすそこには、継ぎの珈琲サーバーと白磁器のソーサー二つ、後はミルクと砂糖に茶請けとばかりの菓子が幾らか。

 菓子についてだが、探偵が用意したものではない。騎士長の懐から出てきたものだ。クッキーやらなんやら。西方由来の菓子。保存性に優れた包装プラスチックケース。持参した紙袋に入っていたものらしい。なるほど、手土産。

 

 「しっかりしてる……箱入りではないか」珈琲の合間に呟き「何か?」包装を破いた騎士長の声。

 

 「何も」探偵は頭を振って、また唇を湿らせ、「何故そんなことを?」問う。

 

 全くもって、至極当然の疑問――その返しは率直な答えではなかった。

 

 「聖剣の戦いというのは、実に実に持ち主の気性を反映するらしく」かつりとソーサーが鳴る「それは、壮絶であった」

 

 「…………あの戦場に、居たのか」

 

 言葉の出は遅かった。探偵の差す戦場とは――第二十四期聖征。聖剣の担い手、勇者出現を起因とする、魔界侵攻。名目は領土、人界の開放。しかし、実情は、正しく侵略戦争である。

 正義は人にのみに在り。魔種の根絶を唱えた王家の執念。蹂躙の過去を忘れず引き継がれてきた血脈が成し得たものだった。

 して、聖剣の役目は今も昔も変わらず。戦端を切り開き、戦果を以て兵を鼓舞する。ただ、それだけ。

 実に華々しい役目だ。戦場でそれは信仰され、時に神とさえ評される。現れれば数多の屍を積み上げて、勝利を確約した――聖剣は、人界の象徴シンボルに相応しく在った。

 

 「ええ無論、あの頃はまだこの称号は持っていなかったもので……」昔日を慮り伏せられる瞳「……色々と、見てまいった」

 

 つまるところ。人界軍にとって聖剣とは最大にして最高の戦力であるのと同時に、剣の齎されない場所はただの戦場だ。

 一騎当千の聖剣であれど、仕手は一人の勇者のみ。戦場とは一つであって一つではない。

 彼は、聖剣の殺戮と聖剣無き戦場を見たのだ。聖征の戦場とは常に地獄である。人と人の戦場にはあって然るべき不問律等、魔種相手には何も成さない――なにせ、生存競争である。

 殺戮に、陵辱に、破壊に、何の躊躇いを憶えようか。

 ――そういう地獄だった。

 

 「まあ、何。依頼を紐解く為の共通認識の一つとでもしてもらえばいいかと――あれは戦場を一振りと一人で書き換えるとの様に」

 「……下手人の精神性を信じるしか無いな」

 

 「ええ全く……」

 

 互いに肩を竦めるなり珈琲を含むなりして同意を示した。

 ――っと、待て待て。探偵は会話の中に一つ、違和感を見出したらしい。疑問符を浮かべれば、即座と言葉に変わる。

 

 「十年前の勇者はどうなった。当時の新聞やらには魔王と相打ったとか引退したとか書いてあった気がするが」

 

 「今は……」やや逡巡。しかし、すぐに口は開かれて「……聖剣の中に居られる」

 

 「中……?」眉を顰めて「比喩か?」

 

 探偵に、騎士長は慇懃と首を横に振り。

 

 「いえ。文字通り中に――聖剣の仕手、担い手たる勇者の末路は常に一つ。魔王を討伐し、聖剣に呑み干されるのが定めで御座る」

 

 「――――なんだ、それでは」

 

 言葉に詰まる。そう、それでは、聖剣とは…………。

 

 「うむ、思われている通り」真剣な双眸「生きているようではないか、と。ええ、意思有りても剣である筈なのに。生き物が如くされては、そう形容するしかありませぬよな。面妖と言わざるえない」

 

 底が見える頃合いだった。何のと問われれば、白磁器の底。珈琲も残り少ない。さて、新たに注ぐかと保温器上に置いた珈琲サーバーへ探偵が手を伸ばす。

 

 「……少し、纏めてみるか」

 

 新たな湯気が昇るカップに落とした視線を上げれば、探偵は言葉を切り出す。

 

 「聖剣は確かに盗まれたのだな? あの森林結界から、取り囲む警備達をすり抜けて、誰とも知られず」

 

 「然り」頷き「違いありませぬ。忽然と、煙が如しに」

 

 「更に聖剣とは選ばれた者にしか引き抜けず、振るう事は叶わない。そして、聖剣とはある種の生物である――これらも?」

 

 「全く。何一つ、相違ありません」

 

 再び頷く。認識の相違は無いようだ。此処までの話の中の、聖剣そのものについて視点を絞ったまとめ。

 

 「では、それを以て」

 

 カップをソーサーに戻して、開いた包装からクッキーを半身出し、一口で頬張る――嚥下。

 

 「推理の時間としよう」

 

 空の包装を、丸めて傍の塵箱に投げ入れる。命中。虚ろな箱の底に転がり落ちる音がした。

 

 「いよいよであるか」

 

 期待げな面持ちが臆面もなく、騎士長に現れる。

 

 「ああ、」その整った面立ちを見やり「推理というほど、大層なものでは無いがな」

 

 「ほう?」言葉に、騎士長の眼が細まって「して、それはどういうことで」

 

 「何、最初から答えなど出ている。

 ――あの剣は、剣が望んだ者にしか持てない。望む者だけでは成り立たない。両者の意思の合一等求めず、ただ一方的な片側からの要請を以て完結するもの。そう、お前は言った」

 

 故と、繋ぐ。

 

 「それが真実ならば、答えは一つ――選ばれ手が現れた」

 

 返りはない。ただ、探偵の言葉は暗がりの隅々まで響いていた。誰も彼もが静謐に耳を傾けている。まあ、彼しか居ないが。

 

 「ならば森林結界等無意味。それに準じて、只人の警備等無意味。そうだろう?」

 

 「……まあ、そうで御座ろうなぁ」

 

 次は、返しがあった。当然至極とばかりな声色。斜めったスプーンから粒細やかな砂糖がさらさらと液面に消えていく。

 

 「拙者の答えも、誰も彼もがそれにしか至りませぬ。どうしても、答えは直結して完結する……無意味な問答なのかも知れませんなぁ……全く」

 

 騎士長から零れ出た諦観の言葉は、闇に溶けるよう。

 

 「――だが、まあ」

 

 紫煙が穏やかな灯に照らされた。すんと騎士長の鼻先に特徴的な臭気。元は探偵。巻煙草が右の指二本の合間に烟っていた。

 新たな光が闇に灯っていた。微かで、頼り無くとも確かに。

 

 「犯人には見当がついた」

 

 吐き出された紫煙と共に、驚愕足りうる言葉はこの世に意味もって現れ出た。

 

 「真か……!」

 

 「ああ」言葉尻まで染め上げる喜色に頷きを見せて「思えば、ごく簡単な話だった」

 

 ソファに腰を深く沈めるように姿勢を変えれば、咥えた巻煙草を離して、天上に吸った紫煙を吐き出す。

 

 「なあ、その首飾り。何で出来ている?」

 

 「…………ただの銀細工――「ではない」――むう……」

 

 口を噤んだ騎士長は、子供じみた悪戯っぽい笑みを浮かべる。精悍な面立ちでありながらも、嫌に似合うのは整った風貌の成せる技だろうか。

 

 「バレ申したか」

 

 「バレるも何もだな……」嘆息「これでも目利きはある方だ――言った筈。それは銀に非ず、白銀プラチナでも非ず。新発見の金属、そんなものをそんな所に使うわけがない。他の合金等でも銀やそれに近い色は出せるだろう。ああ、そうだろうさ」

 

 しかし。しかしだ。

 

 「そんなものを、騎士長が身につけるか? その紋章あかしを刻むものか? 否、ありえない。そんな見窄らしい真似をする筈がない――ならば、一つだ」

 

 結論。決め手とばかりに突き付けられた人差し指。

 

 「それは、聖剣だろう」

 

 「…………」

 

 沈黙。

 

 「―――――――――は、」

 

 後、乾いた呼気一つ。大気を揺らせば。

 

 「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッッッッッ!!!!」

 

 声高に上がる哄笑。爆笑。心の底より吹き出る嗤い。闇を打ち消す程の。確かに、動揺めいた揺らめきを雑霊ライトフェアリーが見せた。感情など無く、役割を行うだけのものだというのに。

 

 「おかしいか?」

 

 冷静な面持ちで、片眉上げて探偵は尋ねる。

 

 「――ッは、はははは……」眦に浮かべた涙を指で拭い「ああ、おかしいさ」

 

 「いや、すまない。謀っておいてこれ一言で済まされるとは思わないが……ああ、兎も角、」すっと頭下げて「すまない」

 

 「……俺は依頼を行っただけだ」頬杖ついて「要らぬ頭を下げるな――面倒くさい」

 

 一刀のもとに斬り捨てた。鮮やか。達人のそれめいた一閃である。

 

 「はは、」笑みの残滓を零し「これはまた、ご無体な」苦笑と変じた。

 

 「理由でも聞いておくか」珈琲を口元に運ぶ「こんな場末に、そんなものを引き下げてきたな」

 

 「ああ、大した事では御座らんよ」穏やかな笑み「端に、知りたかったのだ」

 

 「何を?」

 

 言って、探偵は思う。稚拙な言葉選びだったと。

 言えば、騎士長は笑みと共に言葉を放つ。

 

 「この聖剣に対する推理を聞いておきたかった――星見も魔法も、何も通じぬ聖剣。それへの見地を」

 

 「聞いて、どうだ?」

 

 「ええ、こうして分かり申した。卓越した洞察力無くしては、聖剣には至れぬと。貴方のような探偵でなくてはならないと」

 

 「……それはまた、お褒め預かり恐悦至極――とでも言っておこうか?」

 

 「いえ。必要ありませぬ」微笑「敬語など要りませぬ」

 

 「何故?」

 

 問うてばかりだと探偵は思いつつも、言葉は既に放っている。

 

 「もう、騎士長としての職務は終えております故」

 

 「辞めてから来たのか」

 

 「ええ」至極、穏やかに片手を首飾りにやって「これを賜った以上、仕手となった以上、担い手となった以上――もう騎士長で甘んじるわけには行きませぬから」

 

 「真面目かよ」ぼやけば「唯一の、取り柄で御座るから」微笑う。

 

 問答の果て――――騎士長――いや、もう違うか。聖剣の仕手、担い手、ならば呼称は一つであろう。

 勇者はソファから腰を上げた。片手に脇に立て掛けた太刀を執って。

 

 「行くのか」

 

 「うむ」涼やかな笑み「これを執ってしまった以上、」首元に有る聖剣の揺らめきを片手に収め。「やるべきことがあります」

 

 「何故、執った?」

 

 純粋な疑問。発覚から有り続けた問。それが今、口にされた。

 

 「この剣の在り方が疑問でしてな」指の合間で弄び「どうしても承認しかねた――」瞳を哀色に染め。

 

 次に、握って。

 

 「――戦争等、理解出来なかった。何が浄化。何が開放。何が正義。どれもこれもどれもこれも」

 

 欺瞞であると、悲哀と激情が込められた言葉は吐き捨てられた。

 

 「だから、思いました。これがあれば、全てを変えられると。その鍵――あの様な戦場で拙者の様なものを生まず、作らない。そういう風にできると」

 

 「それは、俺に言っては不味いだろう」

 

 「はは、まあ確かにそうですが」微苦笑を浮かべれば、悪戯気に「しかし、探偵とは依頼主の秘密を厳守するものでは?」

 

 思わず、肩の力が抜けた。鼻から息が抜ける。気も抜けた。

 

 「……一本取られたな。ああ、うむ、ああッ――――」

 

 探偵は肩を震わせ、堪えられずに笑いは吹き出て。

 

 「クックック……そうだな。守らなくてはな」言葉に笑みを浮かべ「黙っておこう。此処も引き払おう。感謝しろ」

 

 「有り難い」にこりと立ち去る間際「ああ、報酬を置いていこう」

 

 「要らねえよ。金は要るだろう? 勇者様よ」

 

 差し出された封筒。探偵は言葉と共に受け取って差し返す。

 

 「要るとも。しかしこれは、迷惑料で御座る」

 

 けれど、言葉の通り、勇者の右掌は受け取らない。すれば探偵は肩を竦めて。

 

 「じゃあ、受け取っておこう」

 

 「助かり申す」

 

 そう、互い互いの笑み浮かべ交わして――――部屋には一人が残った。

 

 「さてはて」冷めきった珈琲で喉を潤し「どうなることやら」呟けば。

 

 探偵の言葉を合図にしてかの如く、|雑霊ライトフェアリーは今生最期と激しく舞い――虚空に消え失せた。

 闇が深く帳を下ろす。真実を覆い隠すように…………。

 

 

 

 

 +++

 

 

 

 

 統合歴1年

 

 人と魔の道が合わさった記念すべき日である。

 切っ掛けは一重に、あの聖剣であろう。人も魔も一切合切斬り捨てる、刃の担い手の出現こそが彼らに手を結ばせたといっても過言ではない。

 戦場に血肉の塵を降らせ、何もかもを殺戮したそれは稀代の殺戮者であるのは間違いようがない。

 ある意味、彼が居なくては世界に平和がなかったかも知れない。

 故か、世界を相手に剣を振るった何かを信仰するものは一部には存在する。極一部で、極秘に。

 遺憾ながら筆者もその一人だろう。信仰と程にはいかないが――ああ、思い出せば本当に馬鹿な男だった。馬鹿でどうしようもない……(ここから先はインクが滲み読み取れない)。

 

 

 ――――書き掛けの日誌から抜粋。所有者不明。探偵と呼ばれた発見家屋在住の人類種の男性だと推測。

   

 ――――聖剣事変最重要人物として当日誌の筆者、及び探偵の捕縛を本官は要請する。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

聖剣盗難事件 来栖 @kururus994

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ