僕から贈る宝物
はこをの
僕から贈る宝物
「わぁーっ、なにあれなにあれ!?」
こはんの近くを歩いている道中、サーバルちゃんは突然に、驚きながらもキラキラした瞳でそう言った。
サーバルちゃんの指の先を見ると、そこには大きな橋が架かっていた。
「わぁ……!」
その橋はいくつもの色が重なっているけど透明で、後ろにある雲と山をうっすらと透かしている。
「アレハ、虹ダネ」
僕の右腕にいるラッキーさんが声を出した。どうやらあの橋は虹と言うらしい。
「空気中ノ水滴ガ光ヲ分散サセルコトデ七色ニナルンダ。虹ノ中心ニナル対日点ガ地平線ヨリモ下ニアルカラ、半円形ノ橋ミタイニ見エルンダヨ」
ラッキーさんは虹について、たぶん噛み砕いて説明してくれている。けど、それでもその内容は少し難しい。
「へー、よくわかんないけどすごいね!」
やっぱりサーバルちゃんもわからないみたいだ。
「そうだね。あれって下の方はどうなってるんだろう?」
「虹ヲミル人ガ動クト、虹自体モ動クカラ虹ノ下ニハイケナインダヨ」
「へぇー……」
なんでかはよくわからないけど、虹の下に行くことはできないらしい。
でも、とラッキーさんは続けてこう言った。
「昔ノヒトハ、虹ノ根本ニハ宝物ガアルト考エタミタイダネ」
「宝物かぁ……。なんだか楽しそうだね!」
サーバルちゃんの目はより一層輝く。その瞳は虹にも負けないくらい綺麗だ。
「かばんちゃん! にじの根本、行ってみようよ!」
「え、でもラッキーさんは行けないって……」
「行ってみないとわかんないよ! それに、もし行けなくてもきっと楽しいことがあるよ!」
理由はわからないけど、サーバルちゃんが言うと本当に行ける気がしてくる。本当に宝物が見つかる気がしてくる。
「……うん、行ってみようか!」
少し俯いてから、僕は行くと答える。考えるふりはしたけど、僕の心に迷いはなかった。
「よーし! いくよー!」
「あっ、待ってよー!」
サーバルちゃんは走り出す。ゆっくりと、僕でも追いつけるくらいのスピードで。
僕たちは虹の根本を目指して走った。どのくらい走ったかはわからない。けど、僕は疲れなかった。
いや、疲れてるけど、疲れたとは思わなかったんだと思う。
そうして走っている内に、僕たちはいつの間にか小高い山の上にいた。
「うーん……。にじ、近づいてこないねー」
「そうだね、やっぱりラッキーさんの言う通りだったのかな?」
サーバルちゃんの顔には少しの寂しさが浮かんでいる。そんな顔を見ると、なんだか僕も悲しくなってくる。
サーバルちゃんの寂しい気持ちに同調するかのように虹は薄れ、空は夕焼けのオレンジから暗い青色へと移っていく。
「うぅ……。ごめんねかばんちゃん、せっかくついてきてくれたのに……」
「ううん、大丈夫。サーバルちゃんと一緒にいられて僕はすごく楽しかったよ!」
サーバルちゃんの悲しい顔は見たくないから、僕は必死で励ます。それでも、サーバルちゃんの気持ちは晴れないようだった。
「ありがとね、かばんちゃん……」
僕の言葉を聞いて無理をしていると思ったのか、サーバルちゃんは余計に落ち込んでしまった。
僕はサーバルちゃんを元気付ける言葉が出せず、サーバルちゃんも俯いて喋らない。気まずい沈黙が流れる。
「カバン、今日ハシシ座流星群ガヨクミエルヨ」
ラッキーさんがそんな気まずい空気を打ち破った。
「しし座、流星群?」
「流星ッテイウ、尾ヲ引イテ消エル星ガタクサンミラレルンダ。トテモキレイナンダヨ」
悲しそうだったサーバルちゃんの表情が少し明るくなった。
「そ、それってここでも見れるの?」
「あ、そうだ。山の上まで来ちゃいましたけど……」
「モチロン。高イトコロノ方ガ障害物ガ少ナイカラヨクミエルンダ」
「だって。サーバルちゃん」
それを聞くと、悲しそうなサーバルちゃんはもうすっかりいなくなり、その顔には安心感と嬉しさが溢れていた。それを見て、僕も嬉しくなる。
「流星群ガ現レルマデニハマダ少シ時間ガアルカラ、ユックリ休ムトイイヨ」
「はい、わかりました……」
ラッキーさんの言葉を聞いて、僕の身体はドッと重くなる。
もともと早寝早起きの生活だけど、今日はいつもよりたくさん歩いたから余計に眠い。
流星群が見られるまで、起きてなきゃ、いけないのに……。
「あっ、かばんちゃん!」
――僕は目を開けた。空にはキラキラした星が溢れている。
流星らしき星は見えない。もしかして、流星群はもう終わっちゃったんだろうか。僕は不安になりながら身体を起こす。
「あ、かばんちゃん、起きた?」
そんな不安を打ち消すように、穏やかで優しいサーバルちゃんの声が聞こえてきた。
顔を左に向けると、サーバルちゃんは微笑みながら立っていた。
「りゅーせーぐん? を見るときに一緒に食べようと思って、じゃぱりまん持ってきたんだ」
どこから持ってきたのか分からないけど、サーバルちゃんの手にはじゃぱりまんの袋が2個握られていた。
「そうなんだ。ありがとう」
流星群はまだ始まっていないようで、不安だった僕の胸はスッと楽になった。
「あ、でもごめんね。僕、手伝わずに寝ちゃってた」
「かばんちゃんは疲れてたんだから仕方ないよ。それに、わたし夜行性だし!」
そう言って、サーバルちゃんは右手のじゃぱりまんを左手に移し親指を立てる。
サーバルちゃんは優しいな。夜行性とはいえ、最近は僕と一緒に寝てくれてたし、いっぱい歩いて疲れてるはずなのに。
「もっと休んでていいよ? りゅーせーぐんが始まったら起こしてあげるから!」
「ううん。僕は大丈夫だから、サーバルちゃんも休んだ方がいいよ」
僕が休んでばかりじゃサーバルちゃんに悪い。僕はサーバルちゃんみたいにじゃぱりまんは取ってこれないから、その代わりにサーバルちゃんを休ませてあげよう。
「そう? じゃあそうしようかな!」
サーバルちゃんはやっぱり疲れていたのか、じゃぱりまんを足元に置くと、僕の太ももに頭を乗せて寝転んだ。
「えへへ、やっぱりかばんちゃんのあしは柔らかいね」
今までも何度かこうして太ももを枕に寝ることがあったけど、その度にサーバルちゃんは柔らかいと褒めてくれた。
「あっ、流れ星だ!」
寝転んでから休む間も無く、サーバルちゃんは素早く起き上がり、夜空を指さした。
「消えちゃった……」
あっという間に消えた流れ星に、サーバルちゃんはしょんぼりとした声を出す。
「流星群ガ始マッタミタイダネ」
「えっ? どういうこと?」
サーバルちゃんはポカンとした顔でラッキーさんを見つめる。どうやら、"流星"と"流れ星"が違うものだと思っていたらしい。
ラッキーさんはさっき流星について説明したけど、サーバルちゃんはどういうものか想像できなかったようだ。
「サーバルちゃん、たぶん流星群っていうのは流れ星がたくさん流れることを言うんだよ」
「そうなの!?」
サーバルちゃんは僕の言葉を聞くと頭をグイッと上に向けた。それにつられて僕も一緒に空を見上げる。
すると、一筋の光が現れた。
「あっ、また出たよ! かばんちゃん、見た!?」
「うん! 綺麗だねぇ」
こんなやり取りを何回か繰り返した。しばらくすると、流れ星は次から次へとたくさん現れるようになった。
空に何本もの明るい筋が現れ、そして消える。ラッキーさんの言っていた通り、すごく綺麗だ。
「なにこれなにこれ!? すっごーい!」
サーバルちゃんも初めて見る壮観な光景に大きく目を見開いている。
「コレハ、流星雨ダネ」
「えっ? 流星群じゃないんですか?」
「流星群ノ一種ダケド、特ニ流星ノ数ガ多イモノヲソウ呼ブンダ。流星ノ雨ッテ書クンダヨ」
流星の雨、そう、まさしくそれは雨のようだった。
「流星雨ガ起キルノハトテモ珍シクテ、百年ニ一度シカ見ラレナイトモイワレテイルンダ」
そうか、今僕たちが見てるのはそんなに珍しい光景なんだ。それを、この三人で見られるなんて、なんて幸せなんだろう。
「あっ、そうだかばんちゃん、お願い事しよ!」
空に見とれていたサーバルちゃんが、ハッと我に返った様子でそんなことを言いだした。
「お願い事?」
「うん、ハカセたちに聞いたんだ。流れ星が消えちゃう前にお願いを言い切ると、そのお願いが叶うんだって!」
へえ。なんだか面白いな。
お願いかぁ。僕のお願いなんて一つしかない。でも、言葉にするのはちょっぴり恥ずかしいな。
「かばんちゃんと……。かばんちゃんが、ずっと元気でいられますように!」
夜空を仰いだサーバルちゃんは、両手を組んでそうお願いした。
サーバルちゃんは自分のことより僕のことをお願いしてくれるんだ。それに比べて、僕は自分勝手だなあ。
「かばんちゃんは? お願いある?」
「うん……。そうだなあ」
僕はまた考えるふりをする。けど、やっぱり僕のお願いはこれだけだ。
「サーバルちゃんとずっと一緒にいられますように!!」
気持ちが入りすぎて、ちょっと大きな声になってしまった。他のフレンズさんに聞かれてないかな。なんだか急に顔が熱くなる。
「かばん、ちゃん……!」
僕のお願いを聞くと、サーバルちゃんの顔が赤くなり、目はうるうるとしてきた。もしかして、迷惑だったかな。どうしよう、僕、嫌われちゃったかな。
「わ、わたしも、かばんぢゃんと、いっしょに、いたいよ……!」
予想していなかった反応に、僕は戸惑う。いつものサーバルちゃんなら、きっとその言葉を笑顔で明るく言ってくれるはずだ。
「そ、そうなんだ。どうして泣いてるの?」
「だって、だってぇ……!」
「……あ」
そうだ、僕はもうすぐサーバルちゃんとお別れしなきゃいけないんだ。
船をプレゼントされたのがつい一昨日のことだから、実感が沸いてなかったけど、もう、会えなくなっちゃうんだ。
「ずっと、いっしょに……っ、いられるといいね」
ダメだ、サーバルちゃんが泣いてるから、せめて僕が笑ってあげないといけないのに。我慢できない。
「うんっ、ずっと、ずーっと、一緒に、いようね!」
サーバルちゃんは僕を強く抱きしめる。サーバルちゃんの身体はとても暖かい。触れ合っている顔と身体から、不規則にビクッという振動が伝わってくる。
「……サーバルちゃん、今日は、このまま一緒に寝ようか」
「うん」
僕はなんて幸せなんだろう。こんなに僕のことを好きになってくれる子と出会えるなんて。
でも、もうすぐお別れなんだ。その時に、僕がずっと泣いてたらサーバルちゃんもつらいだろうな。
そうだ、お別れする前に何かプレゼントしよう。そうすれば、どこにいても僕たちは一緒だ。
——翌朝、僕は目が覚めた。
僕の腕に頭を乗せて、サーバルちゃんはまだ眠っている。目の周りは赤いけど、その顔は幸せそうだ。
僕は、プレゼントについて色々考えた。そして決めた。僕はサーバルちゃんに歌をプレゼントする。
物を作るのは簡単だけど、それじゃ無くしてしまうかもしれないし、いつか壊れてしまう。でも、歌ならそんなことはない、歌ならいつでも思い出せる。
だから、僕は歌を作る。眠る前に、歌詞もメロディもだいたい決めた。
僕たちはどこにいても繋がってる。だから一人じゃない。そんな気持ちを込めて作った曲だ。
タイトルは"きみのままで"。僕がいなくなっても、いつもの元気なきみのままでいてくれるように。
そんな、願いを込めて。
僕から贈る宝物 はこをの @Takumi_555
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