第2話 僕たちはどこへ征くのか。
その図鑑には文字ではなく、様々な草花の図解が載っていた。当時の僕は見覚えのある花の挿絵を見つけては鼻を当て、本に染み付いたインクのニオイをしきりに嗅いでいたのを覚えている。これはニンゲンが名前でモノを区別するように、僕らはニオイでモノを区別するやり方をしていたからだ。
当時の僕はあの花の挿絵を本物の花だと思っていたので、何度嗅いでもインクの匂いがするあれが不思議でたまらなかった。
母は「分からないものは分かるまで噛み付けばいい」と僕にアドバイスをしたが、そんなアドバイスが何の役にも立たない事くらい君たちもご存知だろう。…かく言う僕は言われた通り素直に図鑑を噛んでしまったが。
…結局、図鑑を噛んでも何も解決しないと分かった僕は代わりに蒸したイモに噛み付くことにした。論点から完全に逸れていると君たちは思うかもしれないが、その頃の僕にとって『知識欲』は『食欲』に劣るものでしか無かった。
意外に思われるかもしれないが、当時の僕たちはニンゲンの遺した道具で肉を焼いたりイモを蒸したり、いわゆる料理の真似事をする時もあった。僕たちにとって『火』の存在はまたよく分からない『眩しい牙で噛み付いてくる奴』だったので、それを扱えるのは群れで最も偉大な獣将『デスペラード』と、その家族に限定されていた。もちろん僕自身も獣将の子供だったので、火の作り方とか噛み付かれたときに転がりまわる方法だとか、おしっこで殺す方法を教えられた。(僕はメスなので兄のように上手くは出来なかったが。)
そんなある日、僕は父の親戚の弔いに同行する機会があった。これも意外に思うかも知れないが、僕たちには仲間が死んだ時にその遺体が荒らされないよう火葬する決まりがある。僕たちシャプマロクの毛皮が君たちニンゲンの世界で途方もない価値で取引されているのもこれが原因だ。
…燃え上がる仲間の遺体からはすごいニオイがした。それは僕の書き記したこの備忘録のように、この獣が一生のうちに成し遂げたあらゆる物事の情報が蓄積されたニオイだった。
炎に包まれる仲間の遺体から目を逸らした僕は、「どうして僕たちは死ぬ(光/息を失う)のか?」と父に訪ねた。すると父は、「お前は賢将のようなことを聞くな。」と僕を褒めてくれた。
賢将『リアース』。僕の父──獣将デスペラードと対等の地位を持つ四魔将の一匹だ。魔族随一の賢者と謂れ、ニンゲン界では「ディブ・ゲザン」の異名の方が良く知られているかもしれない。僕たちが火を扱い、仲間を弔うようになったのも彼の入れ知恵だと父は教えてくれた。
とにかくすごい賢い魔物で、すごい長生きで、僕達の知らない色々なものを知っている。…当時の僕が会ってみたいと思うのも、何ら不自然なことではなかった。
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