だからお前は交尾が出来ない。

築山きうきう

第1話 遠い未来のあなたへ。

 まず初めに、この本の一見セクシャルな題名に関心を抱いた君たちへあらかじめ断っておく。著者の僕が性行為やセックスと言った表現を用いずにあえて「交尾」と表現したのは、僕たちの性に対する考え方が君たちとはだいぶ異なるからだ。

 僕たちにとっての性は、君たちが考えるほど複雑で難しいものではない。それは単純で粗雑で、高度な文明を持つ君たちからすればまさに野蛮な行為だろう。


「だからお前は交尾が出来ない。」─この台詞は繁殖期を過ぎてもつがいの作れない僕へ兄弟の一匹が言い放った言葉だ。正確には言葉ではなく、仕草を交えた僕ら独自の言語なので、これは僕なりの意訳である事も断っておく。


 どうして僕に交尾が出来ないのか。それ本の題名を読んだ君たちが一番気にしている部分だと思うし、僕にとっても僕らしさを確立するいい表現だと気に入っている。別に僕がブサイクだとか出来ない身体だとかそういうオチではない。繁殖期の僕はそれなりに異性から好かれていたし、両思いで仲の良い幼馴染もいた。それでも僕が交尾をしなかったのは、僕がニンゲンの本を読み漁り、ニンゲンの言葉を覚え、まるでニンゲンのように備忘録を書き残す類稀な変獣だからだ。


 僕はニンゲン達が大昔に放棄した古城に住むシャプマロク獣人の群れ、アマレルガルド地方のモンスターを統べる獣将「デスペラード」の三匹兄弟の末っ子として生まれた。

 僕らに誕生日を数える風習はないし、生まれた子供に名前をつける文化もない。親は僕らを名前ではなくニオイで覚えてくれたし、群れの仲間も昔からずっとそのようにしていた。

 もちろん僕ら三兄弟にもちゃんとした個別のニオイがあるのだが、ニオイというものは名前と違って文字にするのはなかなか難しい。だから僕はこの備忘録で自分のニオイの事を「デスデモール」と表現するようにした。同じように長男のニオイは「デスペリウム」次男のニオイは「デスクレイド」としておく。


 僕の一族は先代の頃からアマレルガルドに踏み入るニンゲンを片っ端から襲っては食料やら様々な武器を奪い、その武器でニンゲン達をばっさばっさと薙ぎ払ってきたので、古城にはそれはもう大量の戦利品が山のように転がっていた。父はそういった戦利品の中から安全そうなものをおもちゃとして僕らに与えていたので、見たことも嗅いだこともない新しいおもちゃを受け取ったときはすごく嬉しかったのを今でも覚えている。

 長男のデスペリウムは父と同じ剣を欲しがっていたし、次男のデスクレイドとはよくおもちゃの取り合いをした。僕は昔から喧嘩に弱かったので、しょっちゅうお気に入りのおもちゃを奪われては余り物ばかりを押し付けられていた。


 こんな事を本に書くと本の神様に怒られてしまいそうだが、たとえば本とかを見つけた時はそれをビリビリに破いて遊んだ。僕ら獣人にとって本は昔からそういうものだった。

 古城の地下には大図書館があって、そこにもホコリを被ったままの本が誰にも手入れされないまま大量に放置されていた。当時の僕は本を破くのが堪らなく好きだったので、次男のデスクレイドと一緒に手頃な本を見つけては交互に破く遊びをしていた。手の震えを必死で抑え、こうして紙に文字を書き起こしている今になって思えば、下手な金銀財宝よりも高価な──写本ではない貴重な本の数々を駄目にしてしまうあの遊びはまさに鬼畜の所業だったと心から猛省せざるを得ない。


 そんな僕が本破りをやめ、獣の前足で文字を書き殴るような変獣に至るまでのきっかけを与えてくれたのは他でもないある一冊の素晴らしい植物図鑑だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る