杏の実
フランク大宰
第1話
君はよく機械にも関わらず、庭の木に実がなると、随分とはしゃいだものだ。
家事を完璧にこなし近所付き合いも、程々に上手くやる。料理を作れば、世界から飲食店がなくなるのではと思ったよ。
色もよく分からない君が、野菜や果物、肉に魚を調理するのは、目の見えないブルースのギターリストのようで、不思議で神秘的に見えた。
そう、忘れていた、君には味覚もなかったね、それでよく、まー上手いこと料理をしたものだ。
それに感情もないのに僕や家族に優しくしてくれた。親父はロボットは”人工の偽善者”だと言っていたけれど、馬鹿だよ、だって君は機械なんだから、偽善もしなければ猜疑心も持っていなかった。それに親父だって機械と変わらない、毎日働き金を懐にいれて、生活はその懐をまさぐる。そして死ぬ間際には意識もなく、チューブが身体中に刺さっていた。ああなればロボットよりも価値がない、死んだらスクラップ工場行きだ。
彼が灰になる瞬間、誰も泣かなかった、
誰もがテンプレート"御愁傷様です"を繰り返し僕に言ったよ、まるでそれは時報の録音のようだった、僕も同じさテンプレート"よくお越しくださいました"を繰り返していただけだ。
君は45度のお辞儀のまま家の玄関先に立ちっぱなしだった。正直僕は君を健気だと思ったよ、挨拶仕返す他の奴等には良いことは何も感じなかったね、まるで自動車工場の生産ラインを眺めているようだった。
で、本題だけど、君は坊さんが失われた言葉で戯言を吐いているとき、突然、庭の木に実がなったと騒ぎだしたね、年より連中が君を取り押さえようとしたけれど、鈍った体では機械の君をどうすることもできなかった。だから仕方なく僕が君の乳房にある停止装置を押したんだ、そして君は僕にもたれ掛かるようにして倒れた、その後、老人達が君を押し入れに閉じ込めたよ。
ある老婆が言っていた「だから後妻にロボットなんて貰うべきじゃなかったんだ」ってね。
でも、僕はスッキリしたよ君が葬式を滅茶苦茶にしてくれてさ、うんざりしてたんだ、腐ったオイルを吐き出すロボット達には。それに君はプログラム通りに行動しただけだ、僕の本当の母親もあの木に実がなると喜んだらしいから。
それから、しばらくして君は回収されてしまったね、電源を切られてトラックの荷台に雑に投げられた君を見て、僕は久し振りに泣いた。親父が死んだときも、お袋が死んだときも僕は泣かなかったのにね。
あれから何年もたち、何人の知り合いが
死んだか分からないけど、あのときほど泣いたこともなく思う。
今、僕は昔の親父のように身体中にチューブが刺さっている、意識も虚ろだ。病院のベットにいるのに、まるでスクラップ工場のレーンに乗っている気分だ。
鋭い鉛の斧をもった巨大なロボットがもう少しで僕の首を切り裂くだろう、恐怖はあるさ、でも仕方ない人間の決まり事であって、人生への懺悔なのだから。
にしても不思議だ、今は燃えてなくなった家のあの庭の木になっていた実が何だったのか思い出せない、君は知っていて喜んでいたのかい?それとも、それも仕事だったのかい?
でも、なんでも構わないよ、それは大したことじゃないんだ、ただ思うのは君の痛みは何だかのプロセスで僕に繋がっているということ、そして今、恐らく僕の痛みを君も感じているはずだ。
そうでなければ、”生”は余りにも無意味だ。
杏の実 フランク大宰 @frankdazai1995
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