長男の見た目が失格

新巻へもん

メルキトの子

 アムダリヤ川から吹き寄せる風がゲルに吹き付けている。砂漠と違って荒れ狂う猛々しさはない。風音は誰かが近づいて来る気配も伝えていた。チャガタイの視線はゲルの入口の布をかきあげて入って来るムゲの姿をとらえた。


「で、あやつは何と言っておる」

 ムゲは膝を折り、チャガタイに礼をすると報告をした。

「今少し、降伏を待つとのことでした」

「たわけがっ!」


 チャガタイは手にしていた杯を放り投げる。杯はゲルの端まで飛んでいき壺に当たって砕けた。

「この期に及んで何を逡巡しておるのだ。ウルゲンチのやつばらなど我が隊だけでも蹂躙できる。城内に乱入して目にもの見せてくれるわ。お前もあの男に我が意を伝えたのであろうな?」


 ムゲは平伏し答える。

「はっ。ジョチ様にはしかとお伝えいたしましたが……」

「こんな都市ひとつ落とすのに時間をかけていては父上に笑われてしまう。あの臆病者がどう思われようとしったことではないが、このわしまで同類の無能者と思われては敵わん」


 チャガタイは傍らに控えるムンガバイを振り返って言った。

「父上が誰を後継者に指名するか、こたびの戦いぶりで決めるつもりであるとの噂は真か?」

「なにぶん大ハーンのお心の内はそれがしには計りかねます。噂は噂でしかありませんが、功績を上げられておいてご不快にはなられないでしょう」


「まあ、父上はわしか、オゴディを選ぶであろうな」

「お言葉ではありますが、ジョチ様はご長子。ジャカ・ジャンボ様の子を妃に迎えられております。ジョチ様を選ばれることも……」


 激高するかと思われたチャガタイは意外にもフンと鼻で笑うにとどめた。

「あやつは父上の子ではない。メルキトの子じゃ。顔を見ればよう分かる。父上やわしら兄弟とも似ても似つかぬ顔をしておるわ」

 チャガタイは、長男は見た目だけで失格と言わんばかりだった。


「そうじゃ。あのようなメルキトの腰抜けに任せてはおけん。ここは我らだけでも城を強襲するといたそう」

 チャガタイは立ち上がるとゲルを出て行き指示を出し始める。

「あやつの鼻をあかしてやるわ。わしも陣頭に立つぞ」


「お待ちください。ジョチ様の指示に背かれては後々面倒なことになりますぞ」

「なに。城を落とせば問題ない。わしの下知に従え」


 その日のチャガタイの抜け駆けはウルゲンチ側の必死の防戦により失敗に終わる。このことが決定的になって兄弟の仲は最悪となった。その結果として戦線の協調がうまくいかなくなり、二人ともチンギス・ハーンの不興をかうことになる。


 後にモンゴル帝国の後継者にオゴディが指名される遠因ともなったとされる一幕だった。


 


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