第6話 秘密
あの山の上の店。
もう二度と行かれないかもしれない。
が、それでもいいと思った。
しかし、思えばあの店には他に客が一人もいなかった。
それにしても店員の話は本当だったのだろうか。彼のお父さんのお話も。
僕は考えた。
、、、。
仮に自分の仮説が正しければ、あのとき自分には命の危険があったのかもしれない。
打ち上げでは若い社員が誰も参加せず、編成局長と二人だけ、山の中の誰も知らない店に行き、そこで中毒性のあるあやしい白い粉をかけた料理を食べさせられた。
局長は僕をホテルまで送り届ける予定はなく、そもそも出かけた痕跡をすべて消した上で、ホテルのベッドの上でひっそりと死を迎えさせる予定だったとか。
背中がゾっとした。
もしかして、局長には僕を殺したい理由があったのか。
そうだとすると、まさに僕は注文の多い料理店の来客になってしまうところだったのか。
思えばあの局長はいつもすり寄ってきていたが、それを無下にしてビジネスライクに断ったこともしばしばあった。例のアニメ化の件で瀬戸際に立っていた局長のことを、知らず知らずに追い詰めてしまっていた可能性も否定できなかった。
僕は千代田線に乗り表参道の駅で降りると、良く行く深夜までやっているカフェに入った。
時間は、もう夜の11時を回っていた。
地下の席に案内されると、僕はカフェオレを注文した。
タバコに火をつけながら、もう一度考えを整理することにした。
「そうか。」
僕はフーっと息を吐いた。
やっと、ようやく。
料理を探す旅に、僕は幻想を抱いていたことに気付いた。
それは、普段の生活の中にある心の彩として、ただ単に形のない「カッコよさ」に気を良くしていただけだったのだ。ただの時間つぶしでしかなかったのだ。
名前を思い出せない、記憶に残ったビンテージワインを探すか時のように。
それだけを文字にすると恰好よいが、実際その行動自体には空虚しかない。
「そいういうことか、、、。」
僕は小さくつぶやいた。
料理は人を温かくし、冷たくもする。
ときにやさしく、恐ろしくもある。
人の舌に記憶、においの記憶、ある意味それは郷愁感を創出する力を持つことを実感した。でもそれは、何か別な「化学的」な力による演出なのかもしれない。
あの店員ももしかすると、お母さんの粉など関係なく例の白い粉を混ぜて、僕はその中毒になっていただけなのかもしれない。
何気なくスマートフォンでニュースを見ると、山口の山奥で逮捕者が出たと社会面にベタ記事を見つけた。
幻覚作用を持たせる植物を育てていたということで、60代男性が検挙されたという内容だった。
その植物はロッジの裏で密かに栽培されていたのだという。
一番の問題は、そこで栽培したものが全国で売りさばかれて、収益が町議会の福利厚生に利用されている疑いがあることだった。
逮捕者の名前は布施でもなく、高田でもなかった。
なるほど、ね。
でも、あれとこれは関係がないはず。
いや、関係はあるのかもしれない。
でも僕はあの西日暮里の店員、いや布施シェフの息子の言葉を信じたいと思った。
白い粉なんて関係ない。
きっと、お父さんは、息子や妻に対する愛情という魔法の粉を持っていたからこそ、あの味を再現できたはずなんだと。
僕は、そっとグラスをテーブルの上に置いた。
魔法の粉 usagi @unop7035
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