メイラス=シールド(一)

「失礼します」

と言ってメイラス=シールドは豪華な棚や机といった部屋に足を運んだ。

彼女の紫色をした髪はショートいうにはあまりにも短くとても女の髪型ではなかった。

目の瞳は真珠のような白い瞳。

軍服のような白い服を着ておりその軍服覆う大きい胸の膨らみは彼女が女だと一眼でわかる理由だ。

そして外見から言って、何を考えているのかさっぱりわからない機械的で冷徹な印象を醸し出す。

「よく来てくれたのだ 」

と言ってアイソーポス=ヘラクレナーー アンデルセン=ヘラクレナの父に当たる彼はソファに仰々しく座っていた。

髪の毛の色は黒であり、悪人顔の目の瞳は赤い。

体躯としては太っていて、大柄で熊のような見た目だった。

「座りたまえ」

アイソーポスが言うと、メイラスは一礼をしてからソファに座る。

「それで、今日は何のご用件で? 」

メイラスが言ったあと、じいじが紅茶をテーブルの上に置き、それをアイソーポスは手に取ると、口に入れた。

「久しぶりだな、メイラス、まさか少ししてる間に男爵の地位から大公まで上り詰めているとは思わなかったぞ 」

「ええ、色々ありましたから、それで要件は?」

「明日、賊がこの屋敷を襲うらしいのでな。 貴公にはここの護衛をしてもらいたいのだ」

「御言葉ですが、アイソーポス大公。私はあなたの娘にあたるアンデルセン=ヘラクレナと敵対勢力にあたる訳なのですが、そのような者に恩を売ってもよろしいのでしょうか? 」

「恩を売る? 誰がかね、もしかして、私が貴公にかね? 」

「はい、その通りですが」

「今回、襲ってくるのは白仮面の一味らしいぞ 」

その言葉を言ったあと、紅茶に伸ばしかけていた手が止まった。

「貴公には因縁のある賊ではないか? 」

「ええ、まあ、そうですが」

メイラスは右手を強く握っていたが、彼女自身、そのことには気付いていないようだ 。

「ふん、そう怖い顔するな、メイラス大公」

はっと気づいたらしく表情が元に戻る。

「申し訳ございません、お見苦しいところをお見せしました」

と一礼する。

「まあ、そのような顔をするのも仕方あるまい。 なにせ、人生のほとんどを貴公は彼奴に奪われたようなものだからな 」

紅茶を一口飲んだあと、落ち着かせたかのように話を戻す。

「なるほど、だから私は恩を売る側だと? 」

「まあ、そうであるのだね」

メイラスは少し間を空け、考えたあと、

「わかりました、出来るだけの尽力をさせてもらいます」

「そうかそうか、良い返事を聞けたな。 話は以上だ」

アイソーポスはその大きいな体でソファから立ち上がり、のそりのそりと扉の近くまで歩いていた時、

「そういえば、私もあなたに話がありました」

アイソーポスは止まると、後ろを振り返って怪訝そうに言うのだ。

「何かね? 」

「あなたの娘さんのことです」



はあ、眠い。そんな風なことを思いながら目を覚まそうとする。

今日もアンデル嬢に蹴り飛ばされて起きるのか。はあ、この暮らしにも慣れないと体が持たない。

あれ? 体が動かねえ、ていうかこの感触なんだこれ? 縄? なんで、縄なんだ?まさか…縛られてる? まさかそんな展開あり得るわけ…そして、目を覚ますと、灰色の天井が俺を出迎えた。

はい?

思考が止まる。

状況の把握が出来ない。

なんで? あれ? 俺ってどこかの盗賊に攫われた? まさかのあの一団に。

可能性はある。情報をばらしたんだ報復として俺を捕まえても…

「起きたのだねー? 」

と言ってきたのは、

「お…嬢様? 」

まさかの言ってきたのはアンデル嬢だった。

しかもよく見てみると俺って裸だ。

何か石台のような場所に寝かせられ四肢を縄で縛られて俺は大の字に固定されていた。

なんだ…? これは何かの冗談か?

「お嬢様? あのう、俺に被虐趣味はないんで、やめてもらってもいいですか? 」

しかし、アンデルセン嬢は無視して宝箱のようなものから何かを漁っている。

「確かにお嬢様にこんな趣味があるとは思いませんでしたが、まさか…俺ですか? 頼みますから他の人にしてください。 お願いです! ほらじいじがいたでしょ!じいじが!」

そして、無視を続けているアンデル嬢が取り出したのは、ギザギザのついたノコギリのような刃物だった。

おいおい! SMプレイで使うような代物じゃねえぞ! それ! ていうか、拷問だって使われないんじゃ、

「カミカジ」

「はい? なんでしょう? 」

俺は表情の見えないアンデル嬢に恐る恐る答えた。

「少し話をしないかねー? 」








「なんだね? アンデルセンのことなのかね? それならいくらでも話してやるとも。まずは何から話せばいいか? そうだな、まずは…」

と言い、ソファに座ってから嬉しそうに話したが、

「娘さんのこと、お好きなんですね? 」

とメイラスは冷徹に言う。

「ああ、私の自慢の娘だ! 」

「あらあら? 何の話をしているのですかー? 」

と声をかけたのはアイソーポスの妻であるアストリッド=ヘラクレナだ。

アストリッドは豊満な胸を持ち、とても微笑ましく優しい顔していた。

長い髪の色は明るい緑色をしており、瞳の色は湖畔をイメージさせる水色だった。

「ああ、アストリッド、ちょうどアンデルセンのことで話してたとこだよ」

とアイソーポスが言うと、

「あらあらそうなんですかー、なら私も混ぜてくださいなー 」

と言って、仰々しく座っているアイソーポスの隣に座る。

「さて、話を戻しましょうか」

「ああ、いいとも」

と言ったあとに、眼帯をしたメイド服の女性が紅茶を置いたのをメイラスは目を細めて見て

「アンデルセン=ヘラクレナ大公の直属している兵士が訓練の度に一人居なくなっているようです」

とメイラスは睨みを効かけて聞いた。

「そのどこが不自然なのだ? 訓練の厳しさのあまりに人が死ぬというのはよくある話だろう? 」

「ええ、そうですね、ですが、毎回一人死人が出るというのはいささか奇怪な話だとは思いませんか? 」

「そんな不思議な話ですかー? よくある話ではなくてー? 」

「それではもう一つ質問いいでしょうか? 」

「なぜこの屋敷には、体のどこか一部を必ず欠損した執事たちがいるのでしょうか? 」

「我の館ではな、兵士として居られなくなった哀れな者たちを執事として雇っているのだ」

「目の一つ失ったくらいでですか? 」

「メイラス大公、目の一つを馬鹿してはいけない、視界が半分消えるということはそれだけ隙が生まれるものだ」

「先程、アイソーポス大公は兵士として居られなくなった者たちと言いましたが今日の昼ごろ、両手両足、どこにも欠損が見当たらない執事を見かけたのですが? 」

「なんだね?いけないのかね? 普通の人を雇っては?まるでいけないみたいな言い振りだな? 」

とアイソーポスが言ったあとにメイラスはため息をついては懐からある紙を出した。

「これ、何か? わかりますか? 」

メイラスという女性は見ての通りプライドが高い。

この方法は取りたくなかっただろう。

何せこれを使ってしまえば相手は隠し事は出来ないが、それは自分の実力の無さを認めるようなものだから。

「…」

「王女殿下からの命令、ですが? 背くつもりでしょうか? 」

「…」

「それならば然るべき処分受けてもらうことになりますよ 」

するとアイソーポスは肩の力を抜いてソファに寄っかかり嘆息をした。

「そうか、これは参ったな」

「観念しましたか? 」

「ああ、したとも」

アイソーポスは話したくないのか嘆息した。

「葉巻を吸ってもいいかね?」

「どうぞお構いなく」

アイソーポスはメイドに葉巻を持ってこせると、葉巻に火をつけ煙を吸っては吐いていた。

部屋に葉巻の煙が充満するとアイソーポスは何とも名状しがたい悲しいそうな目をしながら切り出したのだ。

「それでは話そうか。 我が自慢の娘の唯一にして狂おしいほどの欠点を」





「我は幼少の頃から読書が好きなのだ」

とアンデル嬢は切り出した。

「ジャンルはなんでもいいのだー。小説でも随筆でも評論でも。 まあ、つまりは濫読派。 文字を読むと言う行為が出来れば、何でも良かったのだー」

アンデル嬢はそう言って地面から数センチほど高い所に座り俺を見て、俺はかろうじて首をアンデル嬢の方に向け見下ろすことができた。

「いつも父上の書斎の中に忍び込んでは怒られたのだー。

それからして、今から三年前だろうか。私がこの本と出会ったのは」

と言ってお嬢は自分の左腕を眺めた。

俺はお嬢の話を黙って聞いていたのは、今彼女の話に首を突っ込んではいけないという恐怖心と、何を話そうとしているのだろうという興味からだった。ざっと割合としては恐怖7割興味3割と言ったところだろう。

「カミカジ、キコウは魔導書というものを知っているかねー? 」

俺は「知らないです」と答えた。

当然だ。この世界の事情など微塵もわからない。

それに魔導書って言われて、思いつくのはグリモアっていう言葉くらいだ。

「魔導書とは魔力を内蔵させた本のことだー。作られたのは一千年前だと言われていて、兵器として作られたものや単純に本として作られたものがあり、威力としては、弱いものでも一部隊なら容易に殲滅することが出来る最強の兵器。しかしながら、これは五年前までははっきり言って使い物にならなかったのだー」

すると、アンデルセン嬢は俺の顔をじっと見つめては俺の心を勝手に暗示しては、

「何故かってー?あまりにも詠唱時間が長過ぎるのだー。短いもので二日、長いもので一週間かかるのだよー。 だから、使えるのは速読の出来るものだけに限られたのだー。そのデメリットを除けば、魔導書は最強の兵器なのだー。

そして、研究者たちは考えたのだー。如何にしてそのデメリット面を無くすかねー」

つまり魔導書とは、ものすごい力を持った兵器だけど、詠唱に時間がかかり過ぎて使い物にならなかったらしい。

「そして、五年前、その革新的な技術が生まれたのだー。腕に魔導書を埋め込むというなー」

「はい? 」

腕に魔導書を埋め込む? どういうことだ? 俺は困惑した。 いまいち想像が出来ない。

「なんなのだー? その、まるで口に指を入れられたような顔はー?

まあいい、わからないのなら教えてやるのだー。まあ、こういうのを魔導書と言うのだー」

と言うと、アンデルセン嬢は左手を構えて言う。

「『白骨。それは人の生き様。

それを見れば、その者がどのように生き、どのように死んだかがわかる。 彼らの生き様が、滑稽であろうと名誉であろうと、それは人の生きた証。だから私は、道端に白骨があったとしても、嗤わない』」

そんな風に言ったあと彼女の左腕の肘から先が白い光沢を帯びた白骨となった。

悪いがこれは比喩ではない。

見たものをあるがままに話している。

「これが魔導書なのだー」

彼女は自慢するように白骨の手をガチャガチャと動かしながら俺に向けてくる。

「良いものだろう? 良い者だろう?ああ、我はこれが出ているときはとても愉快なのだあ!」

どうやら物凄く高ぶってらっしゃるようで、その奇怪な腕を胸に当てながらスキップするなり踊るなり。

「はあ、とてもいい気分なのだあ、ああ、ずっとこのままでいたいのだあ! このまま本に溺れ息が出来ないぐらいに溺れてそのまま溺死したいのだあ! 」

今のアンデル嬢が平生のものではないことは、彼女の黒い瞳を帯びた目が極限まで開いていたこたからわかる。

心臓の鼓動が急に速くなってきた。俺は落ち着こうと深呼吸をしようとすると、

「まあ、まあ、そう怯えるでないのだあ! なあに、すぐ終わるのだあ! 」

と言ってアンデル嬢は置いていたノコギリを持って近づいてくる。

心臓の鼓動がもっと速くなる。

「…」

緊張し過ぎて声が出ない。

「まるで、何をするんですか?と言いたそうだなー。カミカジ? 」

アンデル嬢は俺の顔を覗き込むように俺の顔を見る。

「なあに、簡単なのだー、キコウの耳を一つばかし貰えればいいのだー 」

最悪だ。 なんとなくわかってはいたが認めたくはなかった。それを持ち出し時から、お遊びの類ではなく、切り取られるか、殺されるかその二択だと思っていたが、どちらにしても最悪だ。

「なん…でそんなことするんですか? 」

「なんでえ? ああ、そう言えば言いそびれていたのだあ」

そのデカブツを肩に乗せながら言ったあと、

「我はなー。 数年前くらいからなー。本を書いているのだー 。

題名は『肉体の美』人間の肉体の美を綴ったものだあ! はあぁっ! これを完成させたいのだあ!より整然と!より美しく!より華麗にいぃぃぃい!! 」

そのあと、アンデルセン嬢は大きく息を吐いた。

「そのせいか、やはり完成度を高めようと、つい生贄にこだわり入れてしまって困るのだあ! 」

いけにえ… まさか! いや、考えたくない、違うと信じたい、しかし、

「まさか…その生贄に俺を…」

「その通り!!! よく気づいたなー!! カミカジィィィイ!! 」

俺は引き笑いをした後、

「てっことは…執事やメイドの体の一部が無いのも…? 」

すると、彼女はびっくりした顔をすると、高笑いし始め、

「随分、感が良いなあー、カミカジ、 わかっていたのかねー? 」

「まあ…ね 」

嘘だ。 ただ思いついたことを何となくいってみただけで、何もわかっていなかった。 最初からなんかおかしいと思ったんだ。 くそ、なんでこうなるだぞ! くそっ!!

「さあ、満足したかねえ? 安心したまえぇ?すぐ終わるのだあ? 」

心臓の鼓動が速くなる。 嫌だ、嫌だ!! 俺は、ただ平和な異世界ライフを楽しみたいだけなのに…

「そんな顔をするなあ!カミカジィ! 良い気分にならないだろうがあ!

自分がどんな顔をしているかわからないし、それに自由に変えられるとは思えない。

「おかしいのだー! 普通みんな笑顔でお願いしますって言うのにー ! 」

多分、俺の顔を変わっていないのだろう。 その証拠にアンデル嬢はため息を吐いたからだ。

「まあ…すぐ終わるのだー、たかが耳取られるぐらいで…そんなに怖がらなくていいのになのだあ」

そう言ってアンデル嬢はそののこぎりのようなもので俺の耳を削り取ろうとする。

ああ、なんで俺、異世界に来たんだろ…

何度でも言ってやるが、俺はただ…ただ平和な異世界ライフしたいだけなんだ。

なんか適当な冒険職について捕獲でも討伐でもいいから冒険して、でも俺一人じゃなくて、隣には可愛い子がいたりして…ただそれだけだったのに。

そう思っていると、目蓋から男として流したくないものが溢れそうになってくる。

悔恨と懺悔を通り越してもう絶望だった。

自分と関係なく時間というものは残酷に動き出し、アンデル嬢は上から下に切ろうとしていた。

頼む…頼むから…

「誰か…助…けて 」

アンデル嬢の持った絶望は俺の生きたいという希望を打ち砕いた

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