10ページ 片腕の執事

「どうだーこの広さは良いものだろー? 」

と少女は広々とした白を基調とした部屋の中で腕を大きく天に掲げて言った。

「はあ…そうですね 」

俺が呆れているのはここに来るまでに「これは良いだろー? 」 「あれは素晴らしいだろー? 」と散々自慢されたからで、今もそれは続いており、この宮廷にある全ての部屋を回らせるつもりらしい。

「そういえばキコウ、名をなんと言ったかなー? 」

少女は掲げたまま、唐突に振り返って言った。

今更自己紹介かよと呆れて疲れがどっと出て、この世界名前事情なんて一切知らない俺は、

「ええと、カミカジ ギンです 」

俺は猫背になりながら答える。

「なんとっ! キコウ貴族だったのかねー? 」

と瞳孔を大きくしながら言う。

「え? どういうことですか? 」

俺はは猫背にしたまま、目を点にした。

「うん? 知らないのかねー? 名字を持つのは貴族階級の人間だけだー 」

と言った(ジョジョ立ちのようなポーズをしているようだが言及しないものとする)。

「あ、そうなんですね、ええと、それじゃあ今のは違って俺の名前は… 」

俺はあたふたしながら、自分の名前を考えた。

ええと、ギンは… 著作権的に良くないから。

ギンさん、ギンちゃん、ギン ーー これぐらい言ったらもうお分かりだろう、というか察してほしい。

「カミカジです」

「ということは、キコウは平民、ということで良いのだねー 」

カミカジは疑わしそうに目を細める少女を見ながら、見た目、悟られないように内心ビクビクしていた。

「まあ、良いのだねー さあ、もっと見るのだねー 」

少女はドアを指差し、向かいながら歩いてい

のを後ろでホッとしつつも、まだやんのかよ 。

そのあと、物置き部屋からありとあらゆる部屋を見せられ、

「これで全部だなー 」

やっと、終わったと俺は息を吐いた。

自分でもびっくりするぐらい体力的には疲れていないのだが、メンタル的に疲れた。

「後のことはじーじに聞いてくれー」

じーじは黒子のごとく現れたと思ったら、一切のブレのない整然としたお辞儀をする(ただし、笑顔)。

驚き感心しつつも、執事も楽じゃねえなと俺はこれから自分もこれをすることに心配になっていた。

「あ、そういえば、我の名を言っていなかったなー」

少女は後ろを向いたまま言ったあと、振り向いて、

「我の名はアンデルセン=ヘラクレナだー 」

とアンデルセン嬢は相変わらず堂々と言った。





食事の準備から何から何まで笑顔でじーじに教えられ、クタクタになり、執事の姿のまま、俺はベッドに寝転がっていた。

気づけば時計の針が12時を過ぎていることがわかった。この世界にはどうやら60進法とかの天文学はきちんとあるようで、まだ手動のネジ巻き式時計だが、しっかりとあるようだ。

風呂に入るか。

そう思い、花柄の金刺繍の入った豪勢な紅のカーペットが敷かれた廊下を走っていった。






というわけで、今はカミカジは白を基調とした大浴場のお湯に浸かり、ゆったりと今までの疲れを癒していた。

散々自慢されたせいかこの宮廷で迷うことはなく、じーじに教えてくれたときに「お嬢様は聡明なお方だ」と言っていたのがなんとなくわかり感謝していた。

つーか、さっきから思ってたことが一つある。

この宮廷、白が多い。

どこもかしこも白、廊下も部屋もベットもクローゼットも白、白、白っ!! 白が多すぎてもうゲジュタルト崩壊しそうなんだが…このまま白いものを見てたら死ぬんじゃねえか?と思ったがそんなことはないと我に帰る。

「はぁ、気持ちいい」

俺は首の付け根ぐらいまで体を沈めた。

そうか俺すげえな…以外と早いもんだよなー。落第生、ホームレスときてまさかの執事。

いやー、やっぱり異世界はいいぜ、前の世界なんて何から何まで理不尽だもんな……ん?あれ?何が理不尽なんだっけ?ていうか俺はなんで受験に失敗したんだっけ? それにどんな高校受けようとしたのかもわかんねえ。

あれ、思い出せない…

しかも、思い出そうとするとノイズが頭の中を駆け巡り、頭を金槌で打たれるような鈍痛が響く。

「俺は一体ーー」

この感覚はあの時と一緒だ。あの笑顔の店主の偽善の固まりと触れた時と同じ、このなんとも名状しがたい胸の真ん中がぽっかりと穴が空いてる感じ。

「なんなんだ…」

「何がなのだー? 」

声を聞いた先にはーー

「え、ええええっ?! お嬢様っ!! なぜこのような場所にっ!?」

そこには浅葱色ショートの女の子が、全裸でこちらを向いてカミカジの右隣に入浴を楽しんでいた。すべすべしている肌と慎ましい胸が露わになり、目線を少女から移し俺は急いで距離を取る。

女性の裸とか初めてだからどんな反応すればいいか分からん。

「我は風呂を二度入らないと気が済まないのだー」

俺は体ごとアンデルセンとは反対方向に向ける。

あれは思春期の俺には刺激が強すぎるのだ。

「つーか、いつからそこにいたんですか」

カミカジはかろうじて冷静を取り戻したようにみせた。 内心は心臓ばくばく、下心ありあり。

「『俺は一体なんなんだ…』のところらへんだー」

俺は一体なんなんだ…のところは俺に似せたらしい。

何か人から真似をされると、やはりイライラする。

「それよりもカミカジ、体はまだ洗っていないのだろう〜? 我自ら洗ってみせようかね〜?」

水の音がした。アンデル嬢が少し近づいたのだろう。

そんなことをしたら、俺の首から上がなくなるだろうが。大胆なのはわかったから少しは自分の立場をわかってくれ。

「いや、遠慮します。 それにもう俺も洗ったので出ますね」

そう言って俺はお湯の中から出る。

「そう言わないでもう少し入っていくのだっ!! その疲れた体でもほぐしてやろうかー?」

はあ、めんどくせえ。

「いや、いいですよ。 なぜそこまでして俺に? 」

「裸の付き合いというやつだよ、さあっ!! 親睦を深めようではないかね〜? 」

「遠慮しときますっ!! 」

俺はドアを強く閉めた。

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