挿話 独占欲と復讐心

コン、コン、コンーーー

と単調な音が一定のリズムで聞こえているようだ。

その音源は純白に金刺繍が施された青年の靴と床が接触する音だということが理解できた。

青年が歩いている左右には黒の鉄格子があり、天井には光る小枝がぶら下がっており、そのおかげか暗くはなさそうだ。

ここは城の地下牢。

本来、犯罪者を捕らえるためのものらしいだが、禁書(パンドラ)の影響でその檻の中は当然誰も入っていない。人が少ないためかその音がよく響く。

「ギャアアアアアアア、アアアア」

この通り、断末魔の叫びもよく響くようだ。

進めば進むほどその断末魔の叫びは大きくなっていくらしいが青年は無表情だった。

コン、コン、コン。

接触する音が止み、断末魔の叫びも止んだようで、代わりに咳き込む音とハアハアと喘ぐ声が聞こえているようだ。

「ソフィア=アーマメントいるか? 」

白い軍服のようなものを身に纏う金髪の青年は目の前にいる同じく金髪の少女に話しかけているようで、青年の口調は冷徹という言葉がお似合いだ。

「はい、何でしょう? シュベルト義兄様」

黒い薔薇の刺繍の入ったドレスを着た長い金髪の少女は赤黒く染まったペンチのようなものを持っていた。

身長は日本人の女性の標準ぐらいの高さ、所謂、低くもないし高くもない。

「貴様に用があってきた。 その前に一つ質問いいか? 」

「はい、何なりと 」

とソフィアという少女は子供が見せる無垢な笑顔を見せながら言った。

「貴様、何をしている? 」

「拷問ですが? 何か? 」

黒い布で目隠しをされた一人の男が金属製の椅子に座っており、その椅子には動けないように鉄の錠で固定されていた。

男の爪はいくつか剥がされ、その指は赤く腫れ、血が滴り、生々しい絵図になっていた。

男はただ喘ぎ声を上げることしか出来ないようだ。

「ずいぶんとこれまた物好きだな」

それを見てもシュベルトは表情を一切変えず、口調も変わらない冷徹なままだ。

「いや〜それほどでも〜」

「褒めたつもりはないが」

さっきからツッコミどころ満載というのに、やっとツッコミをしたシュベルト君。

「だいたい、貴様には禁書(パンドラ)があるのだろう? なぜ使わないのだ? そちらの方が拷問などせずとも迅速に情報を得られると言うのに」

するとソフィアは口元に人差し指を付け、何かを呟くように口元を動かしたようだ。

それを感じ取ったらしいシュベルトは目を細めてその少女を見ていた。

「それではつまらないではありませんか? 」

ソフィアは街の人たちが見せた笑顔とはまた違う笑顔をシュベルトに見せたようだ。

よく言えば子供が悪戯を企むときの笑顔であり、悪く言えば狂人特有の笑顔だった。

「やはり、こんなものに頼らず自分の力で吐き出させた方が面白いではありませんか? 」

ソフィアはシュベルトに近づき、右手の手の平を見せ、上目遣いであざとく言った。

「酔狂なことこの上ないな」

それに対して、シュベルトは無表情。苦笑いしようともせず、その赤黒い刻印がつけられた右手も払いもしなかった。

ソフィアはその反応がいまいち気に入らないのか頰を膨らませていた。

「それで、お義兄様は何の御用でここに? 」

シュベルトから一旦離れた。

「この街で庶民が一般兵に捕まった。 これがどういう意味かわかるか? 」

ギロリと鋭い目がソフィアを睨んだ。

ソフィアはその目を見て少し怯えているように見え、肩がビクッと震えた気がした。

「そう、怖い顔をされなくてもよろしいのではないですか? 」

とソフィアは苦笑いをしながら言った。

「あの街の住人は一歩間違えれば、狂気に満ちた殺人になりかねない。しっかりと管理をしてもらわないと困る」

「無茶を言わないでださいよっ! 国民全員千百三十二万二千三十二人をきちんと管理するなんて無理がありますっ! 」

ソフィアは頰を膨らませた。

「それでもしてもらわなければ困る。 少しでも崩れた場合、反乱を起こしかねないのだぞ」

「そんな、無茶なことを…まあ、いいです。 それでその方はどこに? 」

ソフィアはげんなりしているようでそのあとシュベルトに首を傾げながら聞いた。

「今、来る、 少し待ってろ 」




ソフィアとシュベルトは隣の檻に移動したようで、捕まった男を見る。

その男は歯茎を見せ、笑顔だった。

「そういえば気になることがもう一つあった」

「なんです? 」

「貴様のドレスはなぜ黒なのだ? 我が国のドレスは白を基調とするもののはずだが」

中心に本を描き、十士族と呼ばれる王直属の貴族を象徴とする武器を円のごとく描き、全体を白で塗る斬新な国旗から言うように清廉潔白を表す白を、この国の王も貴族も大好きなようだ。

「ああ、これですか? 」

ソフィアはドレスのスカート持ち上げ、ドレスがシュベルトに見やすいように見せていた。

「ええと、白だと血が目立つのとこの色はジュルドさんと同じなので…」

ソフィアは表情を赤らめていた。

「ふん、愛というやつか、 私には理解出来ない代物だよ」

シュベルトは相変わらずの冷徹さ、はっきり言って同じ星の下で生まれたとは思えない。

「それはいいとしてあれですか? 」

ソフィアは横にいるシュベルトを目線を向けながら、男を人差し指でさすと、シュベルトは「そうだ」と頷いた。

ソフィアは右腕に目線を向けたと思ったら、右拳を握り、握った同時に右手を開くと、たちまち肌色の腕が赤黒へと変色する。

その腕は人間の腕などではなく、太古に滅んだとされる魔族特有の禍々しい腕にそっくりだった。

「ほお、詠唱しないとはさすがだな」

シュベルトは感心したらしく、表情はあまり変わらないが、感嘆はしているように見えた。

「何を言ってるんですか? あなたは」

ソフィアのはっきりとしていた目は今や鋭い目に変わり、その目でシュベルトを睨んでいるようだ。

「下級貴族どもはスタンダードを重視するあまり、元来のやり方を忘れているようですが、詠唱なんて本来する必要などないんですよ? これがなぜ腕につけられたのかご存知ですか? 」

さっきとは全く別物で嘲笑いつつも蔑んだ言い方をする。

さっきはあんなにも純粋そうだったのに…ショボーン。

「魔導書のデメリットである詠唱時間を削るために、わざわざ魔導書を腕の神経回路直接繋ぐことでできる所業。それを知らないとは、お義兄様も不勉強ですよ」

ソフィアは散々に言っても、シュベルトは何も言わなかった。

これは魔導書を腕に埋め込むという技術らしい。

魔導書は威力は魔法を遥かに上回るらしいのだが、そこに書いてある長ったらしい文を最低どんな本でも1日以上は読まなければ発動できない上、本を開きながら持っていなければ発動しないらしい。

あまり近接向きではない魔導士(リィダー)はほとんどが後方支援を任されていたようだが、ある時からその技術が生まれ、魔導士(リィダー)は戦いの前線へ任されるようになり、国のシンボルまでに上り詰めたのがこのグリモア王国の現状だ。

ソフィアは「ふん」と嘲笑ったように言ったあと男の方に歩いていていると、何もない床の上で詰ま付き転んだ。

赤面する少女ソフィアはシュベルトとの様子を伺いように彼の顔を見ると

「いいから行け」

と無表情で言われてしまった。

さらに顔を赤らめ、切歯扼腕するソフィアは「わかっています…」

と言いシュベルトに手を貸してもらうこともなく自分で立ち上がり、男の方へ歩いていく。

「何をするつもりなんですか〜」

空気と言うもの知らない男は自分が今何をされるかもわからなかった。

ソフィアは懐からナイフを取り出すと男の右腕を横に傷をつけた。

傷口から流れ出る赤黒い血。 それは腕を伝って石版に流れていく。

それを見ても男はただ口角をさらに上げて笑い出した。その姿はもう不気味とした言いようがない。

ソフィアは目をつぶり、自分の右腕を男の傷口の上に乗せた。

「承認番号を確認。 承認番号768番ケイト、職業なし、出身地はオリン。げっ、これ結構最初の人じゃないですかっ! だいぶ放置してしまいましたね… 。それでこの人の罪状は? 」

と呟き、シュベルトに聞いた。

「今確認できてるのは殺人及び暴力だ」

「ふむふむ、あ、この人それ以外にも窃盗の禁も抜けてますね」

そこから少し間が空くと、ソフィアは再び目を開き、男の傷口から右手を離すと

「終わりましたよ」

と長い髪を後ろに払い、すげなく言った。

「貴様は本当に酔狂だな」

「さっきからお兄様、酔狂酔狂うるさいですよ」

ソフィアは不快だったようで、眉間にしわを寄せた。

まあ、当然だろう、あんなに言われたら誰だって怒る。

「これは失敬だった。 しかし、貴様には酔狂という言葉が本当に似合う。 貴様のその性格も趣味も禁書(パンドラ)の能力でさえ」

ここで初めてシュベルトは笑顔を見せた。

まるで捕まえたカブトムシを虫かごに入れたような嬉しいそうな顔だった。

「『復讐心』と『独占欲』。この二つの禁書(パンドラ)において、『復讐心』を個の絶対不条理だとすれば『独占欲』はその真逆、集の絶対不条理だ」

シュベルトはソフィアを嘲笑うがごとく、ソフィアの周りを弧を描くように歩く。

「その能力性は至って単純だ。対象者の血、名前、顔を承認出来れば、そのものを洗脳することができる」

ソフィアは何も言わなかった。

「しかし、恐ろしいのはそこではなく、洗脳出来る人間に制限などなく無限に等しい数の人間を我が物とすることができる。実に酔狂な能力だ実に面白い」

「だからなんなのです? 」

ソフィアはそれを一言で終わらせた。

「もう私の役目は終わったのでしょう? 帰らせていただきますよ」

ソフィアは檻の外へ歩き出した。

「あの街は貴様の趣味か? 」

シュベルトは姿を見ずに佇みながら、ソフィアに言った。

ソフィアの足は檻を出る少し手前で止まった。

「いいえ、あれはジュルドさんの趣味です」

「なんだと? あの愚王子のか? 」

シュベルトは驚愕を露わにした顔で振り返り、ソフィアの後ろ姿を見た。

「彼は昔、願ったそうです。オリンの街、いや、この国を笑顔でいっぱいの街にすると。さすがに、国全体は無理でしたが…」

何か懐かしそうに、また何かを嘆くようにソフィアは言った。

その願いはもっと純粋で希望に満ち溢れたもののはずだ。子供が思いつきで描くようなそんな単純な夢。

「ふん、 だからあの街の住人に何をしても幸せになるように洗脳したのか? 本当に酔狂だな」

つまり、一歩を進んでも、息を吸っても、人を助けても、殴られても、殺されても、それを幸福に感じてしまうのだ。

「それにあいつのどこがいいのだ? あんなヘタレで怠惰で下品なやつのどこが? 」

「今、なんと言いました? 」

ソフィアは踵を返し、奥が見えない深淵で虚ろな眼でシュベルトを睨んでいるようだ。

「聞こえなかったか? ヘタレで怠惰で下品で夢を語ることしか出来ない能無しと言ったのだ」

ソフィアは歯を食いしばると同時に右腕が赤黒く光り出し、黒い煙を纏わせていた。

「私の目の前でーーー

一定のリズムでドンと地響きが聞こえ、それは段々と大きくなっていた。

シュベルトはそれほど慌てはおらず、表情を変えないまま、どこから聞こえているのか分からないようで、周りを見渡す。

「私の目の前でその発言は万死に値します。来なさい、迷宮の化け物(ミノタウルス)」

「ウオオオオオオオオオオアアアアっ!!」

左の壁を突き破り、轟音と怒号とともに出てきたのは成人男性の二倍以上の背を持つ大男だった。

茶色の肌には幾千の戦士との傷がつけられていおり、血管が筋肉によって浮き上がっていた。

迷宮の化け物(ミノタウルス)はシュベルトに持っていた鉄の棍棒を振り下ろした。

巻き上がる粉塵、鉄の棍棒の金が鳴るような音が聞こえた。

「あはは、あはははははははっ!あははっ!

あははっ!ーー」

ソフィアは高笑いをする。

「すまなかった」

声が聞こえ、ソフィアは驚愕を露わにした顔を向けた。

シュベルトの身体はピンピンしていた。

それどころか、迷宮の化け物(ミノタウルス)の人間と同じぐらいの鉄の棍棒を難なく右手で掴んでいた。

鉄の棍棒には明らかに凹まされている。

「からかったつもりだったのだが…言い過ぎってしまったようだ。 許してほしい」

ソフィアはさらに食いしばった。

迷宮の化け物(ミノタウルス)がシュベルトを押しつぶそうとし、地面が凹み、シュベルトが埋まりそうになっていた。

「先程の言葉は前言撤回しよう。 頼む、迷宮の化け物(ミノタウルス)を下げてくれ」

そういってる間にもシュベルトは押しつぶされそうになっていた。

歯を食いしばっているソフィアは何を思ったのか急に歯を食いしばるのを辞め、冷静さを取り戻したらしく、

「迷宮の化け物(ミノタウルス)、下がりなさい」

と言い、言われた迷宮の化け物(ミノタウルス)は左の壁から自分の居場所へと帰っていった。

怒りを鎮めたらしいソフィアはシュベルトを見据えるようにこう言った。

「次、そのような暴言をおっしゃった場合、ジュルドさんの兄であるあなたでも、私は容赦はしませんよ」

ソフィアは檻を抜けてどこかへ歩いていった。

シュベルトは埃だらけになった白い軍服をはたいて言うことには、

「やれやれ、我が義妹は冗談が通じないようだ」

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