6ページ 白仮面の一味

俺は必死に走っていた。

「おーい、ちょっと待ってよう、ちょっとだけだからさ〜」

後ろから、血で手を濡らしている青年が来ていることなど見なくてもわかる。

ここはさっき自分が歩いていた大通りだ。

人の流れが多く、人々の隙間を掻い潜って走っている。

「まあ、楽しそうね」

笑顔でそんなことを呟いたお姉さんがいた。

他の人も同じように、ただ見ているだけで助けようともしてくれない。こっちは必死だっていうのにそれを嘲笑っていたーーーいや、違った。 嘲笑ってなどいない。周りの人間はこの状況を危機的なものと判断していないのだ。

これはただの日常の一端なのだ。

まるで二人の小さな子供が仲良く鬼ごっこしているような。

くそ、なんで俺がこんな目にっ!!

ただ自分は幸せになりたいだけなのに、なぜこんな仕打ちを受けなきゃいけないんだと。

俺にこんなことをさせた世界が腹立たしくなり、嘆き、恨んだ。

そして、自分が嫌になった。

自分で望んだことなのに、それを自分で否定している自分が馬鹿馬鹿しく思える。

バカじゃねえのと。

どうしようもなくてそれでも助けを求めてしまった自分が憎くなった。

わかっている。

この街に、この場所に助けなど求めても誰も聞いてくれる人なんて居ないなどこの状況を見れば。

わかっている。

こんな生きていても仕方がないゴキブリ並みの屑がこの世にいてはいけないなんてことなど。

死ねよ 、死ねば楽だぞ? 死んじゃえ! 死んじゃえ!

そうだ、死ねばいい。

死ぬのはいつだって簡単だ。

首吊りしたけりゃ首に縄をかければいい。

転落死したけりゃビルの屋上から足を踏み外せばいい。

窒息死したけりゃ車の中に七輪を焼いてそのまま熟睡すれば良い。

撲殺されたきゃ今この足を止めて後ろの奴を待てばいい。

そうさ、死ねばいい。死ぬのはいつだって簡単だ。でもーーやっぱり足は止まろうとはしてくれなかった。

やっぱり俺、生きたいんだ。

俺は思って自分に鼻で笑った。

何を考えてたんだろ、俺、最初から最後まで死にたいなんて思ってねえくせに。

無様でも滑稽でもゴキブリ並みでも構わない。

だから…

逃げてやるぜ!こんなやつ!

俺は後ろにいる狂気の男を見た。彼も俺と同じく、雑踏の隙間をなんとか抜けながら追いかけてきている。

このまま雑踏の中に紛れていれば追いつかれることはないと思い、足を止めずに走っていると、

「こっちに来てください」

不意に手首を掴まれ、声が聞こえた。

黒いローブを着ていてフードを被っていたため見た目はわからない。声の高さから言って女の子だろう。可憐にでありながらとても落ち着いてた。

その黒いローブは俺を路地裏に連れて行くと路地裏の入り口にまた黒いローブを被った二人が壁に身を預けて待っていた。左側に俺より一回り大きい背の人と右側に大きい背の人より一回り小さい子だった。

「ご苦労様」

女の子が通り抜けるときに右側の子は偉そうに言った。

「アルタ、あとは任せなさい」

そのときに左側の人も言った。

顔が見えたため女性だということがわかった。背の高さからどう見ても年上で、フードから大人の魅力が醸し出されていた。

「お願いします! 」

アルタは二人を通り過ぎたあとに狂気の男が追いかけてきた。

「お〜い、ちょっと待ってくーーゲホバっ!」

狂気の男は二人に足をかけられ、無様に転んだ。

「ちょっと何するんだーー」

「はいかくほー」

フードを被った男の子は転んだ男の上にのしかかる。

「ローマ、僕が抑えてるから、こいつ縛ってくれるかい? 」

「はいはい」

ローマは男を海老反りに縛りつつ、目隠しと声を出せないように目と口を黒い布で覆い隠す。

「こっちです」

フードが取られ、繊細な純白の髪が露わになり、眼帯の代わりなのか、黒布で右眼を隠すように頭を縛っていた。

俺はその純白の髪に少し間見とれていた。

これが俺と白仮面の一味との最初の出会いだった。



少しあの男から距離を遠ざけたあと少年に話しかけられた。

「大丈夫かい? 」

とフードを被った少年(少女かもしれない)はフードを外しながら声をかけた。

「あ…ありがとう」

その少年は髪の毛は赤黒い色をしているが、紫色の部分もあり、それが何重にも重なって一本の毛になっていた。顔は優しそうな顔をしていて、頰に筆で黒く縦長に塗られたような化粧をしていた。

なんかアフリカの多民族がつけそうな装飾だった。

彼は笑顔ではなかった。

それを見て俺は安堵できた。そんなの当たり前のことのはずなのに、やっとまともな人に会えたんだという気持ちでいっぱいだった。

「ふ〜ん、君はこの街の状況をきちんと把握しているようだね」

少年は俺の顔を興味深く見ていた。

「どうだい? この街は」

「どうだいって急に言われても…」

俺はしばし考える。ここに起きたことを、出来事を、惨状を。

「ここにいる人はみんな笑顔で自分の日々に文句も言わずに働いている。嘆いてたり、悲しんだりもせずに、むしろ毎日を懸命に生きようと前を向いている」

俺には絶対に出来ないことだ。受験に失敗したぐらいで異世界転生した俺にはなおさら。だからこそ俺はほんの少しだけ憧れを抱いた。あんな風に真っ直ぐに生きられた、後悔せずに生きれたらどんなにいいだろうと。

嘆きもせず、悲しみもせず、そうして死んでいったら幸せだろうなと。

「それでいてこの街は狂っている…」

確かにそんな風に生きられたら幸せだろうな。何も知らず赤ん坊のまま、純粋で悪を知らないまま死ねるのだから。

憎しみや嫉妬、 罪悪感に嫌悪。こんな感情を知らずに死ねるなんて最高だ。

しかし、それはもう人の生き方じゃない。

人のことを簡単に信じて騙されて、何も無かったように済ましてまた騙され使い回され、笑顔のまま死んでいく。

それはもう人間などではなく、それはもう道具に過ぎない。

ただ消耗品だ。

「いいね、 君」

少年は俺に小さな手の平を見せた。

「君、うちに来ないか? 」

「え、うちってどこに? 」

「え、まあ、その」

少年は気恥ずかしそうに頭をかいた。

「まあ、僕たち盗賊をやってるんだ、人は多い方がいいし、この状況をきちんと把握できてる笑顔じゃない人なら歓迎するさ」

突如の歓迎に俺は驚いていた。

それもそのはず、異世界に来てまさか盗賊団にお声がかかるとは誰が想像できよう?

彼らの目的は未知数だが、今の俺に衣食住が足りないのは見ての通り。

故に俺はその誘いを受けようと「うん、いいぜ」と言おうとしたが、

「ちょっと待ちなさい」

後ろのローマが少年の首根っこを掴み、ローマの方に引っ張った。

彼女の特徴は長髪の銀髪で顔の左側は銀髪に覆い被さっている。

「何するんだいっ! 話の途中なのにっ!」

ローマの手をはたくと彼女の顔を睨んだ。

「あんたね、 使えるかも分からないのに、誘ってどうすんの? もうこれ以上、うちは非戦闘要員は受け付けてないのよ?」

それに関して何も考えてなかったリータ君の目はローマの目を見ておらず、泳いでいた。

「え、まあ、ダメだったらアロマさんに記憶を消してもらって適当な村に置いとけばいいじゃん 」

ローマは顔を押さえ、ため息をつく。

へ? 記憶を消す?

俺は嫌な予感をしていた。

「あんたね…あれ、だいぶ非人道的よ、夜中に叫び声がしてたの聞こえなかったの? 」

非人道的っ?! 叫び声?!

俺の危険信号アラートが鳴り始めた。

「ええ、まあ、ほら一週間の軟禁だし、問題ないよ 」

「バーカっ! あれは軟禁とは言わないの、監禁よ、暗い部屋の中閉じ込めて、椅子に括り付けてガッチリ固定するあたりのどこが軟禁よっ! 」

それを聞いた瞬間上鍛冶は本能で察した。

こいつらに連れて行かれたら殺される…

俺は向く方向を180度転換、猛スピードで走った。途中、アルタが俺を掴もうと手を出し、何かを叫んだ気がしたが俺は気にせず走って行った。

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