4ページ 笑顔の店主

「おい、そこのお主」

俺が歩いていると今度はしわの出来た笑顔を持つおじいさんに声をかけられた。俺よりも背は高くなく腰を低くしていたが、杖はついていなかった。

「はい、何ですか?」

俺は立ち止まり返事をする。

「お主、変わった格好しているのう、わしにそれ、売ってくれんか?」

「え、これをですか?」

と言い、自分の服装を確認する。黒の綿製のズボンに灰色のパーカーを着て、靴はスニーカーを履いていた。とてもお洒落とは言い難い地味な服装だった。また、異世界にも不釣り合いな格好だった。

別に俺はこの服装に特別な情を抱いている訳でもなかったので、売っても良かったのだがーー

「別に売ってもいいのですが、いくらで買い取ってくれますか? 」

そう、値段だ。ぼったくりされては困るのだ。しっかりとした値段ではないと売ることなど出来ない。

「べつにいくらでも構わんよ、お主の好きな値段を言うといい」

……え、まじ?

思いつかないことを言われたので驚いた。

多分、自分の顔は苦笑いしているだろう。

「ここで商談するのもなんじゃから、店に来るといい」

これ、商談って言わなくね? と思いながらも笑顔のおじいさんの後をついていった。







「ここじゃ」

おじいさんは俺にそう言うと店の扉を開けて、中に入れてくれた。

中の作りはシックで暗い印象が強い。棚が両端や中央にあり、その中に異世界を思わせるシルク製の服があるはずが、棚がスカスカで服が見当たらないのが気になった。

「商談の続きをしようかの」

皺のついた顔にくっきりとした笑顔を作りながら、おじいさんは奥にある机の前に立っていた。

「いくらがいいのかのう?」

そう言われてもな。俺は困り果てた。

ここに来たばっかでこの世界の、いや、この国の洋服の相場など分かるはずがない。

だから俺は一つ質問をした。

「この街の宿っていくらで泊まれますか? 」

「う〜ん、そうじゃの…一番安いところで三千マートっと言ったところかの」

「それじゃあ、それぐらいでお願いします」

「了解じゃ」

というとおじいさんはしゃがんで何かを漁っている。

「ほれ、これを代わりに着るといい」

おじいさんは机に異世界に良くあるシルク製の服を置いた。

「お、ありがとうございます」

それを手に取って掲げて見てみる。

どこにでもあるような庶民が着る服装だった。とても地味な緑だが、目立つのが嫌いな俺には丁度いいが一つだけ気になることがあった。

「あれ、これって代金に入るですか? 」

服を掲げ、服の袖からおじいさんが見えるように言った。

「いらんよ、持っていくといい」

おじいさんは手の平を見せながら朗らかに笑顔で言う。

「ありがとうございます」

そう言うと俺は着替えるためにシックな様式に合わせられた肌色のカーテンがあるショートルームに向かった。




シルクの服に着替えたあとカーテンを開け、ショートルームを出た。

やっぱり地味だな、これと思いつつも、でもこれが自分にはちょうどいいかなと納得していた。

おじいさんが立っていた机に向かい、机の前に俺は立ち、おじいさんを待っていると、右隣りのドアからから出てきた。おじいさんの顔はあいもかわらず笑顔だが残念そうに机に向かってきた。

「すまん、500マート足りんかった」

と茶色の袋をぶっきらぼうに置く。

「え?」

まさか、ぼったくりか? と疑ったが、その浅い考えは捨てた。

本当に詐欺をしようとするなら、わざわざ足りんかったなど言おうとはしないだろう。

それに…

「店の経営、あまり良くないんですか? 」

隙間だらけの棚を見ればそんなことはわかる。野暮だとは思うが聞いておいてやましいわけではないだろう。

しかしーー

「いいや、そんなことは無いのう」

え? この人なに言ってるんだ?

暫時、俺の思考回路がショートした。明らかに店主の言い分が矛盾していた。

「でも、棚に全然入ってないじゃないですか? 」

がら空きの棚を指差す。

「ああ、確かに最近仕入れが良くないのじゃが、まあ、問題ないのう」

店主は淡々と言った。

どう考えたって「最近」の出来事ではない。明らかに何ヶ月も前からこの状態だのだろう。

そうでなければこうにはならない。

「問題ない? 問題ないって? 問題ありですよ! どう見たって! 」

俺は机をドンと叩いた。

俺の中には一つの感情が渦巻いてた。

それは嫌悪である。気持ち悪いと思った。

この深刻な状況を許容範囲と言っている店主の平然さと笑顔が俺を自然とその感情がさせた。

「売れるものがなくて、しかも十分にお金があるわけでもない! おじいさん、あんた!ちゃんと食べてるんですか?! 」

「う〜ん、確か一日にパン二つかのう」

その言葉を聞いて俺は絶句した。

やっぱりだ、全然食べてねえじゃねえか。

この世界のパンの大きさはわからないが、それでも問題ないなんて言う食生活じゃない。

それなのにこの店主はそれが当たり前のような態度をする。

空っぽな胃が痛いはずなのに苦しい様子も見せずに朗らかな笑みを作る。

理解出来なかった。なぜこんなにも明るくいられるのか俺にはわからなかった。

「なぜ、そんなにも深刻そうな顔をするのかわからんが、わしは問題ないのう。なぜなら幸せだから」

「は? 」

「理由はわからないがのう…何というんじゃろう…この街にいるだけで気持ちが軽やかになって心が躍るようなのじゃ。だから、問題ないんじゃよ。なんて言ったってここは幸せの街じゃからな」

俺は俯いて、テーブルの木の木面を見た。

嘘ではなかった。確証はないがそれでもなんとなくわかる。店主はこれを心の底から言っているのだ。まるで主人公補正がかかってるみたいに「自然と力がみなぎってくるぜ」のような得体のしれないなにかは、ここでは皮肉なことにただの畏怖しか感じなかった。

「金がなくても? 」

「うむ」

「飯がまともに食えなくても? 」

「そうじゃ」

俺は俯いたまま問い詰め、店主はそれに対して笑顔でうなづいた。

「ありえねえよ…」

歯を食いしばり、机の縁を強く握った。

「? 」

店主はその発言に理解できず、腕を組み、首を傾けた。

「そんなの! ありえねえよっ!!だって人間はーーー

欲望の塊だから。

そう言おうとしたとき気づいてしまった。

もしかしたら自分が間違っているのではないかと。自分は廃人で落第者で捻くれ者で弱虫だからではないかと。相手は人のせいにもせず、素直で明るく強い意志を持つ聖人君子だから。

この人が正しいのではないかと。

己の醜さを知った。

その真実に気づいてしまった上鍛冶は机から離れ、早歩きで店を出た。

途中、後ろから声がしたが気にしなかった。

あの笑顔を見たくなかった。

知ってしまったから。

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