第2章 少年は異世界すら拒む

3ページ 幸せの街

異世界に来たーーこれはとても喜ばしいことであるはずだ。だから異世界に来たものはまず、その期待と興奮に夢中になるだろう。

しかし、今ここに立っている俺といえば、なんだろう…異世界に来たいうのに、この無気力感。

ため息をつき、頭をコクリと下げる。下にはレンガで出来たタイルが見えた。

俺は本来ここでは怒らないといけないのだろう。こんな広い大通りの道のど真ん中で「あのやろおおおおおおお!! あの天使!!まぢで許せえねえ!! まぢで!!!」と叫んで公衆の面前で恥を晒すのが本来のあり方なのだろうが、そんな怒る気力は全くない。むしろ、今の状況に開き直りつつあるというのが現状だ。でも、今度会ったらあいつ絶対に一発ぶん殴ろ。

そして、煉瓦造りの道から周りの建物に視線を移す。簡単に言ってしまえば、ヨーロッパの歩行者天国だった。道路はレンガ造り、周りには多くの屋台があり、美味しそうで香ばしい匂いがする。その奥には宝石店、仕立て屋と言った何やら高そうな店がずらりと並んでいた。

『おい、そこのアンタ』

周りを見渡していると、屋台の方から声が聞こえてきた。その方向に体を持って行くと、どこでもいそうな図体のでかい笑顔なおばさんがこちらに手招きをしている。

「?」

俺は自分の顔に指をさして確認を取る。

『そうだよ、アンタだよ、いいからこっちにおいで』

おばさんは柔らかくもトゲのある言い方だった。そう言われた俺はテクテクとおばさんの方に歩いて行くと、屋台の方に近づくにつれて肉を焼いているような香ばしい匂いがして来た。

「あのう、何か用ですか?」

俺は屋台の前に着く。

話しかけて気づいたが、何やら美味しそうなものを焼いていた。それは手のひらサイズの肉五個を、銀色で出来た棒に刺して、その両面をこんがりと焼いていくというなんとも大雑把な料理だった。

『アンタ、なんて顔してんだい、この街に来てんだからもっと笑顔でいなきゃ。ほーら、こんな風に』

おばさんはそのままでも満遍の笑みなのに、両手をほっぺたに無理矢理上げていた。

はっきり言ってその笑顔はホラーだった。もしも場所が薄暗い廊下だったら発狂していただろう。

「大きなお世話です」

俺は真顔で返す。

『ほらほら、そんな顔しない。ほれ、これでも食って元気になりな』

一切表情が変わらないおばさん(それがとても不気味だ)は肉の付いた銀色の棒をこちらに向けてくる。

「あのう…」

『なんだい?』

「俺お金持ってないですよ」

そう俺は手ぶらでこちらに来たので一切お金なんて持ってない。そもそもこの世界の通貨など一銭たりとも持っているはずがない。

『良いんだよお金なんて、アンタが元気になるならお金なんていらないよ』

別に肉を食べたからといって、元気になるわけではないと思うんだがとそんな屁理屈を俺は並べたがせっかくくれるということなので、頂戴しておくことにした。

「それじゃあ、もらいます」

『どーぞ』

そう言われ銀色の棒を手に取り、手のひらサイズの肉の半分をガブリと頬張る。すると口の中で塩胡椒と肉の甘みが広がった。

美味しい…

それは脂の乗った肉のササミ。しかもとても柔らかく、容易に歯を上下に動かせる。極め付けはこの塩胡椒の味付けだ。噛むたびに口に塩胡椒で味付けされた脂がとろけ、口の中でその旨味が弾けていた。

「美味しいですね、これ何ですか?」

俺は銀の棒に付いている肉を指差しながら質問した。

『ああ、それかい? ワイバーンの肉だよ』

「わ、ワイバーン?」

俺はあまりの驚きにちゃんと言葉を発することが出来なかった。

『そう、ワイバーン、ドラゴンの子供だよ。まあ子供っと言っても私たち人間の三倍ぐらいはあるけどねェ』

ワイバーンの肉って食えるのか、さすが異世界と俺は感心しつつも、ワイバーンの肉をガブリと二個目に入っていた。

『なあアンタ、この街オリンがなんて呼ばれてるか、知ってるかい?』

ワイバーンの肉を口に入れていた俺はそれを急いで飲み込んでしまい、喉に肉を詰まらせてしまった。胸を執拗に叩く。

『ほらほら、慌てて飲み込まない、ほらこれでも飲みな』

俺は木製のコップに手渡され、中には水が入っている。それを急いで飲み込んでなんとか難を逃れた。

あぶねえ、異世界に行った途端に喉詰まらせて天国に行くとこだった。そんなんで死んだら何しにきたのかわからなくなるだろうが。

「なんて言うんですか? 」

「幸せの街って呼ばれてんのさ。ほら見てみ! みんな笑顔だろ! ここに来ればみんなああいう笑顔になれるんだ」

そう言われ周りを見回すと、通り過ぎる人、店の店主、店でものを買う人などみんな笑顔だった。

その光景を目の当たりにした俺はそれらはあまりにも輝いていて、俺は場違いだなと思った。

「ほら、そんな暗い顔しない! あんた心配だな、うん、それじゃあ2本目もあげるよー」

俺は、げ、いらねと思い、苦笑いをする。別に俺は大食いチャンピオンに出れるような人間でもないので2本目はさすがにきつい。

「いや、いいです」

と俺は苦笑い。

「いや、受け取りなって代金はいいからさ、あんたが笑顔になってくれればそれでいいんだよ」

俺は2本目の銀の棒とおばあさんの笑顔を見比べ、はあとため息をつき、

「そこまでいうなら、もらいます」

俺は2本目の棒を手に取りながら言った。

「あんたこれから行くところあるのかい? 」

「いえ、特にないですが」

「そう、ならこの街を回ってみるといいよ、この街は悪いところなんてないからさ」

「ありがとうございます」

俺は会釈してから手を振るとおばさんは振り返してくれた。おばさんは手を振りつつもやはり朗らかな笑顔は変わらなかった。

「俺も出来るかな」

俺は呟いたあと、ニヤリと笑ってみた。多分、予想だけどああいう無垢な笑いとは少しずれていた気がした。

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