第68話 ずっと前から
『好きだよ。一人の女の子として』
ついさっき告げられた言葉が、何度も頭の中を駆け巡っている。それは今度こそ間違いなく、ずっと言われるのを夢見て待ち望んでいた言葉だった。
「――藍?――藍!」
「えっ⁉ごめん、なに?」
叫ぶように名前を呼ばれ、自分がしばらくの間呆けていた事に気づく。そして身を震わせると同時に、目から涙が零れているのが分かった。
それを見て慌てたのが優斗だ。
「もしかして俺、何か勘違いしてた?あんなこと言われて、迷惑だった?」
「ち、違うの。これはビックリしたってだけで、迷惑なんかじゃなくて、むしろすっごく嬉しくて」
「そ、そうなのか…………」
「うん。だから……ええと……」
藍もまた、優斗のそれが移ったかのように激しく慌てだす。しかしそうかと思うと、今度は二人とも声の出し方を忘れたように口が重くなる。
そんな沈黙を乗り越え、藍がまず初めにやったのは確認だった。
「その……もう一度聞いても良い?ユウくんは、私のこと好きなんだよね。妹としてじゃなくて、女の子として。れ……恋愛的な意味で」
「……ああ。もちろん今だって妹のように思う気持ちはあるけど、それとは別に、ちゃんと女の子としても好きだよ」
「――――っ」
再び告げられた好きだの言葉。それを聞いて、ようやくこれが自分の勘違いではないと確証が持ったような気がした。
「あ……ありがとう。私も好きだよ、ユウくんのこと……恋愛的な意味で」
「そっか。その……ありがとう」
藍もそうだが、優斗の受け答えもまたギクシャクしていて辿々しい。普段なら緊張したり慌てたりと言うのは専ら藍のやる事で、優斗はそれを落ち着かせるのがいつもの光景となっていたのだが、どうやら今回はそうはいかないようだ。
それでもこうして言葉を交わすことで、騒がしかった心臓も何とか少しだけ大人しくなってくれたようだ。今度はもう少し、落ち着いた調子で聞いてみる。
「それって、いつからなの?前は私のこと、完全に妹みたいだって思ってたよね?」
以前優斗は、自分の事を家族みたいだと言ってくれた。その時言っていた家族と言うのは、間違いなく妹を指していただろう。
それがいつどうやって一人の女の子に変わっていったのか、ぜひ聞いてみたかった。
「うーん、いつからって言われても、ちゃんと答えるのは難しいな。いつの間にかってのが正しいかもしれない」
そう話し始めた優斗は、なんだか少し照れているようだった。もちろんそれは、藍にしたっておなじだ。どうして自分を好きになったのかなんて、直接相手の口から聞くのはなんだか恥ずかしい。けどそれでも、一字一句聞き逃さないくらいの気持ちで耳を傾けていた。
「時々、藍の成長に戸惑う事はあったんだ。俺の感覚だと、つい半年前までは藍はまだ小学生だったからな」
半年前。藍がこの学校に入学し、優斗が幽霊になった現れた時だ。
藍にとっては、その時既に優斗が亡くなってから5年以上が経っていた。けど優斗にとっては、ほんの一瞬の出来事みたいなものだったと言う。死んでからその瞬間までの意識も記憶もない彼にとっては、突然タイムスリップしたような感覚だったのかもしれない。
「だから最初目の前の女の子が藍だって知った時は本当に驚いた。歳なんて俺とほとんど変わらないし、それに綺麗になった。でも話しているうちにやっぱり藍なんだって実感できて、それからは前みたいに妹として見てた。でも変わったところを、成長したところを見るたびに、昔の藍とは違うんだって思うことが出てきた」
この時優斗が思い浮かべていたのは、彼の家の事情を知った藍が、それでも受け入れてくれた姿だった。文化祭への出演を、必死になって大沢や松原に頼んでいる姿だった。そのどれもが、昔の幼くて泣き虫だった頃の藍とは別人のように思えた。
「本当に変わったな。ちょっと泣き虫だった頃が嘘みたいに、強く大きくなった。大人になった」
「そ、そうかな?自分じゃ全然わからないけど」
優斗に言われるのは嬉しいけど、藍自身にはあまりそんな実感がない。今でもちょっとした事ですぐに揺れるし、優斗とほとんど年が変わらなくなったと言うのに、彼は相変わらずとても大人に見える。
すると優斗は、そんな藍に向かってそっと手を伸ばした。そして、その頭をポンポンと優しく撫でた。
「そうだよ。きっと、凄く頑張ったんだろうな」
大人になったと言っておきながらすぐに頭を撫でると言うのはなんだかアンバランスだが、それでも藍は黙ってそれを受け入れる。
優斗に頑張ったと言ってもらえたのが嬉しかった。彼がいなかった間の自分を、そんな風に誉めてもらえたのが嬉しかった。
「そんな、昔とは違う藍を見ていくうちに、いつの間にか妹としてじゃない、一人の女の子としても見えるようになった。こんなこと言っても、理解してもらえるか分からないけど……」
優斗の言葉は最後そう言って締められ、藍は少しの間呆けたような顔をしていた。
優斗の中でそんな変化が起こっていたなんて、全然気づかなかった。全部聞き終わった今でも、なんだか夢みたいに思える。
すると今度は、優斗が藍に聞いてきた。
「藍こそいったいいつから、その……俺の事を好きだったんだ?」
ただしこちらは、さっきと違ってすぐに答える事ができる。
「ずっと前から」
「ずっとって、どれくらい?」
「ずーっとずーっと前から」
何しろ優斗がまだ生きていた頃、小学生だった頃から抱いていた、淡い恋心。始まりがいつかなんて、もう分からないくらい昔の話だ。
その想いが、今こうして届いている。
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