ラストソングをあなたと
第61話 文化祭デート 1
文化祭。それは学校生活において、普段とは最もかけ離れた時間なのかもしれない。
教室が、校舎内が、いつもは決して見ることのない生徒以外の人間で溢れ、授業をするはずの教室も、この時ばかりは店や展示場へとその役目を変えていた。
ただ中には、一見いつもとあまり変わらなく見える場所もある。部室棟だ。
ここには一般の来場者は立ち入り禁止となっていて、当然店や展示なんかも存在しない。各部活動がこれからある出し物に向けて最後の準備をしたり、あるいは一部の生徒が休憩の場に使ったりはしているが、他の場所と比べるとまだいつもの風景に近い。
そんな部室棟の廊下を、藍は足早に歩いていく。逸る気持ちを押さえられなくて、いつの間にか踏み出す足にも力が入る。階段を上り勢いよく部室の扉を開くと、優斗の姿が目に飛び込んできた。
「お待たせ、ユウくん。遅くなってごめんね」
「いいや、待っているのも楽しかったよ」
優斗と一緒に文化祭を回る約束はしていたが、開始から全部の時間一緒にいられる訳じゃない。藍の場合最初はクラスの出し物である喫茶店でウェイトレスをやっていたので、こうして優斗の所にやって来たのは文化祭開始から二時間後だった。
「それが喫茶店の制服か。可愛いよ」
「そ、そう。ありがとう……」
まじまじと見つめてくる優斗に、恥ずかしそうに応える藍。今の彼女の格好は、さっきまで喫茶店で働いていた時と同じウェイトレス姿だ。一刻も早く優斗に会いたくて、着替えもせずにやって来た。
「ここまで着てきて大丈夫なのか?」
「制服は一人一着ずつあるし、クラスの宣伝になるからどんどん着ていけって。それに……ユウくんが見たいって言ってたから」
「そうだったな。ありがとう」
優斗が藍のこの姿を見たのはこれが初めてだ。何度もじっくり見られるのは恥ずかしいが、それでも可愛いと言ってもらえたのはやはり嬉しい。例えそれが女の子としてではなく妹分として言われたことだと思っても、好きな人からそんなことを言われて嬉しくないはずがない。
と、そこで優斗は、藍の頭に目を止めた。
「それって……」
優斗が目にしたのは、藍の髪を留めているバレッタだった。くっついている淡いピンクのリボンが可愛らしい。それは優斗にとって、大いに見覚えのあるものだった。
「うん。誕生日に、ユウくんがプレゼントしてくれたやつだよ。ありがとう」
普段こういう過度な装飾品を学校に持ち込むのは禁止されているが、今日に限ってはよほどのものでなければ自由な服装が認められていた。だから藍は、何としてもこのバレッタをつけていこうと決めていた。優斗からもらったプレゼントを身につけ、優斗と一緒に文化祭を回りたかった。
「俺の方こそありがとな。大事にしてくれて。似合ってるよ、とても」
「────っ!」
微笑みながらなおも藍を眺める優斗だが、何度も見つめられて藍は照れずにはいられない。
「や、やっぱりこの格好は恥ずかしいから、制服に着替えようかな」
ウェイトレス姿の鑑賞はしばらく続いて、ようやく一段落ついた頃には藍の顔は真っ赤になっていた。こんな事を言い出すのも、無理もないかもしれない。だが優斗は不満そうだ。
「えーっ。せっかく可愛いんだから、そのままでいいじゃないか」
「でもユウくんは制服だし、私だけこれはちょっと恥ずかしい……」
残念がる優斗を見るのは心苦しいが、そんなに何度もまじまじと見つめられると、とても心臓が持ちそうにない。ここは大変申し訳ないが、やっぱり制服に着替え直すべきだろう。
すると優斗は、何やら少し考えた素振りを見せると笑顔でこんな事を言い出した。
「一人だけ変った格好ってのが恥ずかしいなら、これならどうだ?」
そのとたん、優斗の着ている制服がその形を変えた。幽霊である優斗の身につけている服は、本人の意思で変えることができるのだ。そして制服に変わって彼か着た服、それは──
「ウェイター服……」
藍が思わず声をもらした通り、優斗が新たに見にまとったのはウェイター服。藍の家でやっている喫茶店の制服だ。
「藍がウェイトレスなら俺はこれでいこうかと思ったけど、やっぱりこんなんじゃダメかな?」
イタズラっぽく言う優斗だったが、藍はまともに答えることが出来なかった。
以前に一度見ている優斗のウェイター姿。だかそれにも関わらず、今の彼は眩しく輝いて見えた。キュッと結ばれたネクタイが凛々しさを引き出し、捲り上げた腕から見える橈骨茎状突起にドキッとする。
そんな状態では、ちゃんとした受け答えが出来なくなるのも無理はないだろう。
「そろそろ元に戻るかな」
何の反応も無い藍を見てそう言った時、ようやく弾かれたように叫ぶ。
「戻らないで!」
「──っ」
本人さえも驚くくらいの大声にたじろぐ優斗。藍も言ってから顔を真っ赤にするが、それでもおずおずと次の言葉を続ける。
「その……せっかくの文化祭なんだし、お揃いだし、できればそのままの格好の方が嬉しいかなって……」
「そう? ならこのままいようかな」
その言葉にアッサリ頷く優斗。彼が藍の頼みを聞くのはいつもの事だが、もしかすると、消え入りそうな声の中にある確かな望みを感じ取ったのかもしれない。
「ありがとう、ユウくん」
こんな事を頼むなんて、どこか浮かれているのかもしれない。だけどそれもいいだろう。今日は文化祭、少しくらいなら、羽目を外したって許されるだろう。
二人は部室棟の外へと、活気溢れる文化祭の真っ只中へと歩いていった。
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