第59話 想いの行方 2
「三島と話せて、迷惑なんて思うわけないから。また、普通に話したい」
出てきたのは、ずっと胸の内にあった思い。だけどそれは、とても身勝手で図々しい事なのではと思ってしまう。好きだと言う気持ちには応えられなくて、はっきり断って、なのに今までと同じように友達であるのを望む。こんな事を言ったら、尚更啓大を困らせるのではないか。そう思うと怖かった。
「三島こそ、迷惑じゃない?私が側にいて、話しかけて……一緒に、音楽やって…………もしかして、もう話したくないとか、一緒にバンド続けたくとか思ってない?」
これでもし望んでいない答えが返ってきたらと思うと、聞くのが怖かった。
だけどこれをはっきりさせない限り、いつまでたってもこのギクシャクした状態から抜け出せないような気がした。
「藤崎……」
「は、はい……」
緊張から、つい返事が敬語になってしまう。
「多分、完全に前と同じになるってのは無理だ」
それを聞いて、藍の瞳が揺れる。だが啓太の言葉は、それで終わりじゃなかった。
「けど俺だって、ずっと今みたいな変な空気が続くってのは嫌だし、お前と話せなくなるのはもっと嫌だ。また、変な遠慮なんてなしに話してえよ。だからお前は、話したいと思ったらいつでも声をかけろ。俺もそうする。それじゃダメか?」
「…………ダメじゃない」
言うのは簡単だ。だが、果たしてそれが簡単にできるかは分からない。もしかすると今と変わらず、話したくても上手く話せない状態が続くかもしれない。
けどそれでも、啓太のその言葉は嬉しかった。啓太もまた、自分と同じようにまた普通に話したいと思ってくれている。それがいつになるかは分からないけど、今はそれが分かっただけでも良かった。
「それとバンドの事だけどな、今正式な軽音部員は俺とお前の二人しかいないんだぞ。これで俺達が組めないってなったら、いよいよ軽音部は終わりだろうが。明日の文化祭どうするんだよ?」
「そうでした……」
確かに、今の状態でバンド解散なんて事になったら色々大変な事になるだろう。
啓太の話はまだ続く。今度は少し声を落として、ボソリと呟くように言う。
「それによ、お前の隣で演奏するのは俺だから。これだけは、相手が先輩だろうと譲らねえ」
「──うん」
言ってて恥ずかしくなったのか、プイとそっぽを向く啓太。藍にもそれが移ったようで、返事をしながらも顔は俯いていた。
だけど啓太が歩き出そうとしたその時、一言だけ告げる。
「ありがとね、三島」
本当は、他にも言いたいことはたくさんあった。だけどその全てを言葉にするには、まだ全然気持ちの整理がついていない。だから今はこれだけを伝える。
また話したいと言ってくれてた事にありがとうと、一緒に音楽を続けると言ってくれた事にありがとうと。
それから二人は、並んで部室へと向かう。扉を開くと、そこには既に大沢と松原が待っていた。
そしてもちろん、優斗の姿もある。
松原は、明日が本番と言うこともあってか、いつもと比べても来るのが早めだ。だけど今日は、そこまで根を詰めて練習する予定はなかった。
「本番前に下手に練習しすぎると、余計な事が気になってかえって調子を崩すこともあるの。だから今日は一度全ての流れを確認するだけ。後は明日に備えて、家に帰ってゆっくり休むこと」
その大沢の言葉通り、この日はむしろいつもよりも早く終わったくらいだ。
部室の電気を消し全員で外に出ると、今さらながら、明日が本番なんだと言う実感が沸いてきた。
「大沢先生、松原さん。協力してくれて、本当にありがとうございます」
旧校舎を出たところで、藍は改めて二人にお礼を言う。大沢は、先生として軽音部以外にも文化祭に向けてやることが沢山ある。松原は、仕事があるにも関わらず、何度も顔を出して練習に付き合ってくれた。
本当に、感謝してもしきれない。
「お礼を言うのはこっちだよ。まるでまた昔みたいに、優斗がいた頃に戻ったような気がするよ」
「私も。明日の本番、頑張ろうね」
笑顔で言う二人に、優斗もまた笑いかけていた。二人は優斗が今この場にいることすらも知らない。だけど笑い合う三人の姿は、確かにかつて軽音部で共に過ごした頃を思い出させた。
それから大沢は、まだ仕事があるため学校に残り、松原は藍達と別れて帰って行く。後は藍と優斗と啓太の三人。いつものように並んで家路につくだけだ。
だけど少し歩いたところで、啓太が足を止め、言った。
「俺、買いたいものがあるから、二人は帰ってくれよ」
藍達とは違う道を曲がろうとする啓太。だけど藍は、それを見て少し不安に思った。
「少しくらいだったら付き合うけど」
そう口にしながら、だけど余計な事を言ってしまったのではないかとも思う。
何しろ今ここにいるのは、告白した啓太、それを断った藍、その藍が想いを寄せる優斗の三人だ。少し前に、互いにまた普通に話せるようになりたいと告げたとはいえ、今はまだ三人一緒にいるのは気まずいと思ったのかもしれない。
「その、無理にとは言わないけど……」
本当に気まずいと思っているのなら、無理に引き留める訳にはいかない。そんな迷いが、つい声から力を奪ってしまう。
「別にいいって。それより、早く帰って休めよ」
「そう?」
やっぱり気まずいのだろうか。たがそう思っていると、啓太はそっと藍に近づき、優斗には聞こえないくらいの声で囁いた。
「先輩といられるの、明日で最後だろ」
「えっ──」
啓太はそう言うと、それから藍の言葉も聞かずに背を向けて去っていく。藍もまた、啓太に向かって何と言えばいいのか分からなかった。
そんな藍の背中に、今度は優斗から声がかかる。
「三島、何だって?」
「えっと……早く帰って休めだって」
嘘は言っていない。だけどその後告げられた、明日で最後と言う一言については黙っておいた。
二人きりにしてくれたのだろうか?
本当なら、そんな気遣いを受けられるような立場じゃない。だけどもし想像した通りなら、今はそれに甘えようと思った。
「帰ろっか」
「ああ」
そうして二人は、暗くなってきた道を並んで歩き出した。
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