第54話 伝えた言葉 2
啓太からの告白を受け、藍は顔を赤くし、だけど頭の中は真っ白になっていた。
いかに鈍い彼女でも、こうまではっきり言われてはさすがに意味を取り違えることはない。だがそれでも、理解がちっとも追い付いていかなかった。
「好きって、いつから?だって三島、今まで一回もそんなそぶり見せたこと無かったじゃない」
「そりゃ、ずっと隠してたからな」
実際は周りから見たら啓太の好意はバレバレで、今まで気づかなかったのがおかしいくらいなのだが、この場にそれを突っ込む者はいなかった。
「お前、ずっと先輩のこと好きだったろ。死んでからだってずっと引きずってた。だから、俺がいくら気持ちを伝えても、どうせ敵いっこねえって思ってた。幽霊になって現れてからは、よけいにな」
「そんな……」
そうは言っても、藍にしてみればあまりに突然の出来事で、すぐには信じることさえ難しい。だけどそれを告げる啓太の顔はとても真剣で、決して冗談でいっているわけではないのは分かる。
「ごめん。私、ちっとも気づかなかった」
「知ってるし、謝る必要なんてねえよ。隠してたって言っただろ」
それでも藍は申し訳ないと思わずにはいられない。啓太が自分にいつから想いを寄せていたのか、正確なところは分からない。だが啓太はずっとそばにいて、自分が優斗を好きだと言うこともちゃんと知っていた。好きな相手に他に好きな人がいる。それをずっと間近で見てきたのだから、その心中が決して穏やかでなかったのは容易に想像がついた。
それと、どうしても聞いておきたいことがある。
「どうして、今それを言ったの?その、私が……好きだって」
「付き合いたいって思ったから」
「――――っ!」
あっさり返ってきたセリフに言葉を失う。緊張と恥ずかしさ、それに言葉にもできない感情が混ざりあって、今すぐ顔を覆ってしまいたい。
だけどそんなわけにはいかない。啓太の答えは、その実ちっとも答えになっていなかった。
「そうじゃなくて、私は、その……ユウくんが……好きで……」
啓太はさっき、自分が優斗のことを好きだから今まで言えなかったと言っていた。それならどうして告白してきたのか。それも、よりによって優斗のことでこの上なく揺れている今に。
だがこれを聞くのは心苦しかった。
それでも啓太はそんなたどたどしい藍の問いにちゃんと答えてくれた。
一度想いを伝えたことで何かが吹っ切れたのだろうか?自分でも不思議なくらい、思いの丈を躊躇いなく伝えることができた。
「俺だって、ついさっきまで言うつもりは無かったよ。先輩がいなくなって、お前が落ち着いて、それから改めて言うつもりだった」
「だったらどうして?」
「今言っておかないと、この先ずっと先輩には敵わないような気がしたから。一度でいいから、先輩とちゃんと勝負してみたいと思ったんだ」
これは啓太自身、今の今までどうしてそんな事をしたのか上手く言葉にできなかった。それがこうして改めて問われて、初めて自分で納得のいく理由を見つけられたような気がした。
有馬優斗。この常に藍の一番だった相手に、いままで敵わないと思って戦いの舞台すら上がることなく敗けを認めていた相手に、初めて正面から挑んでみたいと思った。
彼が明後日にはいなくなってしまうのなら、今を逃せばその機会は永遠に失われてしまう。そう思うと、自然と口が動いていた。
「お前が先輩を好きだってのはわかってる。けど、そこに俺の入る隙間はねえか?気持ちを伝えられねえって言うなら、諦めるって言うなら、俺じゃダメか?」
「でも……」
啓太の想いに、しかし藍は頷くことができなかった。いくら言われても、啓太とそういう関係になると言うのが想像つかない。つまりそれが答えだ。
だがそれを告げるよりも早く、啓太が先手を打った。
「今すぐ返事がほしい訳じゃねえよ。だいたい、今まで俺のこと、一度もそういう目では見てなかっただろ」
「……うん」
悪いかなとも思ったが、ここは正直に答える。事実、藍にとって啓太はずっと友達としてのポジションでしかなく、それ以外の関係など今の今まで考えたこともなかった。
「だったら、これから少しでもいいからそういう目で見てくれねえか?答え出すのはそれからでいい。返事保留のキープってやつ。やっぱり先輩がいいって言うなら、伝えたいこと全部伝えて、俺はその後になったって構わない」
「そんな……ダメだよ、そんなの」
優斗の後でもいい。その言葉をいったいどれだけ本気で言ってるのかは分からない。だがいくらなんでもそれでは、あまりにも藍にとって都合がよすぎる。そんな扱いをしていいわけがない。
「こんな時に空気読まねーで告白したんだから、それくらい覚悟してるよ。先輩と勝負したいって言うのは俺の勝手な我が儘なんだしよ。それにどれだけ時間がかかったって、俺は待つから」
「…………」
藍はなにも答えなかった。答えられなかった。身におきた出来事があまりにも意外で、突然で、いくら考えても答えにたどり着くことはできなかった。
それを見て啓太はクスリと笑う。
「返事がないってことは、分かってくれたって思っていいんだな」
「えっ、いや……そういうわけじゃ……」
反論しようとするが、続く言葉が出てこない。答えが見つからない以上、啓太の言っていることを否定できなかった。
返事ができないまま、どれくらいの間黙っていただろう。
「大分遅くなったし、そろそろ教室に戻ろうぜ」
その一言で、今が文化祭の準備中だった事をようやく思い出した。
先に教室に向かって歩き出す啓太の後を慌てて追いかける。だけどたった今あんな告白を受けたのだ。どんな顔をしてそばによったらいいのか分からない。
そんな戸惑いも、啓太はとっくに分かっているようだ。
「無理に意識しなくて、今まで通りでいてくれていいって」
それが難しいの。そう言ってやりたかったが、それが声になることはなかった。
(私、いつもどんな顔して三島のそばにいたんだっけ?)
もはや普段の自分こことさえも分からない。ずっと前から常に近くにいたはずの友人が、今はなんだか別人のようにさえ見えた。
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