第43話 本当の理由 3

「ユウくんは、大事なことをあんまり話してくれないです。私も、ユウくんがあんなに大変だったなんて知らなかったし、他にも悩みとか、やりたい事とか、自分からはほとんど何も言ってくれない」


 藍が言っているのは、6年前の出来事だけじゃなかった。幽霊としてこの世に留まる自分に疑問を持っていた事も、文化祭への思いも、決して自ら言おうとはしなかった。

 それは藍にとっても大いに不満で、もっと話してほしいと思わずにはいられなかった。

 だけど――


「ユウくんが何も話さなかったのは、頼りないからとか、きっとそんな理由じゃないです」


 これは優斗が隣でそう言っている分けではない。優斗本人は、これについてまだ何も口にできないでいた。だから藍は、優斗が今の何を考えているか何て知らない。だけど、これくらいは分かる。


「ユウくんはよく軽音部の話を聞かせてくれて、その時はいつもとても楽しそうでした。そしてその話の中には、いつだって大沢先生や松原さんがいたんです」


 幼かった頃の藍にとって、大沢や松原は優斗の話の中で登場する人達でしかなかった。だけどそれを語る優斗があまりに楽しそうで、だから最初大沢に会った時も、すぐに優斗の言っていた人だと分かった。

 松原を見た時だってそうだ。その姿がみんなに見えない事を残念に思うくらい、優斗はとても嬉しそうに笑っていた。


「ユウくんがどうして二人に何の相談もしなかったかは分かりません。でも、二人がどれだけ大事だったかは分かります。そんな二人に何も言わなかったのが、そんな突き放すような理由のはずがありません!」


 優斗がどれだけ二人の事を大事に思っているか分かってほしかった。優斗だけじゃない。大沢も松原も今も優斗を思っていて、なのにその思いは通じずすれ違う。そんなのを見るのが嫌で必死に言葉を紡いだ。


「藍ちゃん……」


 一気に捲し立てた藍は、疲れたようにゼイゼイと息を切らす。その目には、薄っすらと涙が浮かんでいた。


 啓太が、優斗が、大沢が、全員が藍を見たまま言葉を失う。まるで誰もが声の出し方を忘れてしまったように、部屋の中には大きな沈黙が流れた。



 そんな全てが止まったような時を破ったのは、部屋の中に響いた大沢の大きなため息の音。そしてそれに続く呟きだった。


「……ごめんね、変なこと言って。きっと藍ちゃんの言う通りで、私達だって本当はそんな事分かってるのに」


 顔を伏せて放たれたその声は、どこか涙ぐんでいるようにも聞こえた。余計な事を言ってしまったのだろうかと不安が過る。

 だが次の瞬間、上げられた顔はどこか吹っ切れたように、つい先程までと比べてもとても晴れやかだった。


「ありがとう。他の誰でもなく、あなたにそう言ってもらえて良かった。」

「先生……」


 そして大沢は再び話を戻す。自分と松原を加えた、文化祭のステージの話に。


「さっき聞いた文化祭の件、まだやる気はある?藍ちゃんが本気でやりたいなら私も協力するって言ったけど、本当は少し違うの。本当は私がやりたいだけ。私達が6年前の事を乗り越えるために、やらなきゃいけないことだと思う。私はこんなこと言える立場じゃないってのは分かっている。だけどお願い、私をまた、あのステージの上に立たせて」


 頭を下げるのを見て、藍と啓太は互いの顔を見て頷き合う。

 元々大沢に手伝ってもらえたらとは思っていた。だけど今、それの持つ意味がより一層大きなものに変わったような気がした。


(いいよね、ユウくん)


 最後に優斗の言葉を待つ。優斗はまだ、この事について何も言ってはいなかった。よりはっきり言えば、大沢や松原の心情を聞いてから今まで、一言も喋ってはいなかった。

 だけど答えなんて分かっている。


「ああ、頼む」


 短く言った優斗は、大沢と同じく、なんだか涙ぐんでいるようにも見えた。

 さらに優斗は、続けてこう言った。


「もうひとつ、藍に頼みがあるんだ。とても大事な頼みが」

(頼み?)


 それを聞いて、藍は少なからず驚いた。優斗が自ら進んで何かしらの願いを口にするなんて、今までにほとんど無かった事だ。

 もちろんその願いが何なのかはまだ分からない。だけど返事は既に決まっている。


(いいよ)


 大沢の手前声には出せないので、小さく頷いてそれに答える。

 優斗が本気で願う事なら、例えそれがどんなものでも叶えてやろうと思った。

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