第41話 本当の理由 1
体育祭から一夜開けたこの日、学校はその振り替えとして休みになっていた。
とはいえ部活動の有無は各々の部によって異なっていて、中には昨日の疲れも抜けないうちから激しい練習に精を出す運動部もある。
そして軽音部も、今度は文化祭に向けて新たなスタートを切るべく今日も部室に集まっていた。
しかし、今日の主な目的は練習ではない。昨日大沢からの電話であった、文化祭についての話をする事だ。
今この場にいるのは藍と優斗、それに啓太の三人。
部の方針を決めるのだから、当然啓太の意見も必要と言う事で呼んでいる。そうでなくても、元々今日は練習のため集まるつもりではあった。
後は大沢が来るのを待つだけなのだが、そんな中啓太の声がとんだ。
「藤崎、落ち着けよ」
「ご、ごめん」
注意された藍は足を止める。気がつけばさっきから、意味無く部屋の中をウロウロしていた。
「けどやっぱり落ち着かなくて。先生、何を話すつもりなんだろう?」
「どうせ来れば分かるんだから、普通に待ってろ。今からソワソワしてても始まらないだろ」
「…………はい」
返す言葉もなく、藍は近くに置いてあった椅子へと座る。
それから啓太は優斗を見ると、昨夜藍との間で交わされた話について聞いてきた。
「昨日あの後、諦めるかって話になってたんだよな?」
そんな事になっているとは予想もしていなかったようで、最初それを聞いた啓太は目を丸くしていた。
「ああ。俺だって、みんなに無理させてまで叶えたいとは思わない。だから自分の気持ちに整理をつけるのも、未練を乗り越える一つの方法じゃないかって思ったんだ」
「そうかも知れねえな。俺としては、先輩よりも藤崎がそれで一度は納得したってのが驚きだけどな」
この一件に関して藍がどれだけ強い思いを抱いていたかは啓太もよく知っている。だからこそのこの質問だったが、藍は少々躊躇いながらもこう答えた。
「納得はしてないよ。ちゃんと演奏できたらそれが一番だって思う。でもユウくんが言ってるみたいに、無理矢理頼むのはダメだと思うから」
そうしてとうとう反論できなくなって、一度は諦めかけた、かつての軽音部による演奏。
だからこそ、これからある大沢の話には期待せずにはいられない。あるいはそれが、実現できる最後の希望になるかもしれない。そう思うと、心穏やかではいられなかった。
そうしているうちに約束の時刻となる。ちょうどそのタイミングで部室の扉が開かれ、大沢が姿を表した。
「おはよう。振り替え休日なのに、呼び出したりしてごめんね」
「いえ、元々練習する予定でしたから。それより、話ってなんですか?もしかして、松原さんがやるって言ってくれたとか?」
挨拶もそこそこに、早速本題を切り出す。
松原が自分からやると言ってくれたのなら、なんの問題もなくなるはず。そう思い期待を込めて聞いてみるが、大沢からは申し訳無さそうな答えが返ってきた。
「ごめんね、そう言うわけじゃないの」
「……そうですか」
あるいはと思っていただけに、これには少なからず落胆せずにはいられなかった。
だけど大沢はそんな藍によりも先に、まずは啓太に向かって尋ねる。
「まず初めに聞いておきたいんだけど、これには三島くんも納得してるの?もし実現できたとしても、そしたら三島くんの出番は削られる事になるわよ」
軽音部に割り当てられた時間は予め決まっているから、元軽音部メンバーの演奏が入ればそれだけ他の曲にかける時間は少なくなってしまう。その際に最も割りを食うのは啓太だ。
顧問としては、それを無視したまま話を進めるわけにはいかないのだろう。
だが啓太も、それは既に受け入れている事だ。
「構いません。俺の出番も何曲か用意してくれたら、それでいいです」
はっきり頷くのを見て、大沢も安心したように息をつく。
それからもう一度視線を藍に戻すと、そこでようやく彼女は自らの意見を口にした。
「私は、藍ちゃんが本当にやりたいって言うなら、一緒に松原くんに頼んでみようって思ったの。どうする?」
「本当ですか!」
それは願ってもない話だ。藍一人ならともかく、大沢も一緒に頼んでくれたら、あるいは違う結果になるかもしれない。
即座に返事をしようとして、だけどそこで一度動きを止める。
この場で大事なのは自分の意見じゃない。
(ユウくん、何て言ったらいい?)
声には出さずに、視線でそう訴えかける。見たところ、どうやら優斗は悩んでいるようだった。
大沢がこう言ってくれたのはもちろん嬉しい。だけど話を聞く限りでは、松原が快諾してくれたと言うわけではない。恐らくこれから説得する事になるだろう。
だが優斗にしてみれば、全員が自らやりたいと思ってやらなければ意味がない。なら、やはり無理を通すのは躊躇われる。そんなところだろうか。
「藍ちゃん?」
てっきり即答で返事が来るものと思っていたのだろう。黙り込んだ藍を不思議そうに見る。
もちろん藍だって、できるなら是非ともお願いしたいところだが、優斗に迷いがあるうちはそれはできない。
そしてようやく、優斗は今自分がどう思っているのかを藍に向かって話した。藍はそれを自分の言葉に直して大沢へと伝える。
「迷っているんです。無理を言って頼んでもいいのか、私だけが6年前にしがみついていていいのか……」
叶わなかった想いにこだわり続けるべきかどうか、その答えは未だ出せていない。
もちろんできることなら実現させたい。だが過去にこだわり続ける自分に疑問を抱き始めているのも事実だった。
「松原さんは、6年前に演奏できなかった悔しさも、ユウくんが亡くなった悲しさも、全部乗り越えて昔の出来事にしているんですよね。だから私も、同じようにそれを受け入れなきゃいけないのかなって思うんです」
これを語っているのは藍。だがあくまでこの意思は優斗のものだ。藍本人は、例え6年前にしがみついていると言われても、やっぱり優斗の願いを叶えてやりたかった。たくさん悩んで、それでもこの思いを変えることはできなかった。
果たして大沢どうなのだろう。これを聞いて何と答えるだろう。
じっと反応を待つが、大沢は何か考えているのか黙ったままだ。それがどれくらい続いただろう。ようやく開かれた口から、小さな呟きが漏れた。
「悔しさや悲しさを乗り越えるか。松原くんもそれができてたらよかったのに」
「えっ?」
藍にはその言葉の意味が分からなかった。藍だけじゃない。優斗、それに啓太も、彼女が何を思ってそんな事を言ったのか分からず、それぞれが困惑の表情を浮かべている。
「藍ちゃん。あなたは松原くんが6年前の事を乗り越えてるって思ってるみたいだけど、実際はその逆よ。いまでもその頃の事引きずってる。出演を断ったのだって、多分それが原因ね」
続く言葉は、ますます理解に苦しむものだった。未だに昔の事を引きずってると言うのなら、どうしてあんな風に断ったりしたのだろう。
「どういう事ですか?出演を断ったのって、お仕事が理由じゃ……」
「そんなのただの口実よ。やろうと思えば融通くらいきかせられるわ」
そう言い放った大沢は、何だか苛立っているようにも見えた。恐らくそれは、この場にいない松原に対して向けられたものなのだろう。
「これは言おうかどうか迷ってたんだけど、この際だから全部話した方がいいかもしれないわね。松原くんがあなたの頼みを断った本当の理由、今から話してもいい?」
そう言った瞬間、優斗が食い入るように一歩前へと足を進めるのが見えた。
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