第30話 看病回 後編 

「……もしかして、あの頃の私って結構ワガママだった?」


 自責の念にかられながら呟くと、それを聞いた優斗が吹き出した。ますます恥ずかしさが増してきて、とうとう閉じ籠るように布団の中に潜り込んでしまう。


「ごめんごめん。でも、俺は気にしてなかったからさ」


 謝りながら入れてくれたフォローも、どこか遠くに聞こえる。

 だが優斗は、そこから落ち着いた声に変わると更に続けた。


「熱出してる時くらい、ワガママになったっていいと思うよ」

「でも……」

「調子を崩した時は、気持ちだって沈んでくるだろ。それを少しでもなんとかできるなら、ワガママくらいいくらでも聞くよ。昔だけじゃなくて、もちろん今も」


 潜っていた布団から少しだけ頭を出して優斗を見ると、落ち込む藍を安心させるようにニッコリと笑っていた。 


「って言っても、今の俺にはできることなんてあまり無いけどな。もし幽霊じゃなかったら、もっとちゃんと看病してやれたんだけどな」

「そんな事ないよ。ユウくんがいてくれてよかった」


 取り憑かなければ物に触れられない優斗では、確かにできることには制限があるかもしれない。だけど優斗は、意識を失ったところをこの部屋まで運んできてくれた。薬や飲み物を用意してくれた。そして何より、今だってこんな近くで気遣ってくれている。藍にとっては、それだけでもう十分すぎるくらいだ。


「それじゃ、あとは叔父さんと叔母さんが帰ってくるまでゆっくり休みなよ」

「うん、そうする」


 そうして優斗は、邪魔にならないよう部屋から出ていこうとする。だけど、その後ろ姿が扉を突き抜けようとした時だった。


「待って」


 どうしてだろう。特に用があるわけでも無いのに、気がついたら呼び止めていた。


「なに?」

「えっと……」


 訳もなく呼び止めたのだから、当然それに続く言葉なんてあるわけもない。なのにどうしてこんな事をしてしまったのだろう。

 いや、実を言うと声をかける直前、部屋から出て行こうとする優斗の姿を見て、ある思いが頭をよぎっていた。


「もしかして、何かやってほしい事でもあるのか?」

「あっ……えーと、そう言うわけじゃ……」


 さすがと言うべきか、優斗はそんな藍の気持ちに気づいてくれる。小さい頃から、たくさんのお願いを聞いてきた故の察しの良さかもしれない。

 だけど藍は、それを口にしてもいいものか分からない。いや、これは普通なら、絶対に言えないようなことだ。

 なのに……


「さっきも言ったけど、熱出してる時くらい、ワガママになったっていいと思うよ。何か言いたい事があるなら、遠慮しないてほしいな」


 ずるいなと思った。

 そんな風に言われたら、せっかく蓋をした口が緩んでしまう。言えないと思っていた言葉も、つい漏れそうになってしまう。

 それでも、どうしたものかと迷いはしたけど、それもほんの僅かな間だった。

 おずおずと布団から右手を突き出し、優斗に向ける。


「……手」

「手?」

「その、私が眠るまででいいから……手、握っててくれる?」


 今の自分は、よほど熱でおかしくなっているのだろう。こんな事、普段なら口が避けても言えないだろう。その証拠に、かつて無いほどに体が熱くなっている。


「ああ、いいよ」


 やはりと言うべきか、全く何の躊躇いもなく頷く優斗。そしてそっと、差し出された藍の右手を自らの両手で包む。

 本当は触れられもしない、温度すら感じる事のない優斗の手。だけどこうして互いの手を合わせると、確かにそこにあるんだと感じられるような気がした。


 すぐ側に優斗がいてくれる。そんな安心感を抱きながら、藍は静かに目を閉じた。


「……お休み、藍」


 藍が眠ったのを見届けた、優斗はそっと部屋を後にする。


 リビングで倒れられた時はどうしようかと思ったが、今はだいぶ楽になっているようでホッとしている。

 このまま少しでも早く元気になってほしいものだ。そんな事を考えながら、さっきまで見ていた藍の姿を思い出していた。手を握って欲しいとせがみ、それからゆっくりと眠っていく藍の姿を。


(…………ん?)


 その時ふと、体に違和感を覚えた。

 気のせいだろうか?胸の奥がドクンと鳴り、少しの熱を感じたような気がした。

 そしてなぜか、さっきまで見ていた藍の眠る姿が頭を過る。


「なんだ?幽霊の俺に風邪が移ったってわけじゃないだろうし……」


 今までに無い自身の変化に首をかしげるけれど、どう言うわけかそれを少しも不快だとは感じなかった。


 だがそんな思いを抱いたのも、ほんの僅か間だけだ。熱も鼓動も次第に落ち着いていき、まるで幻だったのかのようにいつもの調子へと戻っていく。


「何だったんだろう?まあ、いいか」


 いったい何が起こったのか?全く疑問に思わないわけではないが、大事無いなら気にすることも無いだろう。

 そんな風に思うくらいの、ほんの些細な出来事だった。





           ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 その頃…………


「~~~~~~っ!!!!」


 全身を覆うように布団にくるまりながら、藍は声にならない声を上げ一人悶えていた。

 思い出されるのは、優しく手を握ってくれる優斗の姿。それから藍は静かに目を閉じたので、それを見届けた優斗は部屋を出て行ったのだが……


(ユウくんがあんなに近くにいて、手まで握られて、そんなんで眠れるわけないよ~っ)


 嬉しいか嬉しくないかで言ったら、もちろん物凄く嬉しい。けどそれと同じくらい、緊張とドキドキで一杯たった。いくら熱で正常では無かったとは言え、どうしてあんな事をお願いしてしまったのだろう。

 なんとか寝たふりをしてやり過ごしはしけど、今思い出しただけでも心臓が壊れてしまいそうなくらいにバクバクと鳴り響いている。


(ユウくんの手、大きかったな。意外と骨ばっていて、だけどキレイだった。浮かんでいる筋が特に素敵で、ドキッとして…………って、なに考えてるんだろう。ダメ、このままじゃ身が持たない。一回忘れて落ち着かなきゃ。忘れて……忘れて……うぅ~そんなの無理~っ!)


 病気の間は安静に。そうは分かっていても、途切れることなく思い出される光景に、ちっとも休めるとは思えない藍だった。




         番外編集 その2 了

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