かつての軽音部

第31話 倒れた理由 1

 ※今回から再び本編となります。





 体育祭が翌日に迫ったその日、啓太は始業ベルの鳴るよりもずっと早くに登校すると、旧校舎にある軽音部室の扉を勢いよく開けた。


「先輩が倒れたって本当か!」


 既に中にいた藍に、食って掛かるように訪ねるが、それに答えたのは彼女ではなかった。


「大げさだな。少しの間だけ気分が悪くなっただけなのに」


 そう言うのは、倒れたと言う優斗その人。その他人事のような言い方に、自分の聞いた話が間違っていたかと錯覚しそうになる。

 だがこれにはさすがにそばで聞いていた藍も眉を潜めた。


「だけって、そんな事言わないでよ。凄く心配したんだから」

「ああ、そうだな。ごめん」


 藍にしては珍しく、怒っているような物言いに気圧されながら謝る優斗。その姿は一見昨日までと何ら変わりはないが、だからと言って楽観視できるとは思えなかった。





       ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 この前日、啓太は藍から二回電話をもらった。

 ギクシャクしてしまった藍と優斗があれからどうなったのか気になって、報告があるのを今か今かと待っていた。

 だがいざ電話が鳴ったかと思うと、聞こえてきたのは泣きじゃくる藍の声。そして予想もしていなかったことを告げた。


「ユウくんが倒れたの!」


 突然そんな事を言われたものだから、啓太もまた動揺せずにはいられなかった。

 これが普通の人間なら、とりあえず寝かせるなり医者を呼ぶなり、色々方法はあっただろう。だが優斗は幽霊だ。寝かせるどころか体を越そうにも伸ばす手はすり抜けるばかり、医者を呼んでも姿が見えないのだからどうしようもない。

 迷ったあげく、今から藍の家に行こうと思い一度電話を切ったが、支度をしているうちに二度目の電話が鳴った。


 急いで取ってみると、優斗があれから間もなくして意識を取り戻したそうだ。


 一度倒れた以上次もあるのではないかと不安もあったが、優斗本人が平気と言っていたので、とりあえずその日は藍の家に行くのはやめておいた。

 そしてその翌日に、つまり今日、学校で詳しい話を聞と言う事で、その日の通話は終わる。また何か異常があれば夜中だろうと連絡しろとは言ったが、幸いな事にそれ以降電話がかかってくることは無かった。





       ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「それで、倒れた時ってのは一体どんな状況だったんだ?」

「えっと……」

「それは……」



 電話で話を聞いただけの啓太には、まだ細かい経緯が分かっていない。まずはそこをハッキリ確認しておこうと思い尋ねるが、なぜかそのとたん二人は言い淀んだ。


「なんだよ。それが分かんねーと、何が原因か見当もつかないだろ」


 なかなか言おうとしない二人にもう一度尋ねると、優斗が藍に囁く。


「言ってもいいか?」

「うん……ううん、やっぱり私が言う」


 そうしてようやく藍がおずおずと口を開く。そんなに躊躇われると、優斗の症状抜きで一体何をしていたのかと気になってしまう。


「えっと……私が泣き出して、ユウくんが慰めてくれて……」

「ほんと何してたんだよお前たち……」

「――っ」


 告げられた言葉を聞いて思わず声をあげる。それにたじろぐ藍だが、それでもこれが優斗が倒れた原因を見つけるヒントになるならと話し続ける。


「倉庫であったこと思い出して、泣きそうになって、そしたらユウくんが頭撫でてくれて、手を握ってくれて……」

「ああ、そう言うことな」


 藍は恥ずかしそうに俯きながら言うが、啓太にはその理由が分からなかった。


「なんでそれを言うのをあんなに躊躇ったんだよ」


 正直なところもっとすごい事を言うのではないかと身構えていたので、拍子抜けしたくらいだ。


「だって恥ずかしいんだもん。その……いつまでも泣いてた事とか……」



「別にいいだろ。あんな事があったんだから、泣いたってよ」


 恥ずかしくてたまらないといった様子の藍だったが、啓太にしてみればそれは別に恥とは思わない。それよりも壮介への怒りの再燃と、優斗が藍の頭を撫でてたり手を握ったりする場面を想像した時のモヤモヤでそれどころじゃない。。


「で、その途中で先輩が倒れたと」

「……うん」


 当時の状況を聞き終えた啓太はうーんと唸る。こうなるとは思っていたが、やはりこれだけでは何が原因か分からない。


「幽霊に風邪や体調不良なんてのはないよな?」

「多分な。少なくとも俺の知ってる限りじゃ聞いたことない。って言っても、たまたま知らないだけかもしれないけどな」


 優斗の言葉にも、力なく首を振る。そもそも啓太は、幽霊は見えるが霊能力者などではないので、それらの知識は全て今まで出会った霊から見聞きしただけの曖昧なものでしかない。

 だがそれでも、そんな知識を漁った中で、優斗の症状に当てはまりそうなものが一つだけあった。


「なあ先輩?先輩は藤崎を慰めてた時って、どんな事考えてたんだ?」

「俺か?そうだな……」


 その考えが正しいのか確かめるため、優斗に聞いてみる。返ってくる答え次第では、この予想が的外れかどうか分かるかもしれない。


 優斗は一呼吸置くと、まずはこう言った。


「藍が大事だって思ったよ」

「~~~~っ」


 恥ずかしげもないハッキリした物言いに、藍は声を出すことなく身をよじる。

 優斗はそれから思い出すように、一つ一つそのときの気持ちを答えていく。


「だからこそ、こんなに怖い思いをさせた叶が許せないとも思ったな。怒りに身を任せたせいで、藍を傷つけたばかりだってのに……」


 昨日の倉庫の事を思い出しているのだろう。少しだけ辛そうな声になる。


「もっとちゃんと藍を守ってやりたかった。あんなやり方じゃなく、泣かせたりせず、上手に助けてやりたかった。震えているのを止めたくて抱きしめてやりたかったけど、そんな事できなくて、涙さえ拭ってやれないのがもどかしかった。もし俺が幽霊じゃなかったら、もっと大事にできたかなって。それに……」

「ちょっと待った、もういい!」


 なんだか聞いていて胸焼けをおこしそうな言葉の数々に思わず待ったをかける。藍に至っては恥ずかしさの限界に達したのか、覆い隠すように顔を押さえていた。顔を見る事はできないが、赤くなっているのは間違いない。


「ユウくん、もうそれくらいにしといて」

「何か変な事言ったか?」


 これだけの事をしでかした本人はいたって無自覚で、そんな藍の様子を不思議そうに見ていた。


 疲弊しているのは啓太も同じだ。


(好きな奴と他の男のノロケを聞かされるのって、拷問に近いんじゃねーか?)


 なんだか聞いているうちに、そもそもなぜこんな事を始めたかさえも忘れてしまいそうになった。できることなら、そんなの知るかと投げ出したいくらいだ。

 だがそんな事も言ってられない。


「今の話を聞いて、先輩が倒れた原因に心当たりがあったんだけど……」

「今ので⁉」


 藍が顔を覆っていた手をどけると、この上ないくらい真っ赤にしながら驚きの表情を浮かべている。まさかあんな甘ったるいノロケが糸口になるとは思わなかったのだろう。


 だが啓太はさっきの話で、倒れた原因として立てた自らの予想が、それほど外れていないのだろうと確信していた。

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