番外編集 その2
第26話 同居ラブコメのような
※本編でギスギスした展開が続いたため、これから5話かけて、ほんわかした内容の番外編をやっていきます。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それは藍が高校に入学して間もなく、つまり幽霊となった優斗と再開してすぐの事だった。
その日藍は、自分の部屋で出された宿題を解いていた。
藍の成績は学年トップクラスと言うほど良くはないが、だからと言って決して悪くもない。上の下くらいだ。
多少つまずく事はあっても、教科書を見直し時間をかければ大抵の問題は終わらせられる。だけどそれでも解けない場合は、切り札を使ってのりきっていた。
「――それで、ここはこうするんだ」
「ああ、そっか」
今日も切り札――優斗の助言を受け、一人では埋められなかったカ所を解いていく。
優斗の教えかたは細かくて丁重。藍にとっては最高の先生役だったが一つだけ難点と言うか、問題をと言うか、そんな部分がある。それは――
(ち……近い)
プリントを覗き込む優斗の顔がすぐ隣にあって、今にも密着しそうな体勢だ。実際は優斗の体はすり抜けるのでそんなことは起こらないのだが、藍としては心穏やかではいられない。
「どこか分かりにくいところでもあったか?」
そんな藍の心境など露知らず、シャーペンを動かす手が止まったのを見て怪訝な顔で尋ねてくる。
「う、ううん、ちゃんと分かるよ」
慌てて誤魔化し、問題へと取りかかる。優斗が近くにいて決して嬉しくない訳じゃないが、このままじゃ心臓が持ちそうにない。
最後に残った空欄を埋めて、この日の宿題は終了となった。
「それにしても、藍の宿題も難しくなったな」
解き終わったプリントの整理をしていると、優斗はそんな事を言った。
「そんなこと言って、全部スラスラ解いてたじゃない」
藍から見れば、問題を解く優斗は全く苦労しているようには見えなかった。
だが彼には彼で言い分がある。
「今はまだなんとか解けるけど、俺の感覚では藍は少し前まで小学生だったからな。急に問題の内容が変わったように感じるんだ」
「そうなんだ」
優斗が亡くなったのは、藍がまだ小学四年生だった頃の話だ。それから幽霊となり高校生になった藍と再会するのだがそれまでの数年間は一切記憶にないし、この世に存在していたかも定かじゃない。
本人の感覚からすれば、一気に数年間タイムスリップしたようなものだ。色々戸惑う事も多いのだろう。
「この部屋も、前とは少し変わったよな」
「そう言えばそうだね」
何しろ6年近くが過ぎているのだから、その間に模様替えだってしていし、当時はなかったものもたくさん置かれている。
「本やマンガなんて、あの頃持ってたのはほとんど残ってないよ。あっ、でも『鱚よりも速く』は今も取ってあるよ」
そう言って、本棚にある昔大好きだったマンガを指し示す。だがそんな一部を除いては、すっかり新しいものに変わっていた。
優斗は見覚えの無い本やマンガに興味を持ったようで、まじまじと眺めていた。
「今はどんなのを読んでるんだ?」
「小説も読むけど、マンガも多いかな?ここにあるのは、もう何度も読み返してるよ」
そう言って何冊かの本を挙げる。その全てが少女マンガ、さらにその中でも恋愛色か強い方だ。
「例えばこれなんかは……」
実際に何冊か取り出して紹介してみる。
具体例を挙げると、主人公を海の上を飛ぶ渡り鳥、ヒーローを海に住む美しい生き物に見立てた『ツバサとホタルイカ』。あらゆる胸キュンを寄せ集めた快作『隣の怪物ビスケット君と私の金曜日のおはよう』。主人公がをメインヒーローを始めとする7人のイケメンとひとつ屋根の下で暮らす事になった同居ラブコメ、『キミとどうきょ!』。通称『キミきょ』などだ。
だがいくらか話をした後、ハッと我に帰る。
「あっ、ごめん。こんなの聞いても退屈じゃない?」
何しろ紹介したのはいずれも少女マンガ。男の子である優斗が聞いてもつまらないかもしれないと思ったが、優斗は笑って首を振った。
「そんなこと無いよ。面白そうだし、藍がどんなのが好きか知りたいよ。もっと聞かせてくれないか?」
そう言えば優斗は、藍が小学生の頃もこうして好きなものの話を熱心に聞いてくれた。それが気を使って言ってくれたのかは分からないが、話を聞く優斗は少なくとも退屈そうには見えなかった。
「そう?例えばこれはね……」
藍が手に取ったのは先ほど挙げた『キミきょ』の最新刊。いくらかお気に入りのシーンを紹介すると、優斗は楽しそうにそれを眺める。
思えば今の優斗はものに触れられず、本一冊読むのだって自分の力じゃこなせない。もしかしたらジャンルに関係なく、何かしらの娯楽に触れたいのかもしれない。
しかし、今見ている『キミきょ』は同居ラブコメ。当然、恋愛に繋がるいろんなシーンが満載だ。一つのページを開くと、主人公とヒーローが同じ部屋でくっつくような体制になっていた。一人でこれを見たときはキュンとしたけれど、優斗と一緒に見ている今は、なんだか恥ずかしい。
しかも今自分達は二人で一冊のマンガを見ている。気がつけばいつの間にか、マンガの二人みたいにピッタリくっついていた。さっきの勉強中のそれよりも、さらに近くに優斗がいる。
しかもマンガの中では二人はさらに親密になっていき、同居ラブコメのお約束とも言える展開を次々にこなしていく。ひとつ屋根の下と言う状況が、彼女らの距離を近づけていく。
それを見ているうちに、藍はふと思った。
(これって、もしかして――)
バタン!
次の瞬間、気がつけば藍は勢いよく本を閉じていた。これ以上優斗と一緒に読み進めていったら、なんだか精神が無事でいられるか分からない。
「今日はもう遅いから、もう寝ようか」
少々強引だが、時計を見るといつもなら寝るくらいの時間ったので、どこもおかしいところは無い……はずだ。
「本当だ。ごめんな、すっかり時間とらせて」
優斗はそう言いながらも、もしかしたら続きが気になっていたのか少し名残惜しそうだった。
「えっと……また今度一緒に読む?」
「いいのか?」
優斗と一緒にこれを読むのは恥ずかしくもあったが、同時に楽しかった。一気にたくさん読み進めると心臓が持ちそうにないが、少しずつならいけるだろう。
「うん。いつでもいいよ」
そう言うと優斗はほんのり嬉しそうな顔をする。どうやら本当に続きが気になっていたようだ。
それから二人は、本当に寝る準備に入る。藍は布団を敷き、優斗と押し入れの中へと入っていく。
「それじゃ、電気消すね」
「ああ。おやすみ」
そうして部屋の中は豆電球の明かりひとつを残して暗闇に包まれる。
藍は布団に入りながら、先ほど『きみキョ』を読んでいる時に思った事を再度思い浮かべる。
(ユウくんは今うちに住んでるんだよね。朝は一緒に起きるし、家にいる時はほとんど私と一緒にいる。これってもしかして、私達同居しているようなものなんじゃないの?)
もしこれを啓太が聞こうものなら、「今ごろ気づいたのかよ!」などとツッ込んでいただろうが、彼は今ここにはいない。
誰にもツッ込まれる事の無かった藍は、さっきまで読んでいた『きみキョ』を始めいくつかの同居もののマンガを、さらにはそこで描かれていた数々の胸キュンシーンを思い浮かべる。
(ま……まあ、現実にはそんなこと無いんだけとね)
そうは思いながらも、頭に浮かんだ胸キュンシーンの数々を自分と優斗に置き換えて想像してしまい、顔を真っ赤にせずにはいられなかった。
「あっ、でもこれならできるかも」
そう呟いたのは、主人公がヒーロー役の男の子に手料理を振る舞うと言うシーンを思いだした時だった。所謂『料理回』と言う奴だ。
それともう一つ。今の藍は知る由もないが、同居モノの定番『看病回』と言うのも、実は近々体験することになるのだった。
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