第12話 藍の恋愛事情について 1


 場所は変わって軽音部部室。体育館での演奏を終えた藍達は、部室に戻ってくると休憩に入った。その際藍が飲み物を買いに部室から出ていったのだが、そこで啓太はすかさず優斗に声をかけた。


「先輩は、いつから気づいていたんだ?俺が、その……藤崎のことを……」


 言い淀む啓太だったが、それだけで優斗は言いたい事をだいたい察したようだ。


「今更それを聞くか?そりゃもちろん、二人が小学生の頃から、多分そうだろうなって」

「――――っ!」


 返ってきた答えに、言葉を失う啓太。自身の藍に対する想いはバレバレだと、今まで周りから何度も言われた事はあった。だから実を言うと、優斗も分かっているのではないかとは薄々思っていた。

 だがこれでも一応本人としては隠しているつもりなので、いざこうして突きつけられるとなかなかにショックだ。

 それに、ずっと前から知っていたと言うなら、疑問に思うことがある。


「知ってたなら、なんで何も言って来ねえんだよ」

「……?」


 啓太の言っている事が分からないようで少し首をかしげる優斗。たが少し考えた末にその意味を察したようで、吹き出しながら言った。


「まさか三島、俺が、『交際なんて許さない』なんて言うとでも思ってたのか」


 思ってたよ!思わず叫びそうになったその言葉を、啓太は必死で呑み込んだ。だがなんとか叫びはしなかったものの、言いたいことならある。


「だって先輩、藤崎に対して色々過保護だろ」

「過保護?俺が?そうかな、別に普通だと思うけど」

(絶対普通じゃねえだろ。って言うか、自覚ねえのかよこのシスコン!)


 頭の中に、今まで見てきた藍と優斗が仲良くしている様子が思い出される。藍は小学生の頃から優斗にべったりだったが、優斗の方も相当なものだ。

 できることなら渾身の力でツッコんでやりたかったが、こうも真顔で言われては、恐らくどうにもならないだろう。

 だが、啓太としてはなんだか納得がいかない。そのせいか、ついこんな事を口走ってしまった。


「で……でもよ、前に俺が藤崎でやらしい想像をした時、殺すって言ってなかったか…………ヒイィィィィッ!」


 啓太の放った疑問は最後まで紡がれる事なく、自身の悲鳴に掻き消された。優斗の周りに、急に禍々しいオーラが溢れ出してきたからだ。


 かつて啓太は、優斗が藍の家に厄介になると決まった際、着替えや風呂上がりと言ったキワドイ場面を見たらどうするんだと言った事があった。その時も、優斗は今と同じような禍々しいオーラを発していた。


「……おかしいな。あの時三島は、何も想像してないって言わなかったか?それとも俺の記憶違いかな?なあ、どっちなんだ?」


 一歩、また一歩と距離を積めてきて、同時に、まるで喉元にナイフを突きつけられたような錯覚に陥る。

 殺される!頭の中で激しく警鐘がなり、本能が我が身に迫る命の危機を感じていた。


「い……いや、今のは言葉の綾で……ほ、本当は、何も想像なんてしてません!嘘じゃありません!」

「本当か?」

「…………はい」


 ガタガタと震える声で、やっと返事をする。するととたんに、辺りに充満していた黒いオーラが引っ込んでいくのが見えた。


「……そっか、それならいいんだ。だけど三島、一応言っておくけど…………次は無いからな」

「…………はい」


 恐怖に引き吊ったままの啓太とは対照的に、優斗は再び笑顔に戻る。だが啓太には、その笑顔がとても怖く見えた。


「それで、さっきの質問の答えがまだだったよな。藍の恋愛事情についてのやつ」


 そんな啓太の心中はさておき、すっかりもとの調子に戻った優斗が気を取り直したように言う。

 未だ恐怖の残る啓太だったが、その言葉には真剣に耳を傾けた。これをしっかり確認しておかないと、下手をすれば今後命に関わる。


「俺は、藍が選んで、藍を大切にしてくれる人ならいいと思ってるよ。そう言うのに一々口出しするなんて野暮だろ。そんな事したら、藍に嫌われるかもしれないしな」

「じゃあ、俺が藤崎をどう思っていても、かまわないのかよ?」


 正直、どんな言葉が返ってくるのか怖かった。何しろついさっき命の危険を感じたばかりだ。嫌でも緊張する。

 だがそんな啓太の思いに反して、優斗は穏やかなままだった。


「ああ。応援するなんて事は無いけど、だからって特別反対もしないさ」

「……それはどうも」


 ホッと、安堵のため息をつく。どうやら優斗は、思っていたよりは物分かりの良い兄であろうとしているようだ。

 これで、自分に対して今まで何も言った来なかった事も、壮介が藍に近づいてきても動揺しなかった事も、一応の納得はいった。


「そりゃ、藍に好きな奴や彼氏ができるかと思うと寂しいし、色々複雑だし、そもそもまだ早いんじゃないかとも思うけどな」


 まあ、口ではそう言いながらも、心中までは一筋縄ではいかないようではあるが。

 だがそれでも一応、藍の恋愛を肯定している優斗を見て、啓太は何だか複雑な気分になる。


「先輩。それ、藤崎には絶対言わない方がいい」

「そうか?まあ、面と向かってこんな事言うのも恥ずかしいからな」


 とりあえずではあるが、優斗が頷くのを見て安心する。

 兄貴分としてはそれで良いのかも知れないが、好きな相手の口から他の男との交際を肯定するような事を言われたら、藍は間違いなくショックを受けるだろう。

 啓太にとってはそっちの方が都合のいい面もあるのだが、藍が悲しむのは望むところじゃなかった。

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