第13話 藍の恋愛事情について 2
ともかくこれで話が一段落ついたかと思いきや、今度は逆に優斗が尋ねてきた。
「それはそうと、あの叶って先輩はどんなやつなんだ?」
そもそも二人がこんな話を始めた原因である、叶壮介の名前を出す。藍が選んだ相手なら良いと言いつつも、やはり多少なりとも興味があるのだろう。
だが啓太も、彼の事をよく知っているわけではない。
「俺とは接点なんてほとんど無いかな。三年の先輩で、バスケ部のレギュラーって事くらいか。あと、結構モテるらしい」
最後のは、真由子が教えてくれたものだ。ライバルの情報は知っておいた方がいいだろうとお節介を焼いてきたのだ。
「モテる、か。それで、三島はいいのか、このままで」
「――っ!」
楽しむような声で聞いてくる優斗。実際、啓太の反応を面白がっているのだろう。さっき体育館で啓太が似たような事を言ったので、その意趣返しかもしれない。
だが啓太も、初めは少しだけ取り乱したものの、首を振りつつ落ち着いた様子で言う。
「別に。俺が邪魔する筋合いもないし、それに心配もしてねえよ」
「へぇ」
この反応に、優斗は少し意外そうな声をあげる。だが実際、壮介が藍に言い寄ってくるのは面白くなかったが、かと言って特別危機感のようなものはなかった。
それと言うのも――
「だって藤崎、全然気づいてねえだろ」
「確かにな」
壮介が何かと藍に話しかけてくるのは、気があるからに他ならない。本人がそう言ったわけでは無いが、そんなもの見ていれば分かる。啓太だけでなく、真由子や周りの者はみんな知っている。
だがそんな中、たった一人だけそれに気づいていない者がいた。藍本人だ。
言い寄られている本人だけが、全くそれを分かっていなかったのだ。
「多分、本当にただ音楽が好きで話しかけてきてると思ってるんだろうな」
普通あれだけ積極的にアプローチされたら好意があると分かりそうなものだが、藍はなんと言うか、鈍かったのだ。驚くほど、鈍かったのだ。本当にどうしようもないくらいに、鈍かったのだ。
そして啓太は、おそらくそんな藍の鈍さを誰よりもよく知っているだろう。
「そう言えば、藍って三島の気持ちにも全く気づいてないよな」
「ああそうだよ。全く、これっぽっちもな!」
数年越しの片想いを続けている啓太。だが藍は未だ、それに気づく気配すら見せていない。
そしてそれは、壮介に対してだって同じことが言えるだろう。彼には悪いが、藍が好意に気づいていない以上、発展することもないだろう。よって、啓太は壮介を特別警戒することはなかった。
「どうしてああも気づかないんだろうな?」
笑いながら言う優斗だったが、それを聞いた啓太は思わず呟いた。
「先輩に似たんじゃねえの?」
「俺に?どういう意味だ?」
「……さあな」
鈍さで言えば優斗もなかなかのものだと思う。
彼は、藍が自分に寄せる好意は兄妹のそれに近いものと思っていて、異性として見られている事に全く気づいていない。
藍の気持ちを思うと何だか歯痒いが、優斗がそれを自覚してしまうと、それはそれで困る事になりそうなのでわざわざ教えてやる気はない。
ちなみに、壮介に対して危機感を抱いていない理由の一つに、優斗の存在もあった。
藍にとっての初恋であり幽霊になった今でも好きな相手だ。もし仮に壮介の気持ちに気づいたところで、優斗がいる以上そっちになびくとは思わなかった。
好意には気づいてもらえず、気づいたところで望みは薄い。そう思うと、ある意味壮介が哀れにすら思えてくる。
もっとも、それは全て啓太自身にも言える事なのだが。
ついでに、今までの会話で一つ気になっていた事を聞いてみる。
「そう言えば、交際はよくても、変な想像は禁止なんだな」
今後優斗に殺されないためにも、その辺りの線引きははっきりさせておきたい。
するとそれを聞いたとたん、優斗はスッと目を細めた。同時に僅かな殺気を感じ、思わず身を固くする。
「当たり前だろ。付き合いたいだけならともかく、変な目で見るなんて論外だ」
「いやでも、男なんだから少しはそんな事を考えても仕方ないんじゃ…………いえ、何でもありません」
言いかけた言葉を即座に否定する。何しろたった今、次はないと言われたばかりだ。ここで不用意な発言をしようものなら、今度こそ命はない。
「そうだろ。付き合うなら、ちゃんと清く正しい交際でないと」
やっぱり過保護じゃねえか。
厳しい顔つきで言い放つ優斗に圧倒されながらも、啓太はそう思わずにはいられなかった。
そして、この話は早々に断ち切るべきだと判断する。続けたところで寿命が縮むだけだ。
「そ、そう言えば、叶先輩について少し気になる事があったんだ」
「気になる事?」
どうやら話題を反らすのには成功したようだ。
優斗の興味が移ったのを確認すると、本当に少し気になるだけだと前置きしてから言った。
「時々だけど、叶先輩の近くに人間の『手』だけが見えることがあるんだ。多分、生霊か何かだと思う」
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