第11話 叶先輩 2

 体育祭の準備期間中も、部活は休みなく行われる。軽音部の活動内容と言えば、部室での練習がほとんど。だがたまに、少し変わった事もした。

 今日はその、たまにある例外の日だった。



 藍と啓太、それに大沢の三人は、部室でなく体育館にいた。もちろん、他の人には見えないが、優斗もついてきている。

 啓太が一歩前に出ると、近くで練習しているバスケ部とバレー部に向かって言う。


「すみません、今から少しの間ステージ使わせてもらうんで、ちょっとうるさくなりまーす!」


 何人かが二人の方を向き、またすぐに練習へと戻っていく。それを確認した藍と啓太は、それぞれ楽器を手にステージへと上がっていく。そこに一度楽器を置くと、体育館から出て、次はスピーカーを運び込む。今日の軽音部の活動は、体育館での演奏だった。




         ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 練習中の曲を二つ弾き終えたところで、この場での演奏は終わる。

 これをすることになったのは、顧問である大沢のアイディアだ。もっと正確に言うと、これは彼女や優斗がかつて行っていた練習方法だった。


 曰く、練習を繰り返す事で技術を身に付けることはできるが、いきなり人前で同じように演奏できるわけじゃない。大勢の前で演奏するには、舞台度胸をつけなければならない。

 そこで月に数回、こうして体育館や中庭と言った構内の各所で練習し、人前での演奏に慣れようと言うわけだ。

 一回の演奏時間はそう長いものではないが、これを何度も続ける事によって経験を積むことができる。またスピーカーなどの器具の設置をスピーディーに行うための練習にもなった。


「設置や撤収も、だいぶ早くなってきたな」


 片付けをする藍を見て、優斗が言う。確かに、最初は手順がわからず戸惑っていたが、今は当時よりも随分とスムーズにやれていると思う。


「演奏する時は、やっぱりまだ緊張するけどね」

「それに慣れる為の練習だろ」

「そうでした」


 話しながらコードを回収し、スピーカーの撤収に入る。体育館の外には運ぶための台車を用意しているが、そこまでは直接手で持っての移動しなければならない。

 ちょっとぶつけただけで壊れるようなものではないが、持つのに適した形ではないので、落とさないようにと、自然と運ぶのも慎重になってくる。


「俺も手伝えたらよかったのに」


 物に触れない優斗は、その様子をただ眺めているしかなく、少し不満そうだ。


「何でも手伝ってもらったら練習にならないよ」

「でも、大丈夫か?結構重いぞ。手伝ってもらうか、三島に任せた方がいいんじゃないか」


 優斗が心配するように、藍の足取りはたどたどしい。中に入れる時は大沢に手伝ってもらったが、彼女は今台車に別の機材を積みに行っている。

「そいつは俺が運ぶから、もっと軽いのにしとけよ」

 啓太からもそう言われたのだから、よほど危なっかしいのだろう。そう思った藍は、仕方なくスピーカーを下ろそうとする。だがその時、フッと重みが無くなった。

 見ると、藍の向かいで、誰かが手伝うようにスピーカーを抱え上げていた。


「大丈夫?頑張るのはいいけど、怪我しちゃったらどうしようもないよ」

「叶先輩!」


 藍に手を貸したのは、いつの間に近くに来ていた壮介だった。

 実は藍は、少し前から壮介の事には気づいていた。彼はバスケ部で、ステージに上がると、練習しているところがよく見えた。


「バスケ部の練習、大丈夫なんですか?」


 手伝って貰うのを申し訳なく思う藍だったが、壮介は笑って答えた。


「平気平気。今は休憩中だよ」

「でも、それなら先輩も休まないと」

「俺がやりたいの。それに、これくらいで疲れるようなヤワじゃないって」


 遠慮していた藍だったが、壮介に手伝うのを止める気は無いようで、スピーカーを掴む手を離そうとしない。結局、悪いと思いながらも手伝ってもらうことにした。


「すみません。それに、練習中に大きな音をたてて、迷惑じゃないですか?」


 ステージでの演奏はちゃんと他の部にも許可をとってやっているが、実際にどう思っているかは聞いていない。だが壮介は少しも嫌そうな顔を見せない。


「全然。むしろ疲れた時は力が出てくるよ。できればもっと聞きたいくらい」

「あ、ありがとうございます」


 そこまではっきり言われたものだから、なんだか恥ずかしくなって赤面してしまう。そんな二人を、啓太は自らの荷物を抱えながら、少し離れた場所で見ていた。

 そしてその隣には優斗の姿があった。


「誰?」


 優斗も、藍の交友関係を全て知っているわけじゃない。学校にいる時はほとんど部室にいるので、そこ以外で藍が誰とどんな話をしているか、知らないことも随分とある。


「三年でバスケ部の叶先輩。最近何かと藤崎に話しかけてくるようになった」


 何だか真由子にも同じことを聞かれた気がする。どうやら藍が男と喋ると、色んな奴の関心を引いてしまうようだ。


「ああ、そういえば、前にここで演奏した時にもいたっけ」


 藍達が体育館で演奏したのはこれが初めてじゃない。以前に、今と同じようにステージを使わせてもらった後、壮介が声をかけてきた。それが、藍と壮介が知り合ったきっかけだった。

 それ以来壮介は、経験はないが音楽には興味があるなどと言っては、藍に対して度々声を掛けてくるようになった。


「音楽が好きなんだってさ」

「そっか。でもあれって音楽と言うより……」

「まあな」


 やはり優斗も、壮介の興味は音楽でなく、藍本人にあると見たようだ。そんな優斗を見て、啓太の中にちょっとした悪戯心が湧いてきた。


「藤崎が言い寄られて、先輩は心配じゃねーの?」


 少し意地悪そうな顔をして言う啓太。普段周りの友人たちから藍との仲について弄られる事の多い彼だが、たまには自分が弄る立場になってもいいだろう。そう思いながら、この後見せる優斗の反応を待つ。

 だが残念ながら、そんな思惑も虚しく、優斗に特別動揺したような素振りはなかった。


「まあ、気にならないわけじゃないけど、俺がどうこう言う事じゃないからな」

「えっ、それだけ?」


 てっきり、もっと何か大きく動揺しているかと思っていたので、この反応は意外だった。

 それどころか、こんな事まで言ってきた。


「心配って言うなら、三島だってそうだろ。ずっと片想いしてるんだからな」

「なっ……なっ……なっ…………!」


 結局、激しく動揺したのは啓太の方だった。


「知ってたのかよ!」


 真っ赤になって叫ぶが、優斗は相変わらず涼しい表情のままだ。


「そりゃ、あれだけ分かりやすかったらな。と言うか、気づいてないと思ってたのか?」

「――――――っ!」


 ぐうの音も出てこず、下手に弄ろうとした事を心から後悔する啓太だった。

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