第9話 番外編 衣替え 後編
いつもよりは多少遅れたものの、まだまだ余裕を持って学校に到着する事ができた。
藍と啓太はもちろん教室へ、優斗は旧校舎にある軽音部室に行きそこで1日を過ごす。これがいつもの流れだ。
だが今日別れる前、藍は少し前から考えていた事を言ってみる。
「ねえ、ユウくんの服って、制服以外にもっと他のにもできるのかな?」
イメージで夏服を作り出せたのだから、その理屈だとどんな服でもできるはずだ。
「どうなんだろう?もしできるなら、見てみたいか?」
「見たい!」
即答する藍。夏服姿の優斗もいいが、もっと色んな衣装の優斗を見てみたい。イメージしただけで服を変えられるなら、例えばファッションショーのような事だってできる。
そんなの見たいに決まってる。
「なら、ちょっとやってみるか」
優斗はそう言うと、イメージを高めるため集中しているようなそぶりを見せる。
だがさっきとは違って、しばらく待っても何も変化は起きなかった。
「うーん、上手くいかないな」
さっき夏服に変わった時よりも更に時間をかけたけど、それでもちっとも変わらない。
「制服は普段から見慣れてたからともかく、そうでもなけりゃ、よっぽど強いイメージができなきゃ無理なんじゃねーか?」
これだけ苦労しているのを見ると、啓太の言う通りかもしれない。そうなると、制服以外の服になるのは厳しいかもしれない。
「そっか……」
優斗のファッションショーへの期待が高かったため、藍は少々残念だった。
そんな落胆が顔に出てしまったのだろう。
「まだ本当に無理だって決まったわけじゃないから、何とかならないか今日1日試してみるよ」
単純なもので、優斗がそう言ったとたん、顔が明るくなるのが自分でもわかる。
「いいの?」
「どうせいつもやる事なくて暇だし、できたら面白そうだからな」
その時、始業開始を告げる音楽が流れ始めた。せっかく余裕があったと言うのに、再び思った以上に時間を使っていたみたいだ。
こうなると、あと5分以内に教室に行かなければ遅刻扱いとなってしまう。
「おい、急ぐぞ!」
「じゃあユウくん、また放課後ね!」
そう言って、藍と啓太は慌てて自分達の教室へと駆け出していった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そしてその日の放課後…………
藍と啓太は、授業が終わるといつものように軽音部室へと向かう。だが今日、藍はいつもより明らかにワクワクしていた。
「楽しそうだな」
「えっ!そ……そうかな?」
「分かり易すぎだ」
藍が心落ち着かない原因は、もちろん優斗。今日1日衣装変えを試してみると言っていたが、いったいどんなものになるのだろう。
「制服一つでもまあまあ大変そうだったし、あんまり期待しすぎない方がいいぞ。だいたい服のイメージなんて、本人にセンスがなけりゃそんなに凝った物なんてできないんじゃないのか?」
「センスならユウくんにはあると思うんだけどな」
服のセンスと言えば、それが如実に現れるのは普段着ている私服だろう。昔優斗がどんな私服を持っていたかは、残念ながら流石にその詳細までは覚えていない。だがぼんやりとした印象ではあるが、どれもカッコ良かったとはずだと思う。
「それは服じゃなくて、お前が先輩そのものをカッコいいと思ってるだけだろうが!」
確かにそれは否定できないかもしれない。
「そ、そうかな…………って、どうしたの?急に肩を落としたりして?」
いつの間にか啓太は、さっきの勢いはどこへやら、何だか一気に落ち込んだように暗い顔をしていた。
「何でもねえよ。ただ自分で言った事にダメージを受けただけだ」
「何の話?」
さっきの啓太のセリフを思い出すが、藍にはまるで見当がつかない。
(私がユウくんをカッコいいって思ってるってヤツかな?でもそれで三島がショック受ける理由なんてないし、もしかしたら言い過ぎたって思ったのかな?)
確かに言い方は激しかったかもしれないが、別にそれで気を悪くしたりはしない。啓太がそれを気にしていると言うなら、その方が申し訳ないくらいだ。
「ううん。三島の言う通りかも。私がユウくん自身をカッコいいって思ってるのは本当なんだから、何着たって良いって思っちゃうのかも。だから三島も気にしないで」
「…………気にするよ」
なぜか啓太はそれを聞いて余計に肩を落とす。
いったいどうしたのかと首を傾げる藍だったが、啓太はそれ以降何も言ってはくれなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
藍が啓太と一緒に軽音部室に行くと、そこにはいつものように優斗が待っていた。その姿を見て啓太が呟く。
「服は夏服のままか」
その言葉通り、優斗の服装は今朝と同じ夏服だ。
「えっと……新しい服のイメージってできたの?」
藍はできるだけさりげなく聞く。
もしここで期待感を出しすぎてしまったら、無理だった場合優斗はきっと申し訳なく思うに違いない。
優斗が優しいと言うか、自分に対して特別甘いと言うのはよく分かっている。
だがそれでも結局、優斗は申し訳なさそうだった。
「それがやっぱり難しいみたいで、殆ど上手くいかなかったんだ。ごめんな」
それは夏服のままだった事から、既に予想はしてい答えではあった。
「しょうがないよ。私こそ、見たいなんて無理言ってごめんね」
色んな服の優斗が見られないのは残念だが、ここで更に見たいとワガママを言って困らせてはいけない。
だが優斗の話はそこで終わりじゃなかった。
「普通の服は無理だったけど、一つだけ成功したのがあるんだ」
「えっ、そうなの?」
内心残念だっただけに、思わぬ知らせに声をあげる。だけど同時に、今の言葉にあるおかしな部分に気づいた。
それは啓太も同じだ。
「普通の服は無理だって、じゃあ普通じゃない服って何だよ?」
藍もそれに同意しながらコクコクと頷く。
よほど奇抜なものなのだろうか?だけどそれなら余計にイメージするのが難しいような気がする。
「まあ、見た方が早いかな」
優斗は二人の質問に答える代わりにそう言うと、朝やったのと同じように集中し始める。
藍はもちろん、普通の服じゃないと聞いて啓太も気になったのだろう。藍とならんで、興味深げにその様子を眺める。
すると間もなくして、優斗の服に変化が現れる。
まるで靄がかかったかと思ったらすぐにそれは晴れて、その時には既に装いは変わっていた。
「わぁ――――」
その新たな姿を見て、藍は気がついた時には声をあげていた。
優斗が着ていたのは、白いシャツの上に黒のベスト。首元には紺色のネクタイが絞められている。ズボンの色ははベストと同じ黒。シャツの白と上手く対比していて、それぞれを引き立たせている。
……と説明するより、もっと的確な一言を啓太が言った。
「ウェイター服?」
そう。優斗が今着ているのはウェイター服だった。
一方藍は、それを見てこう言った。
「うちの制服だ」
これは何も、この学校の制服だと言っているわけではない。
藍の家は家族で喫茶店をやっていて、男性用と女性用、そして厨房スタッフとホールスタッフに分かれてそれぞれ制服が存在する。
と言っても現在従業員は藍の両親しかいず、藍の父親は厨房専門なので、男性用ホールスタッフの制服を着るものは誰もいない。
だが、今優斗が着ているのは、まさにそれだった。
「見慣れたやつならイメージしやすいかなって思ってやってみたら何とかなったんだ」
この制服は現在着る人こそいないが、店の一角に飾るように置かれている。
優斗は今は藍の家に置いてもらっているし、生前も毎日のように顔を出していたのだから、もこれを目にする機会はいくらでもあった。なるほど、それなら確かにイメージはし易そうだ。
「って言っても店以外でこれを着るのも変だし、藍にしてみたら目新しさはないだろうけど……藍?……藍?……」
優斗は話している途中で一度言葉を切り、藍に対して呼び掛ける。何だか藍の様子がおかしと思ったからだ。
「――――えっ、なに!?」
何度目かの呼び掛けの後、藍はようやく弾かれたように返事をする。それまでは、まるで一切の声が聞こえていないかのようだった。
「そんなに似合わなかったか?それともやっぱり新鮮味はないか?」
藍の無反応をそんな風に捕らえた優斗は少し残念そうだ。
だがその無反応は決して無関心という訳じゃない。むしろその逆だ。
「そ、そんなことないよ。誰かが着たとこなんてほとんど見たことないし……ユウくんのウェイター服、とっても似合ってるし、カッコいいし、だから思わず見とれて……あっ、見とれてたってのは別に変な意味じゃなくて…………」
何だかおかしな具合に舞い上がってしまい、変な事まで口走る。目が釘付けになるほど魅力的なの夏服の時と同じだが、ウェイター服は何と言うかこう……破壊力が凄い事になっている。
白と黒のコントラストが元々のカッコよさをより引き上げているし、更には袖を肘まで捲り上げている。
そのため腕が、そして手首が露わになり、そこにある筋が、血管が、
手首なんて今朝の夏服でも一度目にしているはずなのに、わざわざ長袖を捲り上げると言う一手間が、更にその魅力を引き出しているような気がした。
(ユウくんのウェイター服。それに、捲り上げた袖と手首! どうしよう、ずっと見ていたいけど、あんまりジッと見すぎると変に思われそうだし、その前に目がつぶれそう)
ウェイター服と手首。密かに心惹かれていた二つの要素コラボに、藍の心の中も何だか凄い事になっている。
そんな事など全く知らない優斗は、似合ってると言われて嬉しかったのか上機嫌に笑う。それから少し姿勢をただしてこう言ってみた。
「お客様、ご注文はお決まりでしょうか?」
それは、せっかくウェイターの格好をしているのだからと冗談で言ってみたセリフだった。だが、間近でそれを聞いた藍にはただの冗談ではおさまりきらなかった。
ボンッ!
まるで全身の血が沸騰したかのように熱くなり、足元がフラつく。もしかしたらこのまま倒れてしまうかもしれない。
だがそんな時、怒鳴るような声が飛んできた。
「おいっ!いい加減練習するぞ!」
見ると啓太が、まるで苦虫を噛み潰したような凄い形相で睨んでいる。部活の最中にあまりに遊びすぎたのがいけなかったようだ。
「ご……ごめん」
「悪い。ちょっとふざけすぎた」
藍は未だ足元がフラつく中頭を下げ、優斗も元の夏服へと戻る。
これにて優斗のウェイター服は見納め……のはずだが、藍は練習を始める前に、そっと優斗に囁いた。
「ね……ねえ。さっきのウェイター服、面白かったから、また時々やってもらっていい?」
「ああ。こんなんでよければいつでもいいぞ」
こうして、その後も藍は度々優斗に頼んでは、ウェイター姿を眺めるのだった。
番外編集 その1 了
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